反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
7
危なかった。
思ったよりも魔物が近くに来ていたので氷魔法の発動が間に合わず、風魔法で木の上に飛んだ。
大型犬のような魔物が複数、エーファのいる木に縋りついてグルグル唸っている。木の上から魔物を凍らせながら、そもそもハンネス隊長がらしくないことを言うのがいけないと心の中で悪態をついた。
さっきまでの魔物は大型だったから動きがのろかったのに、今押し寄せてきているのはとてもすばしっこく数も多い。時間がかかりながら全部の動きを止めて、ハンネス隊長の走り去った方向を見た。
木々の間から見る限り派手な動きはないが大丈夫だろうか。
隊長がいたので使っていなかった索敵魔法で探ってみると、十ほど何かがいる。動きはない。
一瞬だけ、戻ってから応援を呼ぶべきか迷った。
一瞬でも迷うと嫌な思考が囁いてくる。本当にそれでいいのか、と。
スタンリーに裏切られてから、まっすぐに決断できなくなった。以前はもっと迷いなく早く決められたはず。いや、そもそも大した決断をしてなかったのか。
スタンリーと結婚するんだと信じて疑わなかった頃はこんなにウジウジ頭の中で悩まなかった。ギデオンから逃げることを考えていた時だって何も怖くなかった。スタンリーのところに帰るためなら何でもできるとさえ思った。でも今は……いろんなものが恐ろしい。決めても、決めたとしても後悔がついて回る。
スタンリーといた頃はこんなにいろんなことが痛いだなんて知らなかった。
「でも、隊長が言ったんだもの。もう私は隊長の部下じゃない」
だからきっとエーファの好きにしてもいい。
また足の速い魔物が来たら困るので木から木に飛び移る。
匂いの元があの粉だけならいいけれど、そんな分かりやすい場所に一か所に集めるだろうか。他にもあるなら、そもそもエーギルの言うあの粉がダミーなら匂いが拡散しやすい火魔法は使いづらい。まぁ、そんなことはエーギルたちが考えるか。
天空城を攻撃しているのもおかしい。だって、竜人の力は獣人にも人間にも脅威なんだから。
リヒトシュタインがいてくれたら相談できるのに。今日は一体どこまで行っているのだったか。竜人の所有する鉱山の採掘の様子見に行かされたんだっけ?
地面に倒れているハイエナが遠目に見えてエーファは思わず息を呑んだ。可能性は頭をよぎっていたのに、実際に目にすると動揺する。地上には他に何も見えない。ということは……木の上。
ガンッと結界に何かが当たる音がした。
結界によって弾かれた矢が落ちていくのが視界の端に映る。さらに、木の上で弓を構えている兵士が何人かいる。
隊長の体には矢が数本刺さっていた。足が空をかいているから意識はあるようだ。まさか毒でも塗ってあったのだろうか。
結界を張り直しながら風魔法で他の木に飛び移る。火を使ったら森まで燃えるけれど、燃やしたらダメだろうか。でも、匂いがこれ以上強くなっても困る。ルカリオンは匂いが強くなれば番紛いで誤魔化せなくなると言っていた。仕方ない。押し流そう。
「方円の器 雨垂れて宿る月 割れて深淵を」
「全員攻撃をやめよ!」
苦手だが水魔法の詠唱を始めたところで、威厳のある声が響いた。
「あれは魔法だ! その者はドラクロア人ではない!」
姿を確認していないが、渋い威厳のある声だ。
あちらから勝手に攻撃をやめてくれるならチャンスだ。エーファは一番近い木に下り立って風魔法でハンネス隊長を自分の方に移動させようとした。
茂みから何かが飛び出してきてハンネス隊長を掴む。とろんとした目で震えている隊長の首に刃をつきつけたのは年かさの兵士だった。
「人間は傷つけないが、ドラクロア人は別だ。おかしな真似はやめて出てきてもらおうか」
エーファは唇を噛んだ。おそらく、隊長は酩酊状態。酷くなったら治療できるのかさえ分からない。とにかく、今は情報がなさすぎる。
「この獣人の番なのか?」
「違います」
エーファは軽く舌打ちして、木から飛び降りて兵士の前に進み出た。
思ったよりも魔物が近くに来ていたので氷魔法の発動が間に合わず、風魔法で木の上に飛んだ。
大型犬のような魔物が複数、エーファのいる木に縋りついてグルグル唸っている。木の上から魔物を凍らせながら、そもそもハンネス隊長がらしくないことを言うのがいけないと心の中で悪態をついた。
さっきまでの魔物は大型だったから動きがのろかったのに、今押し寄せてきているのはとてもすばしっこく数も多い。時間がかかりながら全部の動きを止めて、ハンネス隊長の走り去った方向を見た。
木々の間から見る限り派手な動きはないが大丈夫だろうか。
隊長がいたので使っていなかった索敵魔法で探ってみると、十ほど何かがいる。動きはない。
一瞬だけ、戻ってから応援を呼ぶべきか迷った。
一瞬でも迷うと嫌な思考が囁いてくる。本当にそれでいいのか、と。
スタンリーに裏切られてから、まっすぐに決断できなくなった。以前はもっと迷いなく早く決められたはず。いや、そもそも大した決断をしてなかったのか。
スタンリーと結婚するんだと信じて疑わなかった頃はこんなにウジウジ頭の中で悩まなかった。ギデオンから逃げることを考えていた時だって何も怖くなかった。スタンリーのところに帰るためなら何でもできるとさえ思った。でも今は……いろんなものが恐ろしい。決めても、決めたとしても後悔がついて回る。
スタンリーといた頃はこんなにいろんなことが痛いだなんて知らなかった。
「でも、隊長が言ったんだもの。もう私は隊長の部下じゃない」
だからきっとエーファの好きにしてもいい。
また足の速い魔物が来たら困るので木から木に飛び移る。
匂いの元があの粉だけならいいけれど、そんな分かりやすい場所に一か所に集めるだろうか。他にもあるなら、そもそもエーギルの言うあの粉がダミーなら匂いが拡散しやすい火魔法は使いづらい。まぁ、そんなことはエーギルたちが考えるか。
天空城を攻撃しているのもおかしい。だって、竜人の力は獣人にも人間にも脅威なんだから。
リヒトシュタインがいてくれたら相談できるのに。今日は一体どこまで行っているのだったか。竜人の所有する鉱山の採掘の様子見に行かされたんだっけ?
地面に倒れているハイエナが遠目に見えてエーファは思わず息を呑んだ。可能性は頭をよぎっていたのに、実際に目にすると動揺する。地上には他に何も見えない。ということは……木の上。
ガンッと結界に何かが当たる音がした。
結界によって弾かれた矢が落ちていくのが視界の端に映る。さらに、木の上で弓を構えている兵士が何人かいる。
隊長の体には矢が数本刺さっていた。足が空をかいているから意識はあるようだ。まさか毒でも塗ってあったのだろうか。
結界を張り直しながら風魔法で他の木に飛び移る。火を使ったら森まで燃えるけれど、燃やしたらダメだろうか。でも、匂いがこれ以上強くなっても困る。ルカリオンは匂いが強くなれば番紛いで誤魔化せなくなると言っていた。仕方ない。押し流そう。
「方円の器 雨垂れて宿る月 割れて深淵を」
「全員攻撃をやめよ!」
苦手だが水魔法の詠唱を始めたところで、威厳のある声が響いた。
「あれは魔法だ! その者はドラクロア人ではない!」
姿を確認していないが、渋い威厳のある声だ。
あちらから勝手に攻撃をやめてくれるならチャンスだ。エーファは一番近い木に下り立って風魔法でハンネス隊長を自分の方に移動させようとした。
茂みから何かが飛び出してきてハンネス隊長を掴む。とろんとした目で震えている隊長の首に刃をつきつけたのは年かさの兵士だった。
「人間は傷つけないが、ドラクロア人は別だ。おかしな真似はやめて出てきてもらおうか」
エーファは唇を噛んだ。おそらく、隊長は酩酊状態。酷くなったら治療できるのかさえ分からない。とにかく、今は情報がなさすぎる。
「この獣人の番なのか?」
「違います」
エーファは軽く舌打ちして、木から飛び降りて兵士の前に進み出た。