反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

3

 天空城に戻ると、おかしな粉を嗅いで酩酊状態に陥った竜人たちの治療が行われていた。治癒魔法で治るようで、治癒魔法の使える竜人たちは珍しく疲れ切っている。

 竜人の中で最も魔力量が少なく治癒魔法が使えるのは意外にもオルタンシアというオレンジ髪の竜人で、エーファの治療をさせたが肌に浮き出た鱗はそのままだ。

「呼吸は楽になっているので時間稼ぎにはなるはずです。竜人にしては極度に魔力の少ない私がエーファ様のお役に立てるなんて。私の魔力量の低さも捨てた物ではないですね」

 番紛いを作ってくれと押しかけてきた時とはまったく違う態度。やや自虐を織り交ぜながらもオルタンシアは嬉しそうだ。エーファより先にハンネスとかいう獣人に治癒魔法を使っていたので、エーファに使っても問題ないと判断した。魔力の強い竜人の治癒魔法では、獣人の体でさえ耐えられない。

「そんな人間に様をつける必要はない」
「番紛いを作ってくださったのはエーファ様ですから」

 勝手に一緒に部屋に入ってきたルカリオンが鼻につく発言をしているが無視をした。何か他に助ける方法がないかとリヒトシュタインは積んである本や資料を漁る。

「お前を見ていると、昔の父と母を思い出して反吐が出そうだ」
「勝手に出せばいい」
「これだから番は嫌だったんだ。俺たちは強い。強いはずなのに、番が絡むと途端に愚かになり迷って弱くなり果てる」
「陛下だって番の前なのにそんなことを口にするな」

 オルタンシアの方をちらりと見ると、魔力が切れたのかソファに座り込んで眠っている。驚くほど魔力量が少ない。獣人数人とエーファだけで魔力切れとは。恐らく、エーファよりも相当魔力が少ない。これでは竜人の治癒などとてもできたものではない。そんな竜人が竜王の番か。彼女はこれから苦労が多いのだろう。

「そんな人間のことなんて放っておけばいいものを。母が言っていた。番紛いでは共鳴期が起こらないと」
「どういうことだ」
「言葉の通りだ。母は父が死んでも酷く病んだり死んだりしていないだろう。番紛いでは相手が死んだところで平気だ。番消しを作る必要もないのだから、この人間が死んだところで共鳴期などなくお前には何の影響もない。情があるなら多少の喪失感くらいは感じるだろうが」

 ルカリオンの情報は何の役にも立たなかった。そもそも先代王妃の作った番紛いなど何の信ぴょう性もない。舌打ちしながらふとページをめくる手を止める。人間の治癒魔法ならエーファには効くだろうか。

「どうせ人間の方が先に死ぬ。若干遠い未来が存外近くなっただけだろう。お前はその人間に無理矢理番紛いを飲まされたんだ。それならその人間が死んだって別にいいだろう。お前が望んでそうなったわけではないんだから」
「その件について俺は納得している」
「哀れだな、リヒト。その感情さえも作られたものかもしれないのに。その人間が死んだら求婚者がどうせ列をなすんだからその中から次の相手を適当に選んでもいいだろう」
「あまりふざけたことを抜かすなよ」

 無神経に喋り続けるルカリオンの服を掴んで壁に押し付けるが、抵抗することもなく余裕そうな笑みを浮かべている。

「どうした? 何をそんなに怒っている。番紛いを飲まされて芽生えた感情など、どうせ紛い物にすぎない」
「陛下だって番紛いを飲んだだろう」
「俺は自分で望んで飲んだ。俺の選択だ。お前とは違う」
「それならあのオレンジ髪の竜人なんてどうでもいいということか? 今すぐ死んでもいいと? 普段でも楽勝だが、今なら無抵抗だからオルタンシアとかいう竜人は簡単に殺せる。最近番になったのなら情もないだろう。どうせならむごたらしく殺してやろうか」

 余裕そうな笑みを浮かべて胸倉を掴まれてされるままだったルカリオンが、初めて顔を歪めた。その様子を見て思わず鼻で笑った。

「作られた感情なら、振り回されているのはどっちだ」

 ルカリオンが胸倉を掴む手を引きはがそうとする。しかし、ルカリオンの力はリヒトシュタインのものと比較すると弱いため障害にもならない。

「俺はお前が大嫌いだ。強大な力も魔力も平気で生まれながら持っておいて被害者ぶるな」
「被害者ぶっていたのは陛下の方だ」
「他人が羨む力を持っていながらお前は病気の母親を理由に大したことをしなかった。唯一したことは一度父に歯向かったことだけ。俺や他の竜人と争いもしない」
「争う必要がないし、竜王の座にも興味がなかった」
「そういうところが気に入らないんだよ。分かるか? 明らかに母よりもお前の母親の方が劣っているのに、お前に負ける俺の気持ちが。俺の母はお前の母親のせいでいとも簡単に父に捨てられた。お前の母親が病気だからと仕事を押し付けられる単なるお飾りの妻にされた!」
「そもそも、先代王妃がきちんと番紛いを作っていればこんなことは起きなかった。すべては先代王妃が始めたことだろう。そこをはき違えるな。俺の母のせいにするなよ」

 母とエーファをバカにする態度に思わず手に力が入った。ミシリと嫌な音がするが気にしない。

「どちらが被害者ぶってるんだろうな。陛下はいつもそうだ、俺と俺の母の存在が悪いとばかり言う。自分の母親の所業はすべて棚に上げて。先代王妃の方がよほど弁えてるんじゃないか。悲劇の王妃気取りでやや痛々しいが、あの人は母に良くしてくれた」
「お前たちがここに居座ったことがそもそもの間違いだった。母の罪悪感に付け込んだだろう!」
「先代王妃が罪悪感を抱くのはあちらの勝手だ。番紛いさえ先代王妃がきちんと作っていればこんなことには。いやそもそも父だって悪いが」
「ん……うるさい」

 言い争いをしていると後ろから声がした。二度と目覚めないのではないかと心配した彼女の声が。ルカリオンの胸倉を離してベッドに駆け寄る。

「エーファ」

 彼女が目を開けていた。治癒魔法が効いたのだろうか。

「大丈夫か。どこか痛いところは」
「ねぇ、明かりをつけて。ここ真っ暗」
「エーファ、何を……」

 窓からはギラギラとした夕陽が差し込んでいる。それなのに真っ暗とはどういうことなのか。
 エーファの手は何かを探すようにごそごそと動き、やがて宙をかく。

 ある可能性に思い当ってエーファの目の上に手をかざした。
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