反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

3

 エーファの熱は一日で下がり、念のため三日ほど休んでからルカリオンに謁見した。

 リヒトシュタインは「熱があるときの方が可愛かったのに」とブツブツ惜しんでいたがルカリオンに命じられたことがあるようで、どこかに朝から飛び去った。衣食住を提供してもらっているので仕方がない。元王妃であるアヴァンティアよりもルカリオンの方が権力は強い。


「何のつもりだ。もう一度言ってみろ」

 こう言われた時は大体、もう一度口を開いたところで良いことは何もない。分かっていてエーファは繰り返した。

「陛下に番紛いを作ったので飲んでいただきたいと」

 ごおっと耳元で不気味な音がした。横を火の塊が通ったようだ。一瞬で熱くなる。というか、ルカリオンの放った魔法だ。服の袖にかすったようで火が付いたので魔法で水を出して消す。

「オルタンシア様の髪の毛の入った番紛いを飲んでいただこうと思っています」

 オルタンシアの髪の毛はすでに十分もらっているのですぐに作れる。
 燃えたせいで生地に穴が開いてしまった服の水を振って落とした。ルカリオンが軽い威嚇くらいはしてくるだろうと予想していたのだ。

「リヒトの番はなんとふてぶてしい人間なのか」

 ルカリオンは初対面の丁寧な態度が嘘だったかのように、不快さを表情に鮮明に押し出している。見下している人物には彼はことさら丁寧な言葉で話すとリヒトシュタインが言っていた。初対面の時はエーファを見下しきっていたということだが、丁寧な言葉遣いが欠片もなくなった今の状況がいいとも思えない。

「弟の番に関して嘆いてるんですか?」
「お前がふてぶてしいのは事実だ。普通の人間なら竜人の攻撃にすくみあがり気絶くらいする。そもそも平気で謁見してこない」
「目の前に竜が落ちて来て誰かが下敷きになるよりも驚きません」

 しばらく二人でにらみ合った。

「番を偶然見つけて、リヒトシュタインは鱗を剥がして衝動に対抗していました。陛下が衝動に耐えられるなら番紛いは不要ですが、陛下は生粋の竜人です。衝動に抗うのは難しいのではないかと」
「番紛いは母の入れ知恵か」
「黙って食事に混ぜるのはフェアではないと考えただけです。だから、わざわざ陛下に番紛いを飲んで欲しいとこうしてお願いしております」

 アヴァンティアのことはスルーした。

「オオカミ獣人にはそうやって飲ませたのだろう」
「彼の行動は最初から私に対してフェアではありませんでした。国力を盾に無理矢理ドラクロアに連れてきたのです。最初からフェアではないものにフェアで戦おうとするのはバカです」
「ほぉ、それでは俺とお前が対等だとでも言いたいのか」
「いいえ。陛下が番紛いを飲もうと飲むまいと私に利害はほぼありませんから。ただ、先代竜王陛下の番様のように不幸な人間が増えるのは忍びないと考えています」

 彼が番を見つけて暴れるなどしない限りはエーファに害はない。金色の目が鋭くエーファを射抜く。嘘はついていないので、睨まれても困る。

「お前、最近魔力量が増えたか?」
「え?」

 全く関係ない話が飛んできた。

「自覚はありませんけど……最近大きな魔法は使っていませんので分かりません」

 再び、金色の目がエーファの全身をじろじろ眺めた。

「増えている、確実に」
「そうですか」
「何かおかしなことはなかったか。体調や魔法を使った時の感覚、体をめぐる魔力の違和感」
「おかしなこと……数日前に何年か振りに熱が出たことです。一日で下がったので疲れだと思っています」

 顎に指を当ててしばらく考え込んでからルカリオンは口を開いた。

「よくよく注意しておけ。お前は」

 その言葉の続きを聞くことはできなかった。外でけたたましい叫び声がしてフクロウが一羽飛び込んできたから。
 フクロウはルカリオンの元に駆け寄ると、狂ったように鳴いている。ルカリオンは冷静にフクロウを見ていたが、聞き終わってから顔を歪めた。

「人間ごときが小賢しい真似を」

 エーファに言っているわけではないようだ。フクロウが何を言っていたか分からない手前、反応ができないが外が普段より数段騒がしい。

「ギヨォェェェェ!」
「陛下!」

 聞き覚えのある叫び声が聞こえたと思ったら、ブラックバードが先ほどのフクロウのように飛び込んできた。体が大きいのであちこちに当たりながら叫んでいる。

 エーファは反射的に火魔法を使った。使った後でハッとする。
 しまった。前もこれで失敗してエーギルに助けられたのに!

 エーファの焦りとは裏腹にブラックバードは火魔法を受けてのたうち回っていた。ルカリオンが指を鳴らすと、ブラックバードがさらに火に包まれた。

「なんで……」

 ブラックバードは炎系の魔法に耐性がある。エーファの詠唱なしの火魔法ではブラックバードを攻撃するのに温度が足りないはずなのにどうして攻撃が通ったのだろう。

「愚かな人間たちが侵攻してきたようだ」

 震えて心なしか涙目のフクロウにルカリオンは何か指示を出すと、なぜか鼻を覆ってうずくまった。
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