反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

2

 ギデオンはよく喋る。
 エーファは昨日までとは別の意味でゲンナリしていた。

 ミレリヤに諭されて、今のエーファに必要なのは情報や獣人に関する知識だと思い知った。そのため、食事中のギデオンに話を振ったらこれである。

 視界の片隅に、エーギルが差し出すスプーンにおずおずと口を開けるマルティネス様をとらえて複雑な心境を抱きながらも、エーファは引きつった笑いをギデオンに向けた。

「竜王陛下は天空城に住んでおられて下界にはほとんど干渉されない。他の竜人たちは下りて来るんだが……それに竜王陛下に謁見することもなかなかできない。だが、今の竜王陛下の番様は人間だから、もしかするとエーファたちは謁見が叶うかもしれないな。謁見は非常に名誉なことだ。公爵家でもお目にかかることは稀だ、ほぼないと言っていい。俺はまだ遠目で見ただけで、直接お会いしたことがない」

 うん。会ったこともない竜王陛下を尊敬していることはさっきまででよく分かった。延々竜王陛下がいかに強いかを力説されたし。

「獣人も鳥人もみな竜王陛下を尊敬している」
「会ったことがないのに、強いと分かるのですか」

 エーファはやっと口を挟んだ。さっきまで「スタンピードを息一つで終わらせた」とか「魔物数百体を一撃」とか散々聞かされていたので、まさか会ったことがないとは思わなかった。エーファのような貧乏男爵令嬢でも数回は国王陛下を遠目で見て、この前は大変間近で見ている。

「竜人は獣人などに比べて寿命が長い。だから親世代・祖父世代から聞かされた話がある。魔物が大量発生して苦戦した際に竜王陛下が息一つで魔物を屠った話だとか」

 その話はさっき聞いたからいい。ゲンナリしていてもまだ覚えている。

「そういえば、ドラクロアでも魔物が出るんですか」

 強い獣人や竜人のいる国には魔物は近付かないのかと思ったらいるのか。

「もちろんだ。俺たちは軍に所属している。俺は実際に魔物と戦う戦闘部隊の一員だが、エーギルは参謀部隊、カナンは諜報部隊だ。竜王陛下が魔物討伐にいらっしゃることは今のところはない。俺たちだけで何とかなっているからな」

 話をすればするほどギデオンの危険値が上がっていく。魔物の戦闘部隊所属なら強いだろう。つまり、エーファの逃亡難易度も必然的に上がる。今のところエーファが唯一彼よりも上回っていると思われるのは魔法だけだ。

 それにしても、エーギルが参謀でカナンが諜報ならぬ鳥報……。性格の通りで納得だ。

「竜王陛下が竜になって飛ぶ姿しか遠目で見たことがないのだが、人型のお姿の時はやはりあの噂の王子殿下に似ていらっしゃるのだろうか。いやだが、王子殿下は陛下の番様によく似ておいでだと聞くから違うか」

 よほど強い竜王陛下のことが好きらしい。早口で喋り続けるギデオンに適当に頷きながらエーファは食事を終えた。

「ギデオン。浮かれて喋ってばっかりいないで。もうすぐ出発だよ」

 エーファは食事を終えたが、ギデオンは喋っているせいでなかなか食事が終わらない。そんなギデオンを後ろからカナンが小突いた。

「カナン。これが初めて女と出かけて浮かれて喋りまくる情けない男の姿だ。見ろ、こいつの番は退屈してる」

 カナンの後ろからマルティネス様を抱えたエーギルがやってきた。

 エーギルの言葉に何となくエーファは納得した。ギデオンが早口で延々喋る姿はまるで、女性慣れしていない男性が頑張って喋っている姿だったからだ。

 と言っても、イメージしたのは魔法省で同期になる予定だった研究オタクの話だけれども。いつもは他人と目を合わせずオドオドしていて、でも研究のことはさっきのギデオンみたいに早口でまくしたてるように喋る。言葉を返す隙間があまりない。

「そんなことはない」
「どうせ竜王陛下について熱く語ってたんだろ。早く行くぞ」

 エーギルはマルティネス様を抱えてさっさと出ていく。カナンはウィンクを飛ばすとミレリヤとともに出て行った。

「私も先に馬車に戻ってます」
「あ、あぁ」

 質問攻めも疲れるが、一方的に喋りまくられるのも疲れる。

 それにしても、女性受けしそうな容姿なのにギデオンは他の二人より女性慣れしていない印象を受ける。でも、この調子でペラペラ喋ってくれるなら情報を手に入れるのは楽だ。
 昨日までの態度を見ていれば、急にエーファがフレンドリーに喋りかけるのは絶対に怪しまれる。だから、ここはさっさと彼を置いて馬車に戻っておこう。

 エーファはギデオンが悲しそうな視線を向けてきているのに気付かずに、お手洗いに行ったあと馬車に戻った。
< 12 / 132 >

この作品をシェア

pagetop