反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
5
誰かの気配を感じて目を開ける。
いつの間にか眠ってしまっていた。先に体力が尽きたように眠りに落ちたエーファもまだ目を閉じて眠っている。彼女の鼓動を耳を当てて確認してから、気配の方向に振り返った。
「情けない姿だ、リヒト」
壁にもたれてこちらを見つめるルカリオンの姿を捉えたが、わざわざ応える気分ではなかったのでエーファの手を取る。自分のもののような鈍く黒い鱗をこれほど気味が悪いと思う日が来ようとは。
「お前くらい力と魔力があっても人間の小娘一人助けられないなんて。本当に無様だ」
「そうだな」
同意したにも関わらず空気がピリつくのを感じたが、ルカリオンとの会話はいつもこうなので気にすることもない。エーファのことを死んでもかまわないようにリヒトシュタインには言いながら、目を覚ましたエーファには平然と白々しい嘘をついた。
リヒトシュタインには悪意を抱いているものの、エーファには少なからず恩を感じていることを示しているのだろう。
「おかしな話だ。俺も陛下も番紛いを飲む羽目になったなんて。親がその関連で少なからず苦しんだというのに」
「とうとう頭でもおかしくなったのか?」
「俺は事実しか言っていないが」
腕を組んだルカリオンの探るような視線を感じる。会話になっているようでまったくなっていない。いつもこうだ。エーファならポンポンと反応を返してくるのに。リヒトシュタインは独り言のように口から言葉を出す。
「だが、番紛いはもともと問題じゃない」
「どういう意味だ」
「陛下には大して関係ないんじゃないのか。あのオレンジ髪の竜人のことを好きなのか愛しているのか、単なる紛い物の番と認識しているのかは知らないが。エーファが死んで俺が落ち込んでもいい気味なんだろう? もし俺まで死ねば陛下にとってさらに喜ばしいことだ。邪魔で仕方がない異母弟がようやくいなくなるんだから」
「やはり、頭がおかしくなったのか」
その問いには答えずにエーファの指に自身の指を絡ませる。
「力も魔力も俺が欲しがったわけじゃない。たまたま俺に宿っていただけのものだ。それを陛下は被害者ぶっていると言うならそうなのだろう。特に欲しがるべきものもなかった。母は物心ついた時からあのようだったし。力が無駄にあったから俺は諦め続けてきた。力なんてなければ竜王の座でも何でも欲しがって諦めずにあがいただろうに」
「それは、お前よりも相当弱い俺への嫌味なのか」
「俺には分からない。陛下には健康な母親がいて、まぁまぁの力がある。それでいいじゃないか。他国は攻めてきたものの守って竜王の座も手に入った。番紛いのせいだが健康な番もいる。全て持っている。それなのに俺の不幸を喜ぶ暇があるのはなぜだ? 俺に関わらず自分の人生を生きたらいい。俺は健康な母など一瞬たりともいたことがない。そして、今はエーファが死にかけている」
ルカリオンの鋭い視線を背中で受けながら、エーファの手の甲に浮き出た鱗を指で撫でる。皮膚と同化しているのか触っても何の違和感もない。この鱗にさえ今では嫉妬しそうだ。エーファの体の一部のようだから。
「すべてがどうでも良かった。感情が焦げ付いていて自分の思いなんて分からない。母が死んだって泣くほどのことじゃない。でも、エーファだけは違う」
「数日中にその人間は死ぬ。治癒魔法で誤魔化して一週間だ」
ルカリオンからの返事には大して期待していないが、ルカリオンの方が細かい魔力の動きが見えるようだからそうなのだろう。エーファの手の甲や腕に唇を当てた。くすぐったいとかやめろと文句を垂れるはずの彼女はまだ起きない。
「エーファだけは諦められない。これが番紛いのせいでも何でもどうでもいい。エーファは俺を信じると言った。陛下が存在を否定し続けた俺を。だから、俺は自分を信じることにする。エーファは番紛いで作ろうとなんだろうと俺の番だ。番でなくとも俺はエーファを愛している」
盛大に舌打ちする音が背後で聞こえた。
いつの間にか眠ってしまっていた。先に体力が尽きたように眠りに落ちたエーファもまだ目を閉じて眠っている。彼女の鼓動を耳を当てて確認してから、気配の方向に振り返った。
「情けない姿だ、リヒト」
壁にもたれてこちらを見つめるルカリオンの姿を捉えたが、わざわざ応える気分ではなかったのでエーファの手を取る。自分のもののような鈍く黒い鱗をこれほど気味が悪いと思う日が来ようとは。
「お前くらい力と魔力があっても人間の小娘一人助けられないなんて。本当に無様だ」
「そうだな」
同意したにも関わらず空気がピリつくのを感じたが、ルカリオンとの会話はいつもこうなので気にすることもない。エーファのことを死んでもかまわないようにリヒトシュタインには言いながら、目を覚ましたエーファには平然と白々しい嘘をついた。
リヒトシュタインには悪意を抱いているものの、エーファには少なからず恩を感じていることを示しているのだろう。
「おかしな話だ。俺も陛下も番紛いを飲む羽目になったなんて。親がその関連で少なからず苦しんだというのに」
「とうとう頭でもおかしくなったのか?」
「俺は事実しか言っていないが」
腕を組んだルカリオンの探るような視線を感じる。会話になっているようでまったくなっていない。いつもこうだ。エーファならポンポンと反応を返してくるのに。リヒトシュタインは独り言のように口から言葉を出す。
「だが、番紛いはもともと問題じゃない」
「どういう意味だ」
「陛下には大して関係ないんじゃないのか。あのオレンジ髪の竜人のことを好きなのか愛しているのか、単なる紛い物の番と認識しているのかは知らないが。エーファが死んで俺が落ち込んでもいい気味なんだろう? もし俺まで死ねば陛下にとってさらに喜ばしいことだ。邪魔で仕方がない異母弟がようやくいなくなるんだから」
「やはり、頭がおかしくなったのか」
その問いには答えずにエーファの指に自身の指を絡ませる。
「力も魔力も俺が欲しがったわけじゃない。たまたま俺に宿っていただけのものだ。それを陛下は被害者ぶっていると言うならそうなのだろう。特に欲しがるべきものもなかった。母は物心ついた時からあのようだったし。力が無駄にあったから俺は諦め続けてきた。力なんてなければ竜王の座でも何でも欲しがって諦めずにあがいただろうに」
「それは、お前よりも相当弱い俺への嫌味なのか」
「俺には分からない。陛下には健康な母親がいて、まぁまぁの力がある。それでいいじゃないか。他国は攻めてきたものの守って竜王の座も手に入った。番紛いのせいだが健康な番もいる。全て持っている。それなのに俺の不幸を喜ぶ暇があるのはなぜだ? 俺に関わらず自分の人生を生きたらいい。俺は健康な母など一瞬たりともいたことがない。そして、今はエーファが死にかけている」
ルカリオンの鋭い視線を背中で受けながら、エーファの手の甲に浮き出た鱗を指で撫でる。皮膚と同化しているのか触っても何の違和感もない。この鱗にさえ今では嫉妬しそうだ。エーファの体の一部のようだから。
「すべてがどうでも良かった。感情が焦げ付いていて自分の思いなんて分からない。母が死んだって泣くほどのことじゃない。でも、エーファだけは違う」
「数日中にその人間は死ぬ。治癒魔法で誤魔化して一週間だ」
ルカリオンからの返事には大して期待していないが、ルカリオンの方が細かい魔力の動きが見えるようだからそうなのだろう。エーファの手の甲や腕に唇を当てた。くすぐったいとかやめろと文句を垂れるはずの彼女はまだ起きない。
「エーファだけは諦められない。これが番紛いのせいでも何でもどうでもいい。エーファは俺を信じると言った。陛下が存在を否定し続けた俺を。だから、俺は自分を信じることにする。エーファは番紛いで作ろうとなんだろうと俺の番だ。番でなくとも俺はエーファを愛している」
盛大に舌打ちする音が背後で聞こえた。