【11月5日書籍発売】さようなら、私の白すぎた結婚~契約結婚のキレイな終わらせ方~
第一章 いい嫁終了

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「どうか、いい嫁期間を終了させてください」

 エルシャは義母である先代公爵夫人に向かって口にした。冗談などではない。本気の本気である。この言葉を口にするまでにエルシャは相当葛藤した。葛藤し過ぎて、義母とのティータイムにこんなことを言う羽目になった。

 義母はエルシャをゆったりおっとりと眺め……瞬く間に綺麗な双眼にきらりと涙の膜が張った。

「うっうっ。ごめんなさいね、エルシャちゃん。うちの息子があんなに駄目とは思わなかったの」
「いえ、お義母さまのせいではありません。私が勝手に期待したんです。普通の夫婦のように過ごせると。旦那様は若くして爵位を継いで大変ですのに」
「それでも、仕事で全然帰ってこないなんて駄目よ……」
「きっと私では駄目なのでしょう。何人か女性も寝室に送り込んでみましたが旦那様は手をお出しになりませんでした。ですのでどうか、養子の選定をさせてください」

 義母は耐え切れずにハンカチで涙を拭った。

「すでに養子のリストは作り始めていますので」

 あ、義母はハンカチを噛んでいる。上品な先代公爵夫人なのでその様子でさえ気品がある。エルシャも一度はハンカチを噛んでみたいが、現時点で噛むと悔しがっているように見えるのでやめておく。

 もう疲れたのだ。仕事仕事で夜遅くにしか戻ってこない夫を待ち続けるのは。理解し合えるなんて期待するのは。だって、会話さえままならない。

「うちの息子はどうしても駄目なのね?」

「結婚して二年。お仕事で夜遅く食事も共しないので……執務室に行ってもすげなく追い返されますし……寝室も別です。お互いの誕生日も祝いませんでした。もちろん結婚記念日も。これではただの同居人です。私の実家に援助していただいているのは大変ありがたいのですが、お義母さまには孫は諦めていただくしか……お義母様には大変良くしていただいているのに申し訳ございません」

「うっうっ。私はエルシャちゃんが、たとえあんな契約でもお嫁に来てくれて嬉しかったのに」

「ありがとうございます。私も実家への援助はまだまだ必要なので、離婚は全く考えておりません。私から言い出すこともございません。ただ、旦那様と良い家庭を築くのはもう無理だと思います。もともと契約関係ですし……愛人を持つお気持ちもないようですし……」

 貧乏伯爵令嬢だったエルシャがカニンガム公爵家に嫁いだのは、奇跡に近い。
 貧乏伯爵家と超名門で裕福なカニンガム公爵家が縁を持ったところで、公爵家には何の得もない。

 しかし、女性嫌いの若き美貌の公爵リヒター・カニンガムは貧乏伯爵家の長女エルシャに契約結婚を申し込んできた。そして、莫大な援助と引き換えに女除けの契約妻になったのだ。

 リヒター・カニンガムの人気はそれはもう凄かった。正直、王太子よりも人気だったと思う。独身のままでいれば女性に群がられて何もできないだろう、というくらいには。

 エルシャは嫁いでから盛大にいじめられるなんてことはなかった。伯爵家ではろくに受けられなかった教育もつけてもらえて、義母からは可愛がってもらっている。使用人たちも優しく公爵夫人として扱ってくれる。
 離れや公爵邸に秘密の愛人などいなかったし、引き裂かれた平民の恋人もいなかった。

 しかし、夫だけは。
 全然話す機会もないのだ。契約には義母の願いで子作りの努力も含まれているが……。

「普通の夫婦になることはもう諦めました。他の契約内容についてはきちんと成しますので、子作りの努力だけは……無理です」

「うちの息子が悪いのよ。仕事ばかりで。確かに私の夫が早くに亡くなってあの子は他家よりも早く爵位を継ぐことになったけれど……でも、エルシャちゃんを選んだことだけはあの子は慧眼だったわ。エルシャちゃんがうちに嫁いできてくれて本当に良かったの。私はとても感謝しているわ」

 義母はハンカチを噛みつつも頷いた。
 こうして、エルシャは夫に期待することを諦めた。期待をやめてみると、楽なものだった。
 どうやら「結婚とはこういうもの」なんていう思い込みが大きかったらしい。
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