反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

3

「エーギルの番の子、なんとかご飯食べるようになって良かったね~」

 宿屋のベッドに寝ころんで足をばたつかせながらカナンが喋る。

「まぁな。毎晩果物を注文されたら金がかかる」

 エーギルの返答はそっけない。

「またまた~。自分の手から食べてくれて嬉しい癖に~」
「そもそもエーギルが骨折させなきゃあんな風にはなってなかっただろう。エーギルが悪いんだから、代金は出せ」
「駆け落ちするような女の足を折って何が悪い。番が獣人でない場合、我々とは価値観が違う。逃げ出す者も多いから早々に教え込んだだけだ」

 ギデオンの言葉にエーギルは切れ長の金色に近い黄色の目をさらに細めた。冗談でもなんでもなく、ピリピリとした空気が部屋に満ちる。

「そもそもお前、さっきまで番が食べ終わるまで待ってくれなかったと落ち込んでなかったか? 何を偉そうに口を挟んでいる」

 確かにギデオンは先ほどまでベッドに腰掛けて一人反省会をしていた。その姿は誇り高いオオカミではなく、完全に叱られた子犬状態だった。

「相手は獣人の番じゃない。好感度は顔見知り程度なのだから、ペラペラ喋ったら迷惑だろう。そんな女心も分からないのか。だから番を見つける前に練習で娼館にでも行っておけと」
「番にためらいなく危害を加えるお前に言われたくない。何が女心だ。娼館で女遊びをしていただけじゃないか。そんな風に適当に女性を扱う奴に女心など」
「わーわー、二人とも。この国を出たらもうすぐドラクロアなんだし、疲れてるのも分かるけどケンカしないで~」

 にらみ合うエーギルとギデオンの間にカナンが割って入る。傍から見れば、長身の男二人の間に割って入るショタ。ここが宿屋の部屋ではなく、さっきのレストランであればどんな状況でも見た目で悪者になるのはエーギルとギデオンだ。

「二人とも過激なんだから。女の子にはガツガツ行っちゃダメだよ。僕みたいに番には優しくしないと!」

 カナンの言葉に、二人から表情が抜け落ちる。
 いや、お前が言うなよ。ドラクロアでお前が一番女遊びしてたじゃないか。毎日毎日とっかえひっかえ。ピーチクパーチク。
 二人の心の声だけは一致した。

「さっき鳥になって様子見てきたけどさ、エーギルの番は髪乾かしてもらってたよ。ちょっと血色も良くなってたし」
「そうか、それは良かった」

 力でカナンに勝つのは簡単だが、口では勝てないことを分かっているのでエーギルは諦めたようにベッドに腰掛けた。

「それにしても、髪乾かしてあげてるミレリヤ可愛かったなぁ。ちゃんと魔法を扱いきれてないみたいでアワアワしててさ。いつも冷静なのに可愛い。ギデオンの番が教えてあげてたけど」
「エーファは魔力が多いようだからな」

 番を褒められたと思ったのか、得意げなギデオンもベッドに腰を下ろした。

「だね~。魔法が使えるのって凄いよね」
「どこが凄いんだ。なら余計にギデオンの番が要注意だろう。途中で逃げ出さないようよく見張っておけ。連れ戻せるが労力がかかるし、旅の日程にも支障が出る」
「そうだねぇ、ミレリヤに聞いたら彼女かなりの魔法の使い手みたいだし。エーギルの番をさらっと浮かせてお風呂から出て来てたよ。でも、ギデオンの番がいるおかげで宿の人に介助頼まなくて良かったんだからもうちょっと感謝したら~? 人間の貴族の令嬢って普通は一人でお風呂入れないんだから。あ、僕のミレリヤにも感謝してよね」
「やっぱり、お前が骨さえ折らなければこんなことには」
「うるさい」

 エーギルはベッドに横たわって布団をかぶってしまった。そこでふと思い出し、ギデオンはカナンに目を向けた。

「カナンはあの事をもう番に伝えたのか?」
「あの事ってなぁに?」
「その、カナンのところは……特殊だろう」
「僕にとっては特殊じゃないよ? 僕から見たらギデオンとエーギルの方が特殊」
「いや、悪い。そうだな。だが、人間から見るとどうなのかと思って」
「むふふ。ギデオンはヘタレだけど優しいよね~。まだ話してないよ。ミレリヤにとってはあの国から出れて良かったみたいだけど、環境もかなり変わるしもう少し落ち着いてからの方がいいかなって」
「そ、そうか」

 あっさりヘタレと言われて若干落ち込むギデオンだった。
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