反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第十五章 愛の相対

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 セイラーンの侵攻を知らされて急遽帰ってきた。鉱山の中にいたから知らせを聞くのが遅れた。
 奇妙なことにセイラーンの軍勢は予想よりも少なかった。あれほどの人数しかいないということはあり得ない。たかだか千単位ではおかしな粉を撒いて獣人の兵力を削ったとしてもドラクロアは絶対に落とせない。

「医療班を! 医療班を早く! 何で到着が遅いんだ!」

 青いトカゲの声が響き渡る中、リヒトシュタインは気を失ったエーファを抱えて何が起きているのか分からなかった。

 彼女が息をしているのを確認してから横たえる。
 なぜ? どうしてこんなことに? 呼吸が浅くなって息ができない。

 どうしてエーファが死にかけている? 死を覚悟していた自分ではなくなぜエーファが?
 奇妙な鱗が浮き出たエーファの顔に手を伸ばす。自分の手は知らないうちに震えていて、止めようと意識しても震えが止まらない。

 エーファの方が体温が高い。彼女の顔色は悪いものの温かい肌に安堵する。

「こんなエーファの姿を見るために俺はあの時あなたを呼びに行ったわけじゃない!」

 頭上からトカゲの切羽詰まった声が聞こえ、不愉快に思ったが顔を上げた。

「こんなことになるならエーファを助けに行かなかった!」
「お前が助けただと? 笑わせるな。弱いお前などに何が救える」

 思ったよりも低い声が出た。トカゲの後ろに残っていたオシドリの鳥人が震えながら慌ててどこかへ飛んでいく。

「助けたかったのならあの時、なぜ俺を止めなかった」

 エーファがあの嘘つきで情けない男に裏切られて傷ついている時に、このトカゲは一体何をした? あのオオカミ獣人からエーファを助けたのは確かではあるが。

 老獪なフクロウがお節介を焼いてこのトカゲを連れて来た時から分かっていた。最初は番紛いで暴走気味のギデオン・マクミランが他国にて大きな問題を起こすのを心配しているのかと思ったが、違う。無理矢理連れてきた人間の番に死なれたこのトカゲは、エーファを必要以上に気にかけている。恋愛感情だろう。

「虹の谷に連れて行く前に割り込めば良かっただろう。お前の心の弱さを俺のせいにするな」
「あの状況でどのツラ下げて俺が割り込めると思ってるんですか! 俺には! 俺にはどうしようもなかった! エーファが嫌がっていなかったから割り込まなかったのに」

 なぜイーリスを見に行こうと口から出たのか。あの時、自然に口から出ていただけだ。
 母に見せたかった光景を傷ついて落ち込んだ彼女に見せたかった。それだけだ。普段の反抗的な目も微笑みもなく疲れ切っていたエーファに、早く元通りになってほしくて見せたかっただけだ。
 今ではそれが正しかったのか、自信がない。いや、イーリスを見に行ったまでは良かったはずだ。メルヴィン王国にもエーファを連れて行ったのが良くなかったのか。

「あなたに任せればもう彼女は傷つかないと思った! 俺は彼女の友人を殺したも同然だから! なのにどうしてこんなことになっているんですか! その鱗はトカゲやヘビの鱗とは決定的に違う! それは、竜の鱗だ!」

 トカゲの言葉でエーファの顔に浮き出ている鱗に触れる。よく見ると手の甲にもある。小さいものの、言われた通り竜の鱗によく似ていた。しかも、黒い鱗。薄墨色の鱗を持つ竜もいるがこれほどの黒い鱗を持つのはリヒトシュタインしかいない。

 番になったからエーファは死にかけているのか? なぜ? 母は無理矢理番にされたから死にかけていただけで……エーファは違うだろう? 母とは全く違うはずだ。なのになぜ今彼女は母のようになっているんだ?

「しかも黒い鱗だ。あなたの番になったから……エーファは今、こんなことになってる! じゃないとその鱗もこの状況も説明がつかない!」
「やれやれ。これだから青二才は困る。ピーピーうるさい」

 リヒトシュタインの口から出た言葉ではない。このトカゲはピーピーうるさいとは思っていたが口には出していない。

 黒い影が横切る。音もなく地面に舞い降りて一回転したのは見覚えのあるフクロウ。瞬く間に老人の姿になった。

「ほぉこれは珍しい。竜化か」

 その老人はリヒトシュタインの前にいるエーファを覗き込むと感心したように喋った。

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