反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
8
リヒトシュタインはいとも簡単に命を懸けろと言った。ドラクロア人にとっては番の概念があるから愛に命を懸けるのは普通のことなのかもしれない。
「良かったな、スタンリー。嘘さえつかなきゃいいんだ」
普通ではないスペンサー局長についてはもう考えないようにしよう。この状況で嬉しそうなのは局長だけだ。
「エーファが望むなら”竜の審判”を行おう。やったことはないがやり方は知っている。嘘をついたら死ぬだけ。非常にシンプルだ」
エーファに視線が集中した。局長からは期待のこもった視線を感じる。彼は”竜の審判”を見たいのだろう。でも、エーファはスタンリーだけを見つめた。
スタンリーは青白い顔でエーファを見て視線を揺らし、やがて床へと落とした。
「ねぇ、スタンリー。私のこと、愛してる?」
エーファは混乱していた。
ドラクロアに連れて行かれて自分はおかしくなったのだろうか。こんな馬鹿みたいな質問をスタンリーに投げかけてしまうほどに。
いっそ先ほどスタンリーがギデオンに殺されてしまっていれば、こんな失望した苦い思いを噛みしめなくて済んだのに。
以前までのエーファだったら、さっきのエミリーとかいう女性を殴るとか蹴るとかして脅してスタンリーから引きはがす。もちろん、スタンリーにも怒るだろう。
でも、そんな思いは今湧き上がってこない。さっきまでスタンリーに再び会えて最良の瞬間だったはずなのに、ギデオンがまるで後ろにいるように彼の「愛してる」が耳にこびりついている。
「もちろん、愛してる」
「じゃあ私が帰って来るって信じてた?」
「エーファなら帰って来るって信じてた」
「そう」
今度はエーファが視線を落とす番だった。
なぜ信じて愛しているのに、あんな女と結婚の約束をするのだろう。別れないのだろう。エーファのいる部屋に入って来たのにさっさと追い出さなかったのだろう。
彼の「愛してる」はなんて薄っぺらいのだろう。
ドラクロアで知ってしまった、見てしまった。愛にはいろんな形がある。そんなことは知っていたつもりだった。でも、あんなにも狂おしいほど気持ちが悪い愛があるなんて知らなかった。
マクミラン公爵も宰相もギデオンもそしてセレンティアも。
「私はあなたに命を懸けた。あの女か私か。選んで」
拳を握ってスタンリーをしっかり見据える。
「今すぐに」
スタンリーは同じだけの熱量を私に返してくれるだろうか。返してくれないならどうすればいいだろう。ギデオンはエーファを殺そうとした。その気持ちが今なら少しだけ理解できる。
「エーファ……」
スタンリーが近づいてきてベッドで身を起こすエーファの手の上に彼の手を重ねる。彼は泣くのを堪えている顔をしていた。
その表情を見て、心に疑問が浮かび上がる。
どうして、私はスタンリーに選ばせようとしているのだろう。なぜスタンリーが選ぶ立場なのだろう。なぜ、私が選ばないの? 命を懸けてここまで来た私がなぜ選択する側ではないの?
浮かんだ疑問に蓋をするように、エーファはスタンリーの手を握ってしっかり目を合わせた。
「スタンリー」
私の旅はここで終わるのか、そうではないのか。あの女のことは関係ない。スタンリーと私がどうしたいかが大切。
「私のことを愛してるの? 命を懸けてもいいくらいに」
「エーファを愛してる。帰って来てくれて本当に、良かった」
スタンリーの声は途中で掠れた。彼の言葉が終わってもスタンリーを見つめ続けた。沈黙で局長が落ち着かなくなる頃にエーファは口を開いた。
「リヒトシュタイン。審判はしなくていい」
「そうか。エーファがそれでいいなら」
スタンリーは少し笑顔を見せた。緊張していたらしくエーファを握る手が少し緩む。その瞬間にエーファは自分の手を引き抜いた。
「私はもうスタンリーのことを愛してないから。審判をしても意味がない」
何を言われたか分からなかったらしいスタンリーは少し経ってから目を見開く。
「エーファ?」
「気付いたの。私が命まで懸けたあなたへの愛は、愛ではなかったって」
「良かったな、スタンリー。嘘さえつかなきゃいいんだ」
普通ではないスペンサー局長についてはもう考えないようにしよう。この状況で嬉しそうなのは局長だけだ。
「エーファが望むなら”竜の審判”を行おう。やったことはないがやり方は知っている。嘘をついたら死ぬだけ。非常にシンプルだ」
エーファに視線が集中した。局長からは期待のこもった視線を感じる。彼は”竜の審判”を見たいのだろう。でも、エーファはスタンリーだけを見つめた。
スタンリーは青白い顔でエーファを見て視線を揺らし、やがて床へと落とした。
「ねぇ、スタンリー。私のこと、愛してる?」
エーファは混乱していた。
ドラクロアに連れて行かれて自分はおかしくなったのだろうか。こんな馬鹿みたいな質問をスタンリーに投げかけてしまうほどに。
いっそ先ほどスタンリーがギデオンに殺されてしまっていれば、こんな失望した苦い思いを噛みしめなくて済んだのに。
以前までのエーファだったら、さっきのエミリーとかいう女性を殴るとか蹴るとかして脅してスタンリーから引きはがす。もちろん、スタンリーにも怒るだろう。
でも、そんな思いは今湧き上がってこない。さっきまでスタンリーに再び会えて最良の瞬間だったはずなのに、ギデオンがまるで後ろにいるように彼の「愛してる」が耳にこびりついている。
「もちろん、愛してる」
「じゃあ私が帰って来るって信じてた?」
「エーファなら帰って来るって信じてた」
「そう」
今度はエーファが視線を落とす番だった。
なぜ信じて愛しているのに、あんな女と結婚の約束をするのだろう。別れないのだろう。エーファのいる部屋に入って来たのにさっさと追い出さなかったのだろう。
彼の「愛してる」はなんて薄っぺらいのだろう。
ドラクロアで知ってしまった、見てしまった。愛にはいろんな形がある。そんなことは知っていたつもりだった。でも、あんなにも狂おしいほど気持ちが悪い愛があるなんて知らなかった。
マクミラン公爵も宰相もギデオンもそしてセレンティアも。
「私はあなたに命を懸けた。あの女か私か。選んで」
拳を握ってスタンリーをしっかり見据える。
「今すぐに」
スタンリーは同じだけの熱量を私に返してくれるだろうか。返してくれないならどうすればいいだろう。ギデオンはエーファを殺そうとした。その気持ちが今なら少しだけ理解できる。
「エーファ……」
スタンリーが近づいてきてベッドで身を起こすエーファの手の上に彼の手を重ねる。彼は泣くのを堪えている顔をしていた。
その表情を見て、心に疑問が浮かび上がる。
どうして、私はスタンリーに選ばせようとしているのだろう。なぜスタンリーが選ぶ立場なのだろう。なぜ、私が選ばないの? 命を懸けてここまで来た私がなぜ選択する側ではないの?
浮かんだ疑問に蓋をするように、エーファはスタンリーの手を握ってしっかり目を合わせた。
「スタンリー」
私の旅はここで終わるのか、そうではないのか。あの女のことは関係ない。スタンリーと私がどうしたいかが大切。
「私のことを愛してるの? 命を懸けてもいいくらいに」
「エーファを愛してる。帰って来てくれて本当に、良かった」
スタンリーの声は途中で掠れた。彼の言葉が終わってもスタンリーを見つめ続けた。沈黙で局長が落ち着かなくなる頃にエーファは口を開いた。
「リヒトシュタイン。審判はしなくていい」
「そうか。エーファがそれでいいなら」
スタンリーは少し笑顔を見せた。緊張していたらしくエーファを握る手が少し緩む。その瞬間にエーファは自分の手を引き抜いた。
「私はもうスタンリーのことを愛してないから。審判をしても意味がない」
何を言われたか分からなかったらしいスタンリーは少し経ってから目を見開く。
「エーファ?」
「気付いたの。私が命まで懸けたあなたへの愛は、愛ではなかったって」