反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
5
魔法省魔物対策局。
書類の積み上がった机を叩いて、局長のアモン・スペンサーは叫んでいた。
「はぁぁぁ!? エーファ・シュミットが魔法省への就職を辞退!? 何でだ!? 面接ではあんなに『給料がいい』って嬉しそうに言ってたのに!」
「局長がパーティーというパーティーを無視するからですよ。彼女はこの前のパーティーでドラクロアの獣人だか鳥人だかに番認定されて、翌日にはドラクロアに発ちましたよ。この辞退届は家族が書いたもので、幼馴染で元婚約者のオーバンが持ってきました」
「パーチィなんぞくだらんもんに誰が出るか! 一番期待していた新人がドラクロアの獣ごときに連れて行かれただと!」
「局長、それ普通に差別って言われるんでやめたほうがいいです」
アモンの補佐官は慣れているようで冷静に返答する。
「せっかく俺の若い頃を彷彿させるような新人が入ると思ったのに……目の前でかっさらわれるなんて……」
特徴的な赤い長髪をわしゃわしゃ振り乱すアモン。補佐官はその様子に一切動揺しない。むしろ局長に似た新人が入るとか勘弁してほしかった口だ。
「直々に指導しようと訓練コースも決めてあったんだ。ガーデン谷でまず訓練して」
「どうして谷に突き落とす訓練が入ってるんですか」
「これが一番上達が早い。なんたってエーファ・シュミットは俺よりも防御が苦手、攻撃がすべてのタイプだからな。攻撃こそが最大の防御。街一つ殲滅できるのは俺かあのエーファ・シュミットしかいない。その逸材を俺が育てる予定だったのにぃぃぃ! クソドラクロア!」
「魔物対策局は魔物を殲滅させるのが目的であって街は殲滅しません」
「いいじゃないか。破壊と創造は表裏一体。芸術は爆発だ。覚えているか、魔物討伐試験のあの火柱! あれだよ、ああいうのがいいんだよ! 一撃で魔物を何体も殺せるようなやつが! あの火柱に俺はエーファ・シュミットの煌めく可能性を見た!」
駄目だ、この戦闘狂に何言っても。
補佐官は早々に会話を諦めた。
「ドラクロアに抗議文を送ろう!」
「やめてください」
「なんでだ?」
「戦争でも起こす気ですか? 国王でさえ認めたんですよ。三人の令嬢が番認定されてドラクロアに発ちましたが、全員の婚約は解消されています。それに、各家には支援金も支払われています。連れ戻すなんて不可能です」
「だから? ん? というか婚約は解消?」
「覚えてないんですか? 今度就職予定のスタンリー・オーバンと婚約してましたよ」
「スタンリー・オーバン? そんな奴いないだろ」
「います」
「いない。俺の脳内にはいない、故にそんな奴は存在しない」
「ほとんどの魔法を使いこなせる貴重な人材です。治癒魔法だって少し使えるんですよ。副局長が前のめりで採用してました」
「あぁ。副局長が採用決めたならオールマイティーを気取った大したことのない、何の面白みもない優等生だな」
「局長の人をこき下ろす語彙力には驚かされますね……」
補佐官はため息をついた。
「オールマイティーといえば聞こえはいいが、器用貧乏だろ? 防音やら治癒魔法やらが使えて何になる。転移魔法なら評価しなくもないが」
「骨折を治せるほどの治癒魔法が使えて、防御も攻撃もできるんですからうちには必要な人材です」
「骨折くらい気合で治せ」
「局長、それは若者には通じない根性論ですよ」
「スタンリー・オーバン。スタンリー・オーバンねぇ」
アモンはイスの背もたれに体を預けてブツブツ名前を呟く。
「あの慎重すぎて試験で魔物に襲われかけてグループを危険に晒したあいつか」
「そんなこともありましたね」
「そんな奴いらん」
「局長みたいなタイプばっかりだと一面焼け野原になるんですよ。エーファ・シュミットだってチーム戦なのに連携を取らず、森を一部焼きました。まるで若い頃の誰かさんのようです」
「そんなに褒めるな」
「褒めてません」
こいつ、ほんとに話が通じないとばかりに目頭を押さえて、補佐官は目をいったんぐっと瞑る。
「あれは試験で、弱い魔物だったから良かっただけだ。強い魔物相手になるほどスタンリー・オーバンのようなタマなしでは生存率が下がる。ひるんだら一瞬で死ぬ。ためらいなく攻撃を放つ、エーファ・シュミットのような胆力と根性がないとな!」
「しれっと下ネタを混ぜないでください」
「ドラクロアに新人を取られてムカついているんだ。これでは仕事をする気もおきん」
いつもはバリバリ仕事をしているような口ぶりだが、そんなことはない。机の上に積み上がった書類がそれを物語っている。
「まぁいいじゃないですか。ドラクロアの者たちは番を溺愛して大切にするんですから。エーファ・シュミットだって幸せに暮らせますよ」
「お前、本気で言っているのか?」
さっきまでのアモンとは声のトーンが違う。補佐官はハッとした。まずい。
「それは本気で言ってるのか?」
もう一度アモンが問うてくる。
「獣人や鳥人が番を溺愛するのは別にいい。獣人や鳥人同士ならな。人間の決まっていた婚約を解消してまで国に連れて帰って、本当にその人間は幸せに暮らせるのか?」
何がアモンの逆鱗に触れたのか分からず、補佐官の背中に冷たいものが流れる。まずいことだけは分かる。
「それこそが、差別だ。女は番認定されれば愛されるんだから家のため、金のために黙って婚約を受け入れろ? あほらしい。溺愛されるからってなんで女が自分と婚約者を引き裂いた男を愛すと思うんだ? 生まれ育った国や家族とも離されて。俺が見たエーファ・シュミットは、男が甘やかしてデロデロに愛してくれるからと絆されてなびくような人間じゃない」
アモンは立ち上がると、窓の側まで行ってドラクロアの方角を見た。
「待てよ。ドラクロアは魔物の発生がここよりも多いな。しかも栄養がいいのか何なのか、大きさもデカいらしい。ドラクロア国軍は獣人と鳥人で形成されていて強いが……まさか、エーファ・シュミット。早速遭遇してないだろうな」
アモンの背中を見ながら補佐官は切に願った。
とりあえずなんでもいいから口を動かしていないで書類仕事してほしい、と。
書類の積み上がった机を叩いて、局長のアモン・スペンサーは叫んでいた。
「はぁぁぁ!? エーファ・シュミットが魔法省への就職を辞退!? 何でだ!? 面接ではあんなに『給料がいい』って嬉しそうに言ってたのに!」
「局長がパーティーというパーティーを無視するからですよ。彼女はこの前のパーティーでドラクロアの獣人だか鳥人だかに番認定されて、翌日にはドラクロアに発ちましたよ。この辞退届は家族が書いたもので、幼馴染で元婚約者のオーバンが持ってきました」
「パーチィなんぞくだらんもんに誰が出るか! 一番期待していた新人がドラクロアの獣ごときに連れて行かれただと!」
「局長、それ普通に差別って言われるんでやめたほうがいいです」
アモンの補佐官は慣れているようで冷静に返答する。
「せっかく俺の若い頃を彷彿させるような新人が入ると思ったのに……目の前でかっさらわれるなんて……」
特徴的な赤い長髪をわしゃわしゃ振り乱すアモン。補佐官はその様子に一切動揺しない。むしろ局長に似た新人が入るとか勘弁してほしかった口だ。
「直々に指導しようと訓練コースも決めてあったんだ。ガーデン谷でまず訓練して」
「どうして谷に突き落とす訓練が入ってるんですか」
「これが一番上達が早い。なんたってエーファ・シュミットは俺よりも防御が苦手、攻撃がすべてのタイプだからな。攻撃こそが最大の防御。街一つ殲滅できるのは俺かあのエーファ・シュミットしかいない。その逸材を俺が育てる予定だったのにぃぃぃ! クソドラクロア!」
「魔物対策局は魔物を殲滅させるのが目的であって街は殲滅しません」
「いいじゃないか。破壊と創造は表裏一体。芸術は爆発だ。覚えているか、魔物討伐試験のあの火柱! あれだよ、ああいうのがいいんだよ! 一撃で魔物を何体も殺せるようなやつが! あの火柱に俺はエーファ・シュミットの煌めく可能性を見た!」
駄目だ、この戦闘狂に何言っても。
補佐官は早々に会話を諦めた。
「ドラクロアに抗議文を送ろう!」
「やめてください」
「なんでだ?」
「戦争でも起こす気ですか? 国王でさえ認めたんですよ。三人の令嬢が番認定されてドラクロアに発ちましたが、全員の婚約は解消されています。それに、各家には支援金も支払われています。連れ戻すなんて不可能です」
「だから? ん? というか婚約は解消?」
「覚えてないんですか? 今度就職予定のスタンリー・オーバンと婚約してましたよ」
「スタンリー・オーバン? そんな奴いないだろ」
「います」
「いない。俺の脳内にはいない、故にそんな奴は存在しない」
「ほとんどの魔法を使いこなせる貴重な人材です。治癒魔法だって少し使えるんですよ。副局長が前のめりで採用してました」
「あぁ。副局長が採用決めたならオールマイティーを気取った大したことのない、何の面白みもない優等生だな」
「局長の人をこき下ろす語彙力には驚かされますね……」
補佐官はため息をついた。
「オールマイティーといえば聞こえはいいが、器用貧乏だろ? 防音やら治癒魔法やらが使えて何になる。転移魔法なら評価しなくもないが」
「骨折を治せるほどの治癒魔法が使えて、防御も攻撃もできるんですからうちには必要な人材です」
「骨折くらい気合で治せ」
「局長、それは若者には通じない根性論ですよ」
「スタンリー・オーバン。スタンリー・オーバンねぇ」
アモンはイスの背もたれに体を預けてブツブツ名前を呟く。
「あの慎重すぎて試験で魔物に襲われかけてグループを危険に晒したあいつか」
「そんなこともありましたね」
「そんな奴いらん」
「局長みたいなタイプばっかりだと一面焼け野原になるんですよ。エーファ・シュミットだってチーム戦なのに連携を取らず、森を一部焼きました。まるで若い頃の誰かさんのようです」
「そんなに褒めるな」
「褒めてません」
こいつ、ほんとに話が通じないとばかりに目頭を押さえて、補佐官は目をいったんぐっと瞑る。
「あれは試験で、弱い魔物だったから良かっただけだ。強い魔物相手になるほどスタンリー・オーバンのようなタマなしでは生存率が下がる。ひるんだら一瞬で死ぬ。ためらいなく攻撃を放つ、エーファ・シュミットのような胆力と根性がないとな!」
「しれっと下ネタを混ぜないでください」
「ドラクロアに新人を取られてムカついているんだ。これでは仕事をする気もおきん」
いつもはバリバリ仕事をしているような口ぶりだが、そんなことはない。机の上に積み上がった書類がそれを物語っている。
「まぁいいじゃないですか。ドラクロアの者たちは番を溺愛して大切にするんですから。エーファ・シュミットだって幸せに暮らせますよ」
「お前、本気で言っているのか?」
さっきまでのアモンとは声のトーンが違う。補佐官はハッとした。まずい。
「それは本気で言ってるのか?」
もう一度アモンが問うてくる。
「獣人や鳥人が番を溺愛するのは別にいい。獣人や鳥人同士ならな。人間の決まっていた婚約を解消してまで国に連れて帰って、本当にその人間は幸せに暮らせるのか?」
何がアモンの逆鱗に触れたのか分からず、補佐官の背中に冷たいものが流れる。まずいことだけは分かる。
「それこそが、差別だ。女は番認定されれば愛されるんだから家のため、金のために黙って婚約を受け入れろ? あほらしい。溺愛されるからってなんで女が自分と婚約者を引き裂いた男を愛すと思うんだ? 生まれ育った国や家族とも離されて。俺が見たエーファ・シュミットは、男が甘やかしてデロデロに愛してくれるからと絆されてなびくような人間じゃない」
アモンは立ち上がると、窓の側まで行ってドラクロアの方角を見た。
「待てよ。ドラクロアは魔物の発生がここよりも多いな。しかも栄養がいいのか何なのか、大きさもデカいらしい。ドラクロア国軍は獣人と鳥人で形成されていて強いが……まさか、エーファ・シュミット。早速遭遇してないだろうな」
アモンの背中を見ながら補佐官は切に願った。
とりあえずなんでもいいから口を動かしていないで書類仕事してほしい、と。