反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

8

 やってしまったぁぁ!

 ミレリヤの物言いたげな視線に気づいて、エーファは頭を抱えてうずくまりそうになりながらも耐える。傍から見れば涼しい顔で立っているように見えるはず。

 大技が成功したのと、魔物をほとんど一人で倒したのとで気分が高揚していて……初対面の鳥人相手に魔物の取り分を強く主張してしまった!
 いやだって、魔物を倒したら誰が多く取るかでまたケンカするもんね? 舐められたら終わりだもんね?

 あと鳥人さんたちにうっかり怒鳴っちゃったよ……謝ったら許してくれたみたいだけど大丈夫かなぁ。
 ギデオンに抱き着かれたのが気持ち悪くて突っぱねちゃったし……もうそれはいいか。不可抗力だ。魔法で攻撃しなかっただけマシだろう。

「悪い。遅くなった」

 するすると登ってきたのは、すっかり存在を忘れかけていたエーギルだ。大トカゲから人型に戻った彼は息を切らしているが、走るのは遅いらしい。オオカミより早い大トカゲがいたら怖いか。ギデオンもこのくらい足が遅かったら希望が持てるのに。

「隊長のイザドラは?」
「後処理に行ってる」

 先ほどエーファが突っぱねてしょげていたギデオンが答えている。
 二人は放っておいてエーファはミレリヤと車イスのマルティネス様に近付いた。

「フラフラしてない? 大丈夫?」
「うん、あのくらいならまだ魔力は残ってるし大丈夫」
「あの大技やって魔力残ってるのは凄いね。ねぇ、エーファ。とりあえずあれを見て」
「うん?」

 ミレリヤの指差す方向を見たエーファは思わず口を開けた。

「何、あの壁」
「多分、ドラクロア国をすべて囲ってるのよ。見渡す限りそうだから」
「全然気付かなかった」
「高さと魔物に気を取られてて私も馬車から下りた時に初めて気付いた」

 高さのある白い壁が見渡す限り、街の周囲を囲っている。勝手に城門の一部だと思っていたが、それは壁だった。身長よりも何倍も高い壁。

「これは魔物避けの壁だ。先ほどのような飛行タイプには無意味だが、ドラクロア周辺の森には魔物が多いから飛べないタイプには大変効果的だ。表面が磨かれているから獣人以外は滑って登ってこれない」

 エーギルが服の襟元を緩めながら説明してくれる。

 エーファの中にくすぶっていた高揚感が急激にしぼんでいく。
 ドラクロアから逃げるにはこの壁を超えないといけない? それで魔物がはびこる森を抜けろって? さっきのブラックバードみたいに大きな魔物がいる森を?

 先ほどまでの高揚感はかき消され、胸には絶望が広がった。

「飛行タイプは鳥人戦闘部隊が迎撃する。今日のように見逃すのは珍しい」

 ギデオンも落ち込みから復活したようでエーギルに続いて喋る。

「あれが竜王陛下や竜人たちが住まう天空城だ」

 壁や森があるという現実にそれどころではなかったが、逆方向に体を向ける。綺麗に同じような色や規格で統一された街並みの上空に大きな白い城が浮いていた。光を反射してキラキラ輝いている。

「天空城って……ほんとに浮いてる」
「グルルル」

 これまたすっかり忘れていたが、休んでいた白い竜が身を起こして唸って翼を広げた。ミレリヤは怯えてマルティネス様の乗った車イスごと後退る。
 ギデオンが慌てて跪き、エーファにも跪くようにと手を引っ張った。

「グルル」

 白い竜がゆっくりと鼻先をエーファに近づけてきた。竜の切れ長で金色の目と視線が交わる。竜はスリッとエーファの体に鼻先を何度かすりつけてから、くるっと方向を変える。

「竜人の飼っている竜だ。運んでくれた後は天空城に戻る」

 エーファたちからドシドシ歩いて離れた竜は翼を広げ、大きな体なのに音もなく飛び立った。白い天空城に吸い込まれるように羽ばたいていく。

「カナンはどうした?」
「魔物のところだ。呼んでくるからまた馬車に戻る様言っておいてくれ」
「悪いな」

 ギデオンがまたオオカミの姿で駆け出し、エーギルだけがこの場に残った。

「この後はそれぞれの家まで馬車で送っていく」
「分かりました」

 どうでも良かったが、ミレリヤが殊勝に頷いたのを見てエーファも返事をする。絶望してる場合でも拗ねて怒っている場合でもない。絶対にスタンリーのところに帰るんだから。壁と魔物くらいで絶望していられない。案外、梯子や抜け道があるかもしれないし。

「うっ。お前、竜の香りが相当ついてるな」

 風向きが先ほどと変わったせいかエーギルが鼻を押さえた。エーファはくんくん自分の体をかいでみたが、竜の香りなんて全く分からない。

「さっき、鼻先こすりつけられた時についたんだろう」
「私は分からないんだけど」
「人間の嗅覚ではな。獣人や鳥人たちは本能レベルで竜への恐怖心がある。竜の香りをそれだけさせていればみんなビビって近付かない」
「そっか。害がないならいいや」

 大きな虫の魔物に遭遇して臭い液体かけられるよりマシだ。

「お前、炎系の魔法も使えるのか?」
「炎系が一番得意だよ」

 いつも興味がなさそうに大して話しかけてこないエーギルだが、今日は珍しい。さっさとマルティネス様の世話を焼けばいいのに。
 でもこの人、参謀部隊なんだよね。頭がいいってことは……もともと何考えてるか分からないのに余計に怖い。就職試験で森を燃やしたことは絶対黙っておこう。

「何? 獣人と鳥人は炎が怖いの?」
「本能的に獣人も鳥人も火を恐れる。だが、俺は怖くはない。俺も炎系の魔法は使える」
「へぇ……?」

 ん? んん? 獣人たちって魔法使えないはずだよね?

「訓練などしたことがないからしょぼい魔法だがな」
「この国では竜人しか魔法を使えないんじゃ?」
「俺の祖父は魔法が使える人間だった。そういう人間が家系にいる場合、たまに魔法の素養を持つ獣人や鳥人が生まれる。相当珍しいがな」

 この短時間で私は何度絶望すればいいのだろうか。魔法の使える鳥人・獣人がいる。

「だが、素養があっても使い方が分からず訓練もできないから皆大したことはない」
「大したことがないってどのくらい?」
「お前がさっきやっていたような大技なんて夢のまた夢だ。このくらいだな」

 エーギルの手のひらに小さな炎がボッと音を立てて出現する。

「本当に魔法使えるんだ」
「しょぼいだろ。ドラクロアではこのくらいの魔法なら、ない方がマシだ。何の役にも立たない」
「魔法にしょぼいもしょぼくないもない。訓練してないのにそれだけできれば十分素養があるし、野営の時便利でしょ」

 詠唱がとてもダサい魔法があるだけだ。魔法というのはできるようになるまでひたすら練習するのも楽しいし、大技が使えるようになってどんどん使うのも楽しいのだ。

 エーギルみたいに魔法の素養がギデオンにもあるか探らないと。あとは他の獣人にも。門番がいて、魔法を使えたら追われた時に困る。あとはギデオンの家の人たちも。

 はぁ、どうしてこんなに障害があるんだろう。でも獣人たちに火魔法は効果的みたいだ。これだけが今のところ朗報だ。
 エーファはいろいろ頭の中で考えていて忙しく、エーギルの表情を見ていなかった。
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