反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

7

「あの人間、やばいな」
「一人でブラックバード三体か」
「いや、一体は仕留め損ねてカナンが撃ったって」
「すっげー雷だった。怖かった」
「にしても何でブラックバード三体も出たんだ? おかしいだろ?」
「あぁ、普通竜がいるのに出てこないからな。あの竜、幼体でもないし」
「番反対派の奴らじゃね?」
「魔物をおびき寄せたってことか?」
「あり得る。それか操ってるとか?」
「魔物操るってどんな陰謀論だよ、それ。できたらまずいだろ」
「おい、ギデオンが森を抜けて来たぞ」
「うげー、あの子ってギデオンの番なんだろ? 後で俺たち嫌味言われるの嫌なんだけど」

 馬車が安全なところに着地し、人間の女性たちが出てきたところを見ながら戦闘部隊所属の鳥人たちはピーチクパーチク喋っていた。

 ドラクロアには番賛成派と番反対派が存在する。番反対派は番が獣人や鳥人以外の種族であることに強行に反対する一派のことだ。別名・純血至上主義とも呼ばれる。

「あとはエーギルか?」
「あいつは足遅いからもうちょっとかかるだろ」
「エーギルもネチネチ言うんだよな……」
「ってか、ギデオンもエーギルも空飛ぶ魔物をどうしようもないくせに文句言うとかなくない?」
「いや、まだ文句言われてないだろ」
「でも絶対なんか言われるじゃん。いつものことだし。番のことになるとみんな頭に血が上っちまうじゃんか」

 お察しの通り戦闘部隊といっても鳥人と獣人の仲がいいわけではない。むしろ悪い。

「エーファ! 無事で良かった! 怪我はないか!」

 森を走り抜けてきたオオカミが人型に戻ると、勢いよくさっき大活躍したやばい女性に抱き着いている。
 感動の再会みたいだけど、ギデオン。お前な~んもやってないからな? まぁお前の吠える声が響いて異常には気付いたけれども。
 鳥人たちは口には出さないものの、視線でそう訴えかける。

「離してくれません? マルティネス様を車イスに移動させるので。彼女、長距離移動で疲れてますから早く楽な姿勢にしてあげたいんです」
「あ、あぁ……」

 塩対応されているギデオンを見て、鳥人たちは日頃の鬱憤もありテンションが上がる。いいぞ、もっとやれ。

 風魔法で馬車の中にいた女性を浮かせて移動させているのを、鳥人たちは興味津々に観察する。「あれが魔法か」と感心しているのだが、鳥人の癖でやたら皆首を動かしてしまうので傍から見ているとかなり怪しい。

「なんであの子だけ車イスなんだ?」
「さぁ。怪我でもしたんじゃね?」
「ドラクロアで番が見つからなかった獣人と鳥人が番見つけて帰ってくるなんて凄い確率だよな」
「あぁ、ドラクロアに番がいない場合は他国に出向いて探しても、ほとんどは出会えずに帰国するからな」
「じゃあギデオンもエーギルも運を使い果たしたんじゃね?」
「ウケる。じゃあ、カナンも?」
「カナンはちょっと特殊じゃないか」

 どうしても普段の仲の悪さが言葉の端々に出てしまう鳥人たち。

「あ、隊長が近づいたぞ」
「隊長、そんな奴に謝らないでください!」
「そうですよ、ブラックバード三体いったいどっから現れたのか分かんないんですから」
「十五分前の定点確認で何もいなかったのに」

 鳥人たちはコソコソ離れた場所で隊長のイザドラにエールを送りつつ、ぴーちくぱーちく喋る。

「なぜ助けがあんなに遅れるんだ! 鳥人部隊は何をしている!」
「申し訳ない、ギデオン。なぜか突然魔物が現れたんだ」
「俺の番が殺されるかもしれなかったんだぞ!」

 案の定、ギデオンが声を荒げている。
 うわぁ、何なのあいつ……という目で見ていた鳥人たちがエーファという女性がこちらに向かってくるのに気付いて、はっと身構えた。

「さっきはありがとうございました。お礼を言うのが遅れてすみません。あと、取り囲むなって怒鳴ってしまってすみませんでした」

 エーファが鳥人たちに頭を下げた。その素直な様子に鳥人たちは困惑する。

 え、この子。めっちゃカナンと仲悪そうだったけど……さっき馬車が着地してからお互いに向かって舌打ちしてたよね? カナンはブラックバードの後処理に向かったけど……カナンはダメで俺たちはオッケーなんだ? 鳥人嫌いなわけじゃない? まぁ俺たちギデオンやエーギルがいけ好かないだけで、別に人間嫌いなわけじゃないし。

 確かに取り囲んだときに怒鳴られて「は? この人間偉そうに」って思ったけど、さっき馬車から下りた二人の怯えた様子を見れば、まずい対応だったと感じてはいる。カナンみたいな鳥人しか見てなかったら、俺たちゴツイし大きいからビビるよな、うん。

「あ、えっと。助けが遅くなってすんません」
「普段はあんな魔物出ないんです」
「見張ってた時はいなかったんですけど……ほんっとすみません」

 口々に言い訳がましく謝ってしまう鳥人たち。背中の羽根がまだ出ているので全員の羽根もぴょこぴょこ上下する。助けが遅れて危険に晒したのは本当だからだ。
 エーファははにかんだように笑うと、口論しているギデオンとイザドラのところに戻っていく。

「無事だったのでもういいじゃないですか」

 エーファがギデオンに放った冷たい言葉で、鳥人たちはこっそり心の中で歓声を上げた。いいぞ、もっと言ってくれ。そいつ、何もしてないもんな。

「しかし! エーファが死ぬかもしれなかったんだぞ!」
「別にあなたは何もしてないじゃないですか。そもそも私の魔法で倒したんですから。一体だけはカナンに譲りましたけど」

 あ、カナンって言う時にあの子悔しそう。カナンって性格悪いから付き合い長いと嫌われるよな。

「そうだが……」
「何の手助けもしてない人は黙っててください。あと、私の取り分のブラックバードは何を言われようと持って帰りますから」
「どういうことだ? ブラックバードを持って帰る? あのゲテモノを?」
「ゲテモノだろうが何だろうが、私は好きなので持って帰ります」

 頑なに取り分を譲らないエーファに鳥人たちはまたヒソヒソを始めた。

「あの子、すごい取り分にこだわるよな」
「でも倒したのあの子だから、正論だな」
「貧しい土地だと人間も魔物の肉を食べてしのぐって聞いたことあるから、あの子の家はもしかして貧乏だったのかも」
「そっか……可哀そうだよな……」
「魔物への対処も慣れてたし、ブラックバードは俺たちにとってはまずいけど食べ物は無駄にできないよな」
「あの子一人じゃ解体しづらいだろうから、あっちを手伝いに行こうぜ」
「あぁ。現場で少し解体しとけばあの子も後々、楽だもんな」

 知らないうちに鳥人たちから無駄に同情を集めてしまうエーファであった。

「ペラジガス様、ありがとうございました」
「いえ、私は何もしておりません。それにしても見事な魔法でした。ブラックバードは明日までに公爵邸に運ばせますので」
「ありがとうございます!」
「最も貢献した者が多くを与えられる、これはドラクロアでも常識です。先ほどは私のブラックバードに対する価値観を押し付けてしまい、失礼しました。番様方を運ぶ途中に魔物の襲撃などこれまであり得なかったので、早急に原因を見つけます」

 エーファがイザドラに向ける笑顔にギデオンは眉を下げて何も言えなくなっていた。
 鳥人たちは「ざまぁ」とにやつきながら一斉に飛び去った。
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