反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第二章 ドラクロア

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 ドラクロアまでの道のりは長かった。

 高級宿に令嬢三人一緒に泊まらせてもらえるのはいいのだが、食事は必ず番だという獣人と摂らされた。エーファには食事の時間が苦痛で仕方がない。

 ギデオンはエーファのことを知ろうとしているのか質問攻めにしてくる。エーファは面倒なのを隠しもせずに接していた。
 それに、エーファは小食なのにギデオンは「もっと食べろ」と毎回食べ物をすすめてくる。ギデオンの注文するものは脂っこい料理ばかりで見ているだけで吐きそうだ。

 エーファが「食べられない」と言っても遠慮しているだけと思われているのか、執拗にすすめてくるので、仕方なく無理して食べたら馬車の中で吐きかけた。

 ミレリヤが異変に気付いてすぐに馬車を止めてくれたから馬車内では吐かなかったが、その日は何度か馬車を止めたので予定ほど進めず、エーファの後ろでオロオロするギデオン以外の獣人はイライラしていた。

 カナンは「ねぇ大丈夫~?」と可愛く聞いてきたが、目が怖かった。この鳥人は外見詐欺だ。
 トカゲ族であるエーギルは不機嫌さを隠しもせずに舌打ちする。

「ギデオン、お前のせいだ。お前の番のせいで数時間は無駄にした」
「予定通りにことが運ぶわけないだろう。それに番は早い段階で見つかった方だ。焦る必要はない」
「お前が無理矢理食べさせるからこうなったんだろうが。なんでもかんでも自分と同じだけ食べると思うな」
「うちの一族はよく食べるから……つい」

 舌打ちや口調は怖いものの、エーギルの言っていることは意外にも正論だ。
 ミレリヤに背中をさすってもらいゲーゲー吐いている最中、後ろで獣人たちが揉めているのを聞いてエーファは情けなかった。なんで、望んで嫁ぐわけでもないのにこんな思いを私はしなくちゃいけないんだろう。


 エーファは吐いてから、食事の時間がより苦痛になりギデオンとの会話には「はい」か「いいえ」でしか答えていなかった。視線さえも合わせていない。ギデオンは怒るわけでもなく、どうしたらいいのか分からないようで沈黙したまま食事が終わる。

 その態度を見たミレリヤにすぐ窘められた。

「エーファは逃げたいんだよね? 気持ちは分かるけどあんな態度じゃ軟禁でもされるよ? 相手を油断させないと」

 三人だけで宿泊する部屋に戻って、コソコソと話をしてくるミレリヤをエーファは睨んだ。

「あんな奴にヘラヘラしたくない。媚なんて売らない」
「別に媚を売れなんて言ってない。道中逃げる気はないんでしょ?」
「鼻が利くだろうから、逃げてもすぐに追いつかれると思う。逃げても魔力が切れたら終わりだから、そんな無駄なことしない」
「だったら、ちゃんと油断させて情報を引き出して相手の弱点くらい知っておかないと。私だって獣人の知識はあまりないし、私たちの中でもまだ知識があるマルティネス様は今あんな状態だし……」

 ミレリヤは鞄から着替えを出しながら、相変わらず獣人たちに聞こえないように声を潜める。

「ミレリヤは逃げる気はないんでしょ? どうして私にそんなこと言うの?」

 エーファはイライラして、棘のある言い方になってしまった。

「今のあなたじゃ表情や態度で丸分かりだから。私みたいな境遇じゃなきゃ、いきなり婚約者と引き離されて他国に連れていかれるなんて受け入れられないのくらいは分かる。でも、あなたは一旦逃げずにお金のために了承した。なら、もう少し賢く立ち回るべき。あんな風になりたくないのなら」

 ミレリヤの視線の先には、ぼんやりして無反応のマルティネス様がいる。

「今のエーファの態度じゃ、ドラクロアに着いた途端に軟禁ってこともあり得るよ? 軟禁ならまだいいけど……彼女を見て。それなら従順な振りをして油断させて自由に歩き回れる方がまだいいよ」

 マルティネス様はまだぼんやりどこを見ているか分からない状態で、食事の時はエーギルが介助しているが現時点では水分しか口にしていない。
 そろそろエーギルが口移しで食べさせるのではないか、とエーファはビクビクしながらチラチラ見ることしかできない。

 あんな風にはなりたくない……軟禁だってされたくないが、心のどこかで番を愛しているなら軟禁などしないのではないかと思っていた。だが、マルティネス様は足を折られたのだ。軟禁くらい十分あり得る。

 その可能性に思い至ってエーファはぞっとした。思わず腕をさする。
 相手は獣人だ。人間とは価値観も何もかも違うのに、なぜ番には危害を加えないと自分は思っていたのか。ギデオンの微妙な態度だろうか……エーギルを見れば足を折るくらい危害に入っていないというのに。

 今のところギデオンは気持ち悪いが、エーファに相手されずしょんぼりする犬にしか見えない。でも、あれはオオカミなのだ。強さが大きな指標となるドラクロアで公爵の地位にいる。勝手にこちらが決めつけて、番だからと安心していてはいけない。

 ギデオンとカナンは足を折られたマルティネス様を見て、特段驚いてはいなかった。だから、エーギルが異常なわけでもないのだろう。

 ちなみにカナンとエーギルに様をつけていないのは一度様付けで呼んだら、カナンに「ねぇ、それって嫌味?」と可愛く怖く問われたからだ。
 カナンとエーギルに、エーファはもう「ギデオンの番」として見られている。三人は幼馴染だから気安くしゃべっているが、爵位が上の者から下の者に様付けで呼ぶのは基本的に嫌味のようだ。

「こんなこと言ってごめん。そろそろお風呂入る?」
「うん……ありがと」

 ミレリヤの言うことが正しいのはエーファでも分かった。彼女は生い立ちからか、令嬢らしい話し方をしないので喋りやすい。
 ああなってしまったマルティネス様だって獣人を舐めていたわけではない。ただ、情報が圧倒的に足りなかった。今でもまだまだ情報は足りない。

 エーファは自分の視野の狭さと幼稚さを恥じた。着替えを取り出して、反応のないマルティネス様を魔法で浮かせて三人で部屋についている風呂に向かう。

「子供っぽくてごめん」
「別にエーファが子供っぽいとは思ってないよ。子供っぽいのは態度だけ。逃げたいという思いは全然子供っぽくない。むしろ、それが普通だと思う」

 エーファは貧乏で、ミレリヤは虐げられていたので使用人の手伝いなしに一人で風呂に入る。だが、マルティネス様は裕福な侯爵家のご令嬢であるのと異常な状態であるため、一人でお風呂に入れない。だから三人一緒に入っているのだ。

「エーファの魔法はすごいね。いろんなことが出来て! 私一人じゃ彼女の風呂の介助なんて無理だった」
「魔法を使っとかないと感覚鈍るから。ミレリヤだって訓練したらもっと使えるようになるよ」
「でも、ドラクロアでは魔法は存在しないもんね。というか竜人しか使えないか。先生を頼むのも無理かな~」

 風呂から上がったら、髪の毛を乾かす。ミレリヤはほんの少しだけ魔法が使えるので、マルティネス様の髪を乾かすのは彼女の役目だ。

「マルティネス様、体重減ってるからそろそろ何か食べないと立てなくなりそう。治癒魔法、私は使えないから……」
「あの人がほっときそうにないからそろそろ食べないとね。あ、後で果物もらってこよう。高級宿に泊まる機会なんてめったにないんだから!」
「果物なら食べるかも。獣人って脂っこい料理ばっかり頼むもんね……あ、男性だからか。スタンリーもそうだったし」

 ミレリヤの提案に同意すると、彼女は明るく笑って紐を引っ張りやってきた宿の職員に果物を注文する。

「ミレリヤは楽しんでるね」
「実家に比べたらどこでも楽しいよ」

 ミレリヤは三人の中でただ一人冷静で、そしてこの状況を楽しむ余裕がある。エーファは怒りと憎しみでとんでもなく視野が狭くなっていた。

 こう言っていいのかは分からないが、ミレリヤがいてくれてよかった。
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