反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「閣下」
「竜化だと?」

 聞いたことのない言葉に反応したが、トカゲの言葉で老人が参謀部隊のトップであるレガロ・メフィストだと理解する。
 引退したい、隠居したいが口癖の老獪なフクロウの鳥人。

「竜人同士の番でなければ稀に起こる。体が竜人の魔力に耐えきれない。この小娘は人間じゃし弱いじゃろうて」
「だが母は……母はこんなことにはなっていなかった」
「先代陛下の番様は魔力を持たざる者。これはもともと持っている魔力と竜人の魔力の反発によって起きる現象。片方が魔力を待たぬならば起こらんでしょうな」

 じーっと注意深くエーファを覗き込んでからレガロは顔を上げた。

「しかしこの小娘。しぶといの。いい意味じゃが。ここまで症状が出るのにはもっと前兆があったはず」
「先日珍しく熱を出していた。すぐ下がったから……何も心配していなかった」
「前兆とも言えるがそんな軽いもので済むわけないのじゃが。なんといってもリヒトシュタイン様の魔力は竜人の中でも群を抜いている。この小娘の魔力が人間にしては多いといえどそのくらいでは済まんし、もっと早く症状が出ていても不思議ではない」

 髪の毛をくるくるいじりながら考え込んだレガロに、さっきまで噛みつく勢いだったエーギルが口を開く。

「エーファはヴァルトルト出身で、大掛かりな魔法には詠唱が必要です。あの独特な詠唱を聞くに竜の魔法に近いのかと」
「ふむ。ワシは魔法に詳しくないからよく分からん」
「詠唱による魔法と魔法陣によって使える魔法があると勉強しました。魔法陣の方は異世界から召喚された人間が編み出したと聞いているので、そちらの方だと竜の魔法からは少し離れるのかと」
「つまり、もともと竜の扱う魔法と親和性のある魔法の使い手だったからここまで症状がでなかったと?」
「あくまで予想です。今日何度も魔法を使ったから魔力の反発が起こりやすくなったのかもしれません」
「ふむ、そっちの方が納得できる。吐血しているとなると、悪いのは呼吸器か胃のあたりか」
「どうすれば、治るんだ」

 リヒトシュタインは二人の会話に口を挟んだ。レガロの真っ黒な目がリヒトシュタインの方を向く。

「ワシは竜化の文献をはるか昔に読んだことがあるだけ。確か、竜人と番になった珍しく魔力を持つ獣人の例じゃった。臓器に影響がでて、鱗が浮き出る。この鱗のせいで竜化と名付けられている。最終的には心臓が竜の魔力に耐えきれずに死に至るはず」
「治癒魔法……では駄目なのか」
「我々は魔法を使えんので詳しくは分かりかねる。竜人の中には治癒魔法を使う者もいるそうじゃが、魔力の反発が体内で起きているのにこれ以上強い魔力を流し込むとどうなるか……」
「……分かった」

 エーファの体を慎重に抱いて立ち上がる。

「医療班はまだです。一体どこへ」
「これが竜化ならここでできることはないはずだ。医療班は竜を診れるのか。無理だろう」

 リヒトシュタインの言葉に、エーギルは悔しそうに唇を噛んだ。その肩をレガロが掴んでいた。

「セイラーンの軍勢は攻めて来たわりに少なかった。続けて他の国も攻めてくるのかもしれない」
「すでに鳥は数多く偵察に飛ばした。セイラーンの人間を連れて行こうとしたライオン獣人にはペラジガスが対応しておる。あとは酩酊状態に陥った者たちの治療が済めば竜人様たちの助力がなくとも問題なく迎え撃てる」

 ライオン獣人云々のところは意味が分からなかったが、ひとまず頷いた。
 腕の中でエーファは息をしているのか怪しいほど微動だにしない。今朝まで何ともない普段通りの光景だったのにどうしてこうなった? どこで、どこから俺は間違えた?

 こんなことになるのなら。母のようにエーファも失うのだとしたら。俺はいつも先に愛する者を失う運命なのか。いや、母の場合とは全く違う。母はずっと臥せっていたから覚悟がいつでもできていた。

「どうして、俺を無理矢理生かしたお前が先に死にそうになっているんだ」

 エーファは「お前」と呼ばれるのが嫌いだ。わざと呼んだら起きて文句を言うのではないかと思った。でも、彼女の瞼はピクリとも動かない。

 こんなことなら、父が正解だったではないか。父が母を閉じ込めたようにエーファも監禁しておけばこうならなかったのか。

 それとも、俺があの時死んでいればそもそもこんなことにはならなかったのか。途端に世界が色褪せて見えた。自分が歩いて呼吸をして飛んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。

「一緒に生きろと、そう言ったくせに」

 自分のすべてを預けた女が死んだのなら、生きている意味なんてあるのだろうか。一緒に死ねば、また世界は色づくのだろうか。
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