反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
3
「よくも今更ノコノコ帰ってこれたものだ。人間まで連れて」
天空城に戻ると、以前は先代の竜王陛下が座っていたイスにルカリオンが偉そうに座っていた。しかし、その表情は嫌悪感にまみれている。
エーファはルカリオンに三回ほどしか会ったことがなかったが、最初に会った時とは随分態度も喋り方も違う。最初こそ丁寧だったが、竜人なのにネコをかぶっていたのだろうか。竜人がネコをかぶる必要はあったのだろうか。
確かあの時は「お嬢さん」って呼んでなかった? 別人格? これが素?
「最初から言っているように、俺は竜王の座に興味はない。今回は気になることがあって帰ってきた」
「どうだか。先代竜王陛下が亡くなって争いが落ち着いてから狙って戻って来たのではないのか」
「そんなことはしない。そもそもそのような姑息な手を使うほど俺は弱くない」
「臣下の礼でもしたら信じてやってもいいが。まぁお前には無理だろう」
「分かった」
リヒトシュタインが片足を引いて膝をつき、片手を胸に当てて頭を軽く下げた。へぇ、とばかりに状況の分からないエーファはのんびり構えていたが、ルカリオンが軽く目を見開いているのでこの姿勢が竜人にとっては特別なものなのかと気付く。
「人間。お前はしなくていい。人間が頭を下げたところでその頭に価値はない。強い者が頭を下げることに価値がある」
エーファも真似た方がいいかとリヒトシュタインの後ろに移動したところで、ルカリオンの声がした。人間の頭は下げても下げなくても価値はないようだ。
「リヒト、もういい」
それを合図にリヒトシュタインは立ち上がる。悔しそうな表情でもなんでもなく、淡々としていて頭を下げさせたルカリオンの方が苦々しい表情だ。
「まさか簡単に臣下の礼までするとは思わなかった。その人間の影響なのか。竜人が争って負けてもいないのに頭を下げるなどプライドさえも消えたのか」
「どうでもいいことに頭を下げることなど、俺にとっては大したことじゃない。これで俺のプライドは何も傷つかない」
「臭いで分かるがお前。その人間と番ったな。そいつは獣人の番ではなかったのか」
「エーファは俺の番だ」
しばらくルカリオンの視線がエーファとリヒトシュタインを忙しく行き来する。エーファは何でも臭いで分かる竜人や獣人にうんざりし始めた。鼻がいいのも考え物だ。
「番紛い、か」
その言葉は彼の表情よりもさらに苦々しく吐き出された。仇のような言い方だ。
「お前にも必要なんじゃないか。まだ結婚していないんだろう?」
「臣下の礼までしたなら陛下と呼べ」
「陛下の番はどうやら竜人の中にはいないようだから、陛下も番紛いを飲んだ方がいいんじゃないか」
陛下と口にしながらも敬語に直す気はないようだ。
「寝ぼけたことを言うな」
「しっかり起きている。どうせ結婚相手の候補は列をなしているだろう? その中から選んで番紛いを飲んだらいい。先代王妃のようになるのが怖いならエーファが正確に番紛いを作れる」
さすがにもう番紛いの材料は残っていない。
「帰って来たならお前にだって求婚者は列をなすだろう」
「一時的な里帰りだ。番紛いについて調べたら出て行く」
竜人は一夫多妻制であったことを今更ながらに思い出した。先代竜王に妻は五人だったか。会ったのは二人で、三人は死んでいると聞かされたはず。
リヒトシュタインは竜人の中に好きな相手がいるのだろうか。今はいなくても将来できるかもしれない。一夫多妻制なら番を最も大切にしても、他の女性と愛を交わすこともあるはずだ。先代竜王陛下のように平気で。エーファにとっては共有が不快なことでも、竜人には普通なのだから。
一瞬傷つきかけたが、これ以上傷つくのを心が反射的に拒絶した。もう、その時に考えたらいいだろう。リヒトシュタインならスタンリーみたいなことはしない、はず。
「そうはいかないだろう。人間ごときが番なら竜人たちは遠慮しないはずだ」
「俺の母に危害を加えようとした者がどうなったか覚えてもいないのか。すごいな、おめでたい頭だ」
え、まさか竜王陛下の亡くなった三人の妻って……まさかね。
「おめでたいのはお前の頭だ。なぜ番紛いまで飲んで人間ごときを番にした」
「俺が決めたことだ。何も決めてさえいない陛下が口出しすることじゃない」
リヒトシュタインと兄弟について詳しく話してはいなかったが、この雰囲気を見ればどんな関係だったかは推測できる。
先代王妃の子供であるルカリオンと番の子供であるリヒトシュタイン。ランハートのように番との子供の方が強いと、リヒトシュタインをあからさまに推す竜人もいたのだろう。
「陛下の番だってまだ見つかっていないなら人間じゃないのか? それなら番紛いを飲んでおいた方がいい。生粋の竜人が衝動にプライドだけで耐えられるのか」
「俺の番が人間などあり得ない」
ピリピリヒリヒリする会話が永遠に続くのかと思われたが、先代王妃のアヴァンティアが割って入ったことで唐突に終わりを迎えた。
天空城に戻ると、以前は先代の竜王陛下が座っていたイスにルカリオンが偉そうに座っていた。しかし、その表情は嫌悪感にまみれている。
エーファはルカリオンに三回ほどしか会ったことがなかったが、最初に会った時とは随分態度も喋り方も違う。最初こそ丁寧だったが、竜人なのにネコをかぶっていたのだろうか。竜人がネコをかぶる必要はあったのだろうか。
確かあの時は「お嬢さん」って呼んでなかった? 別人格? これが素?
「最初から言っているように、俺は竜王の座に興味はない。今回は気になることがあって帰ってきた」
「どうだか。先代竜王陛下が亡くなって争いが落ち着いてから狙って戻って来たのではないのか」
「そんなことはしない。そもそもそのような姑息な手を使うほど俺は弱くない」
「臣下の礼でもしたら信じてやってもいいが。まぁお前には無理だろう」
「分かった」
リヒトシュタインが片足を引いて膝をつき、片手を胸に当てて頭を軽く下げた。へぇ、とばかりに状況の分からないエーファはのんびり構えていたが、ルカリオンが軽く目を見開いているのでこの姿勢が竜人にとっては特別なものなのかと気付く。
「人間。お前はしなくていい。人間が頭を下げたところでその頭に価値はない。強い者が頭を下げることに価値がある」
エーファも真似た方がいいかとリヒトシュタインの後ろに移動したところで、ルカリオンの声がした。人間の頭は下げても下げなくても価値はないようだ。
「リヒト、もういい」
それを合図にリヒトシュタインは立ち上がる。悔しそうな表情でもなんでもなく、淡々としていて頭を下げさせたルカリオンの方が苦々しい表情だ。
「まさか簡単に臣下の礼までするとは思わなかった。その人間の影響なのか。竜人が争って負けてもいないのに頭を下げるなどプライドさえも消えたのか」
「どうでもいいことに頭を下げることなど、俺にとっては大したことじゃない。これで俺のプライドは何も傷つかない」
「臭いで分かるがお前。その人間と番ったな。そいつは獣人の番ではなかったのか」
「エーファは俺の番だ」
しばらくルカリオンの視線がエーファとリヒトシュタインを忙しく行き来する。エーファは何でも臭いで分かる竜人や獣人にうんざりし始めた。鼻がいいのも考え物だ。
「番紛い、か」
その言葉は彼の表情よりもさらに苦々しく吐き出された。仇のような言い方だ。
「お前にも必要なんじゃないか。まだ結婚していないんだろう?」
「臣下の礼までしたなら陛下と呼べ」
「陛下の番はどうやら竜人の中にはいないようだから、陛下も番紛いを飲んだ方がいいんじゃないか」
陛下と口にしながらも敬語に直す気はないようだ。
「寝ぼけたことを言うな」
「しっかり起きている。どうせ結婚相手の候補は列をなしているだろう? その中から選んで番紛いを飲んだらいい。先代王妃のようになるのが怖いならエーファが正確に番紛いを作れる」
さすがにもう番紛いの材料は残っていない。
「帰って来たならお前にだって求婚者は列をなすだろう」
「一時的な里帰りだ。番紛いについて調べたら出て行く」
竜人は一夫多妻制であったことを今更ながらに思い出した。先代竜王に妻は五人だったか。会ったのは二人で、三人は死んでいると聞かされたはず。
リヒトシュタインは竜人の中に好きな相手がいるのだろうか。今はいなくても将来できるかもしれない。一夫多妻制なら番を最も大切にしても、他の女性と愛を交わすこともあるはずだ。先代竜王陛下のように平気で。エーファにとっては共有が不快なことでも、竜人には普通なのだから。
一瞬傷つきかけたが、これ以上傷つくのを心が反射的に拒絶した。もう、その時に考えたらいいだろう。リヒトシュタインならスタンリーみたいなことはしない、はず。
「そうはいかないだろう。人間ごときが番なら竜人たちは遠慮しないはずだ」
「俺の母に危害を加えようとした者がどうなったか覚えてもいないのか。すごいな、おめでたい頭だ」
え、まさか竜王陛下の亡くなった三人の妻って……まさかね。
「おめでたいのはお前の頭だ。なぜ番紛いまで飲んで人間ごときを番にした」
「俺が決めたことだ。何も決めてさえいない陛下が口出しすることじゃない」
リヒトシュタインと兄弟について詳しく話してはいなかったが、この雰囲気を見ればどんな関係だったかは推測できる。
先代王妃の子供であるルカリオンと番の子供であるリヒトシュタイン。ランハートのように番との子供の方が強いと、リヒトシュタインをあからさまに推す竜人もいたのだろう。
「陛下の番だってまだ見つかっていないなら人間じゃないのか? それなら番紛いを飲んでおいた方がいい。生粋の竜人が衝動にプライドだけで耐えられるのか」
「俺の番が人間などあり得ない」
ピリピリヒリヒリする会話が永遠に続くのかと思われたが、先代王妃のアヴァンティアが割って入ったことで唐突に終わりを迎えた。