反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 馬車の屋根の金属部分を掴む竜の白い前足が視界にちらちらとよく映る。

「魔物は私が撃ち落とすから、そのまま飛んでてくれる?」

 念のため馬車を掴む竜に話しかけてはみたが「グルルル」と低い唸り声が返ってきただけだった。竜人なら喋れるかと思ったのだが違うのか。

 まぁいいか、あれを試したいとエーファは指を組んだ。魔法省の就職試験でこれより初級の技をやったら恐ろしく怒られた。この森ならいくら燃やそうとエーファには関係ない。そもそも、あの大きさのブラックバード相手にこのくらいやらないと倒せるか分からない。

『夜空に輝く星々 その光を集めても足りぬ 月の光などまがい物 雲より出でて闇夜を切り裂け 土を富ませ 我の願いに応えよ 神の杖!』

 エーファが指を解くと、晴れ渡った空に三本の稲妻が突如として美しく走る。
 遅れてドォンという鈍い音。

 雷系の魔法詠唱は正直とてもダサい。「神の杖」の部分が特に。炎系の魔法詠唱の方が数段カッコいいのだが、ブラックバードは炎系の魔法に耐性があるから仕方がない。大きな音にさすがの竜のビクリと震えた。

「あ、まずい」

 二体のブラックバードはエーファの魔法によって地面に落ちて行くが、一体は当たり所がイマイチだったのかかろうじて避けたのか、不格好な飛び方だがこちらに向かって飛び続けている。

「ギヨォェェェェ!」

 当然だが、生き残ったブラックバードは怒っている。異常に叫び散らしながら迫ってきた。エーファは素早く次の技に移ろうとする。魔力はさっきの大技で半分ほど使ってしまったから次は……そんなことを考えているとパアンッと乾いた音が後方からした。

「ねぇ、バカなの?」

 生き残っていたブラックバードが地面に落ちて行く。そして耳に届いたのは、ムカつく若干高めの声。
 エーファが振り返ると、ぶすっとした表情のカナンがいた。人間の姿だが、背中に羽根が生えていて飛んでおり、手には銃を持っている。銃口からは白い煙が上がる。

「あんたこそ。今更現れて言うに事欠いてバカって何なの?」

 最後のブラックバードはカナンが仕留めたと分かり、エーファは機嫌が悪くなる。全部自分で仕留めたかったのに、最後の最後でかっさらわれた気分だ。

「人間一人で魔物三体に立ち向かうのはバカでしょ。ほら、助けが来た」

 進行方向を見ると、カナンと同じように人間の姿で背中に羽根を生やした姿が何人もこちらに向かっているのが見える。

「助けが遅いのよ。今頃来たって私たちはブラックバードの火玉で黒焦げか食べられてたでしょ。あなたは一体何をやってたわけ?」
「僕は諜報部隊で銃がないと戦えないから」

 カナンはよく見たら汗をかいているし、息も切らしている。必死に追いついたことは分かった。

「そもそもあんな大きなブラックバードが三体もこの辺に現れたのは初めてだ。竜が飛んでいるところは魔物が避けるはずなんだ」

 馬車の上に立ったままカナンと会話を続けていると、前方から向かってきた鳥人たちがたどり着いてぐるりと竜の運ぶ馬車を空中で取り囲む。

「ちょっと! 馬車の中の二人が怖がるでしょ。馬車を包囲しないで!」

 エーファが叫ぶと鳥人たちに怪訝な顔で見られた。言葉通じてない?
 カナンが鳥人集団の中でも一番偉いのであろう女性のところに飛んで行って報告している。女性が手を上げると鳥人たちは包囲をやめた。

「あなたがさっきの魔法を?」
「そうです」

 輝く金髪の女性が近づいてきた。よく見たら足も鳥の足の形だ。女性はエーファの足元が魔法で固定されているのを見て納得した顔をする。

「ドラクロア軍の鳥人戦闘部隊イザドラ・ペラジガスです。助けが遅くなって申し訳ございません」

 イザドラの背中にはカナンよりも大きな翼が生えている。翼と足を見てワシの鳥人かなとエーファはあたりをつけた。カナンよりもイライラせずに会話できそうだ。

「ドラクロアへの入国試験じゃなかったんですか?」

 エーファの問いにイザドラは何とも言えない表情をした。彼女の言葉遣いは丁寧だが、左目が長い前髪で隠れているので表情がそもそも読みづらい。

「ドラクロアが他国からどう思われているかは分かりませんが、他種族の番の方にそんなことはしません。今回はブラックバードを見逃した私の隊の責任です。ひとまず、安全だと思えるところまでお送りします。馬車の中に戻りますか?」
「二人を安心させたいので戻りますが……それよりもあのブラックバードの死骸はどうなりますか?」
「他の魔物が寄ってこないように回収します。肉は食用になりますが……」

 なんでそんなこと聞くんだという雰囲気が鳥人部隊の中に流れる。カナンはいぶかし気な視線を隠しもしていない。

「いえ、私が魔法で倒したのであのブラックバードたちは私の取り分じゃないかと思うんですけど。この状態で回収はできませんが」

 取り分って重要だから。討伐数も重要だけど、ブラックバードが黒焦げになっていなければ羽根は欲しい、お肉だって欲しい。

「ドラクロアでは倒した人の取り分じゃないんですか?」
「いえ……あの……人間は魔物の肉を食べるのですか?」
「地域によっては食べますよ。私は食べます」

 また微妙な空気が部隊に流れる。もしかして引かれてる?
 
「ブラックバードの肉は我々の間ではあまり好まれておらず、ハイエナやネズミの獣人たちしか食べません」
「そうですか。繰り返しますが私は食べます」

 ブラックバードは一度しか食べたことない。お肉まで真っ黒なのよ。あれだけ大きかったなら可食部分は多いでしょ。楽しみ。
 カナンがまた何かイザドラに耳打ちしている。

「マクミラン公爵家にお届けしますがよろしいでしょうか……?」
「はい。私は解体もできますから、ありがとうございます。運搬料分はもちろん素材を譲ります」

 イザドラは一番偉いだろうに、どう見ても小娘のエーファに丁寧に接してくれるのがいい。ただ明らかに引かれている気配がするのだが、マズイことを言ったのだろうか? 魔物を倒したら取り分交渉は当たり前だよね? 私が本当に解体できるのか疑われてる? それともドラクロアではお前の物はみんなの物という考えなの?

 とりあえず、わざとブラックバードをけしかけたという訳ではないようなのでもう少し様子を見よう。逃げるのに戦闘部隊の実力がどの程度なのか知っておきたい。ギデオンの能力もどのくらいかわかるだろうし。
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