反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
5
なぜ侵攻に巻き込まれているのだろう。
エーファは風魔法で地面に下り立ってから、現在の状況を改めておかしく感じて首を傾げた。
「私にはもう関係ないはずなのにね」
ギデオンから逃げたところで一旦は終わったはずだった。ドラクロアに戻るとなると複雑な心境になったが、オウカのようにドラクロアを滅ぼしたいなんて考えてもいない。最も憎んだのはギデオンだったから。
やや心に影を残しながらもギデオンが死んで終わったと思っていたことが、今この状況を前に全く終わっていないと突き付けられている気分だ。
天空城から下りる途中で、セイラーンの軍勢を見た。ブラックバードを避けるのに神経を使ったのと、土埃でどれほどの規模かは正確には分からなかった。
エーファが降り立ったところは森だった。セイラーンの軍勢の中に下り立つわけにもいかず、ドラクロアの壁の中に入ってもエーファは人間だから誤解されて攻撃される可能性もある。
頑張って嗅いでみても何の匂いもしない。
ブラックバードだけでなく、他の魔物もセイラーンは調教したらしい。大きなブラッドベアが何頭かドラクロアの壁に向かってのそのそ歩いてくる。
魔法の訓練にちょうどいいとブラッドベアを凍らせながら森の中を進む。ブラックバードは竜人・鳥人と交戦しているので、空を警戒し続けなくていいのは助かった。
ガサッと後ろで音がした。結界は張っているものの、全く気配を感じなかったため慌てて振り返ると青い大きめのトカゲが道の真ん中にいた。
青いトカゲの姿は揺らめいて瞬く間に人の形を取る。
「エーファ、なんでここに」
「……エーギル」
ヴァルトルトで彼を見たのが最後だった。あれからもう数カ月。いや、たったの数か月か。あまり変わっていない、怪訝そうな表情のエーギルが立っている。彼を見たら、嫌でもスタンリーとの別れを思い出す。
ここでエーギルに最初に会えたのは幸運と言えるだろう。このままエーギルと一緒にいればドラクロア側から攻撃されることはまずない。
でも、エーファはうんざりした。過去を置いて新しい道に進もうとしていると思っていたのに、どこまでも過去が追いかけてくる。オウカの件も終わったと思っていたのに、消火が足りずに燃え残った火が息を吹き返したみたいだ。
「どうして……しかも竜の気配がこんなに濃いのは、まさか」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ」
エーギルの言葉を無理矢理遮ると、彼は怪訝そうな表情のまま口を閉じた。しかし、視線はエーファが着ている服を上から下まで見ている。エーファの服装は、竜人が普段着ている袖口の大きく開いた特徴的なものだ。説明すると長いので察してもらおう、攻撃する意思はないのだから。
「今どんな状況なの? セイラーンが侵攻してきたと聞いたけど、天空城から来たから詳しく分からなくて」
エーギルの物言いたげな視線が鬱陶しくて、再び話しかける。
どうして今、私は一人でいるのだろう。リヒトシュタインは? 今ほど彼の袖を引っ張りたいと思ったことはないし、番の香りを感じたいと切望したことはない。この三カ月、鬱陶しいくらい一緒にいたのに。隣にいないだけで一人で置いていかれた気がする。
つい先ほどリヒトシュタインを下界に来させないで欲しいと願ったのを思い出し、自分の矛盾に混乱した。
「セイラーンが仕掛けてきた匂いのせいで鼻が利く種族はほぼ全員使い物にならない。最悪だ。風向きまで計算していたんだろう」
「じゃあ、戦闘部隊はほぼ壊滅?」
「半数以上は酩酊状態だ。倒れている」
「軍全体ではどのくらい動けるの?」
「鳥人はほぼ全員動けるからブラックバードを狩っている。あとは俺のような鼻がそこまで良くない種族、人間やエルフといった他の血が入ってる者たちは動けているから全体の四割といったところだ」
「そんなに……」
「ちょうど俺はセイラーンの軍勢の偵察に行っていたところだ。鳥だと警戒される可能性があったからな」
「どうだった? まずは匂いの元を断たないと。今は平気でも匂いが強くなったら被害が広がるかも」
「おい。そこにいるのはエーギルか?」
エーギルと喋っていると、ガサガサと音がした。
エーファは風魔法で地面に下り立ってから、現在の状況を改めておかしく感じて首を傾げた。
「私にはもう関係ないはずなのにね」
ギデオンから逃げたところで一旦は終わったはずだった。ドラクロアに戻るとなると複雑な心境になったが、オウカのようにドラクロアを滅ぼしたいなんて考えてもいない。最も憎んだのはギデオンだったから。
やや心に影を残しながらもギデオンが死んで終わったと思っていたことが、今この状況を前に全く終わっていないと突き付けられている気分だ。
天空城から下りる途中で、セイラーンの軍勢を見た。ブラックバードを避けるのに神経を使ったのと、土埃でどれほどの規模かは正確には分からなかった。
エーファが降り立ったところは森だった。セイラーンの軍勢の中に下り立つわけにもいかず、ドラクロアの壁の中に入ってもエーファは人間だから誤解されて攻撃される可能性もある。
頑張って嗅いでみても何の匂いもしない。
ブラックバードだけでなく、他の魔物もセイラーンは調教したらしい。大きなブラッドベアが何頭かドラクロアの壁に向かってのそのそ歩いてくる。
魔法の訓練にちょうどいいとブラッドベアを凍らせながら森の中を進む。ブラックバードは竜人・鳥人と交戦しているので、空を警戒し続けなくていいのは助かった。
ガサッと後ろで音がした。結界は張っているものの、全く気配を感じなかったため慌てて振り返ると青い大きめのトカゲが道の真ん中にいた。
青いトカゲの姿は揺らめいて瞬く間に人の形を取る。
「エーファ、なんでここに」
「……エーギル」
ヴァルトルトで彼を見たのが最後だった。あれからもう数カ月。いや、たったの数か月か。あまり変わっていない、怪訝そうな表情のエーギルが立っている。彼を見たら、嫌でもスタンリーとの別れを思い出す。
ここでエーギルに最初に会えたのは幸運と言えるだろう。このままエーギルと一緒にいればドラクロア側から攻撃されることはまずない。
でも、エーファはうんざりした。過去を置いて新しい道に進もうとしていると思っていたのに、どこまでも過去が追いかけてくる。オウカの件も終わったと思っていたのに、消火が足りずに燃え残った火が息を吹き返したみたいだ。
「どうして……しかも竜の気配がこんなに濃いのは、まさか」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ」
エーギルの言葉を無理矢理遮ると、彼は怪訝そうな表情のまま口を閉じた。しかし、視線はエーファが着ている服を上から下まで見ている。エーファの服装は、竜人が普段着ている袖口の大きく開いた特徴的なものだ。説明すると長いので察してもらおう、攻撃する意思はないのだから。
「今どんな状況なの? セイラーンが侵攻してきたと聞いたけど、天空城から来たから詳しく分からなくて」
エーギルの物言いたげな視線が鬱陶しくて、再び話しかける。
どうして今、私は一人でいるのだろう。リヒトシュタインは? 今ほど彼の袖を引っ張りたいと思ったことはないし、番の香りを感じたいと切望したことはない。この三カ月、鬱陶しいくらい一緒にいたのに。隣にいないだけで一人で置いていかれた気がする。
つい先ほどリヒトシュタインを下界に来させないで欲しいと願ったのを思い出し、自分の矛盾に混乱した。
「セイラーンが仕掛けてきた匂いのせいで鼻が利く種族はほぼ全員使い物にならない。最悪だ。風向きまで計算していたんだろう」
「じゃあ、戦闘部隊はほぼ壊滅?」
「半数以上は酩酊状態だ。倒れている」
「軍全体ではどのくらい動けるの?」
「鳥人はほぼ全員動けるからブラックバードを狩っている。あとは俺のような鼻がそこまで良くない種族、人間やエルフといった他の血が入ってる者たちは動けているから全体の四割といったところだ」
「そんなに……」
「ちょうど俺はセイラーンの軍勢の偵察に行っていたところだ。鳥だと警戒される可能性があったからな」
「どうだった? まずは匂いの元を断たないと。今は平気でも匂いが強くなったら被害が広がるかも」
「おい。そこにいるのはエーギルか?」
エーギルと喋っていると、ガサガサと音がした。