【11月5日書籍発売】さようなら、私の白すぎた結婚~契約結婚のキレイな終わらせ方~

8

「奥様! お願いですから座っていてください!」
「今日はお誕生日なのですから!」
「でも、リンゴを剥くくらい」
「奥様、チョコレートはいかがですか!」
「奥様、これは街で一番有名なクッキーでございます!」
「こちら、作ったプリンです!」

 厨房には使用人によってバリケードがされている。
 エルシャは誕生日なので、お手伝いをさせてもらえないらしい。
 そして他の使用人はありとあらゆるお菓子でエルシャを釣ろうとしている。

 チョコレートもクッキーもプリンも食べてしまったので、晩餐までの腹ごなしに庭を散歩する。全部ちょっとずつしか食べてないけどね。

 いや、腹ごなしならやっぱりちょっと皆さんに挨拶してこようか。
 ユーグさんのところにはちょっと前に行ったから。あそこまで行かないなら晩餐までに余裕で帰ってこれる。

 よし、と勢いよく立ち上がって使用人に一言声をかけようとする。

「あ、私ちょっと」

 さっきまで使用人がいた場所を振り返ると、なぜか夫が立っていた。しかも、エルシャが急に立ち上がって振り向いたのでかなり動揺している。

「あれ、旦那様。お仕事はどうされました?」
「……終わった」
「あ、そうなのですね! お疲れ様です! じゃあ、他に何かお手伝いすることはありますか? 介助は?」
「あー、それはないのだが……」
「が?」

 庭の散歩がしたいから退いて欲しいのだろうか。エルシャが積極的に夫に世話を焼いているだけで、夫から近付いてくることはあまりない。いや、ほぼない。
 この前湖でエスコートされたことはびっくりしたけど。大変珍しく笑っていたし。あれはエルシャが草まみれだったからだと思うが。


 それにしても夫が怪しい。口を開きかけて閉じるのを三回は繰り返している。
 そして、後ろに何かを隠している。

 はっ! この様子は……!

 悪いことをしてそれを必死に隠そうとして全く隠せていない弟によく似ている! 思い出される記憶の数々。走り回ってうっかり落として割った花瓶や皿、果てはお母様の装飾品……なんなら、絶対にもいではダメだと言い含めておいたはずのまだ青いトマトと緑のイチゴ。

 エルシャはゴクリと唾を飲み込んだ。
 そんなエルシャの様子を見て、夫もさらに緊張している様子だ。

「だ、旦那様。怒りませんからひとまず何を壊したか、もいだか、白状しましょうか」

 まさか……いや、夫が厨房に入るわけはないか。
 リンゴを全部ダメにしましたとか、卵に衝突して全部割っちゃいましたとか、そんなことはないはず。うん、食べ物関連じゃないならいいんじゃないだろうか。
 それか昨日エルシャが仕上げた書類に紅茶こぼしちゃったとか? 確かあれは十枚くらい? それならあり得る。余裕で書き直しますよ。

「書類に紅茶をこぼしていても書き直すので大丈夫ですよ?」

 緊張している様子の夫に友好的に笑いかける。

「あー、そうではなく……」

 夫は歯切れ悪く、後ろに回していた手を前に持って来る。
 エルシャは覚悟した。何が出てくるのか本当に分からなかったからだ。子ネコを拾ったくらいまでは想像した。

「あなたは今日誕生日なのに何もないというのもどうかと思って」

 夫が後ろから取り出したのはミモザの花束だった。
 エルシャはてっきり割った皿やら花瓶やら汚れた書類やらが出ると思って身構えていたのだ。それなのに、ミモザ? お花? リボンまで結んで綺麗に包装されたミモザ?

「いや、王都に戻ってから贈り物は見た方がいいと思っていたんだが」

 エルシャはミモザの花を夫が持ち、何やらゴチャゴチャ言っている意味をイマイチ理解できていなかった。とりあえず、夫は綺麗な外見をしているので挙動不審でミモザを持っていても絵面としては全く問題ない。

「えーと、拾ったんですか? その花束」
「いや。この二年何もしていなかったし、帰ってから王都で贈り物を選ぶにしても今日何もないのもどうかと……ユーグに怒られて」

 ははぁ、なるほど!
 この前ユーグさんのところに行って、奥さんと話した時に好きな花を聞かれた気がする。ユーグさんか奥さんの入れ知恵ですね!

 この二年何もしていなかったことは家令のリチャードかお義母様に聞いたんですね! 記憶ないのに自分の過去の所業で苦しめられている夫! お義母様ももしかしたら責めたのかもしれないし! 夫がなかなかに可哀想!

 夫が花束を持ったまま大変困った様子なのでひとまず受け取る。

「旦那様はあんなにお仕事忙しかったんですから。援助もしていただいていますし。でも、ありがとうございます。お花嬉しいです」

 入れ知恵だとは思うが、花束をもらえるのは素直に嬉しい。
 弟や妹たちもお金はないけど、四葉のクローバーを土だらけになって探して見つけてくれたもの。

 へへっと笑うと、夫はこれまで何もしてこなかった負い目からかバツが悪そうに視線をそらした。


「父さんの名前出す必要ないでしょう、旦那様」
「パトリックさん、落ち着いて!」
「言い訳っぽく聞こえたんじゃない?」
「でも奥様は嬉しそうだよ?」
「奥様、健気」
「旦那様、せめてネックレスとか用意しときましょうよ。でかい指輪とか」
「あれ、お二人でどこ行くんでしょう?」
「花束を受け取った使用人に聞いてみよう」
「え、湖に石切りしに行った? 奥様は『今度こそ圧勝します』って?」
「なんで花束もらった後、そんな話になるんだよ」
「奥様、お腹を空かせるために歩いていらっしゃったから……」
「あぁ……まぁ何もないよりは……いいのか?」
「いいのか? それは果たしてデートなのか?」
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