反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
9
カナンとギデオンが戻って来て、再び馬車に揺られてドラクロアの街並みを眺める。
ギデオンとの出会いが最悪だったせいで、野蛮なイメージしかなかったがドラクロアの街並みは色も規格も統一されていて非常に洗練されている。正直、母国よりもよほど先進的だ。
「なんだか意外だね」
「うん」
ミレリヤと街並みを見ていると、ある屋敷の前で馬車が止まった。
「ミレリヤ、着いたよ~」
あんた誰だよ、と言いたくなる可愛い声音で扉を開けたのはカナンだ。さっきエーファに「バカなの?」と言い放ち、さらに舌打ちまでした同一人物とは思えない。
「僕の家だからミレリヤだけね」
ミレリヤが困惑しているのが分かったのか、カナンは手を差し伸べてミレリヤを馬車から下ろす。さっさと扉を閉めようとしたのでエーファは足で勢いよく阻止した。
「ミレリヤ! 手紙か何かで必ず連絡するから」
扉の向こうには街並みと同じような、しかし今まで目にしたものよりも数段大きな屋敷があった。屋敷のバルコニーや屋根や手すりにはさまざまな種類の鳥が止まっている。
「うん。私も連絡するから!」
「じゃ、時間も食っちゃったし今日はこれで」
時間を食ったのはお前の助けが遅かったからだろうが。カナンとエーファは扉が閉まるまでのわずかな瞬間でさえにらみ合った。
あの外見詐欺、いちいち言い方が嫌味なのよ。
少し走って次に到着したのはエーギルの家だった。カナンの家よりも爵位が上だからかさらに大きい。マルティネス様を下ろして車イスに乗せるのを手伝う。
「マルティネス様。お疲れですよね。ご飯を食べてゆっくり休んでくださいね。手紙か何かでまた連絡します」
反応がないのはこれまでの旅で分かり切っているが、それでもエーファは声をかけて立ち去ろうとした。エーギルの家の使用人たちが出て来て、遠巻きにされていて居心地が大変悪い。
だって、みんな鼻に手を当てて怯えてるんだよ? そんなに竜の香りって強烈なの!? その前に怯えてないで手伝うくらいしてよ。
心の中でエーギルの家の使用人たちに文句を言いまくっていると、ぐいっと服を引っ張られた。
「マルティネス様?」
疲れた表情で目に生気はないが、国を発ってから久しぶりに見るマルティネス様の反応だった。エーファの呼びかけに彼女は口をパクパクさせる。
「声が出ないのですか?」
ゆっくり彼女は頷いた。
「もしかして……最初から?」
マルティネス様は自分の手のひらに指で文字を書き始めた。慌ててエーファは自分の手のひらを差し出す。
『早い段階で 気付いたら声が出せなかった』
手のひらにそう書かれた。エーファが言葉を失っていると、マルティネス様は続けて指で文字を書いていく。くすぐったさなんて感じている暇はない。
『全部どうでもよくて 疲れていて 何も考えたくなくてずっと黙っていた 私の態度がずっと悪くてごめんなさい 今までありがとう あなたはがんばってね』
「え……? あ、マルティネス様のお世話はそんな、負担にもなってないですよ。私、家が貧乏で使用人がほとんどいないからいろいろできるだけで」
まるで死にゆく人の言葉だ。一瞬エーファは驚いてしまったが、エーギルが荷物を下ろしてこちらに近付いてくるので慌てて取り繕った。
「必ず連絡しますから。早く元気になってください!」
マルティネス様はゆったりと口角を上げて微笑んだ。文字で書いたらあんな表現になっただけで、思い詰めてはいないのかな?
「じゃあな」
エーギルがマルティネス様の乗る車イスの持ち手を持って方向を変える。
「ちゃんと医者を呼んで治療してよね」
「当たり前だ」
何が当たり前だ、だ。番だと言いながら足を折って、逃げないようにこれまで医者に診せなかったくせに。マルティネス様は愛した人を目の前で殺されたショックで声まで失っている。
エーファは今日ほど治癒魔法が使えないことを悔いたことはない。スタンリーならマルティネス様の骨折くらい治せていたのに。治してもエーギルがどう出たかは分からないが……それに声が出ないのは治癒魔法ではきっと治せないだろう。
エーファは頑張っても防音魔法も治癒魔法も習得できなかった。もっと頑張っておけば。攻撃系の魔法ばかり伸ばさずにスタンリーみたいにいろんな魔法を習得していれば……。
「大切にしないなら次はあんたの足を折ってやる」
「できるものならな」
八つ当たり気味にエーギルを睨むと、余裕そうに躱された。
エーファについた竜の香りを恐れて遠巻きにしていた使用人たちはエーギルが車イスを押してエーファから離れると、ワラワラとマルティネス様に近寄っていく。
「エーファ。俺たちも行くぞ。帰ろう」
ギデオンを制してマルティネス様の背中を見送り続けたが、彼女は振り返らなかった。
ギデオンとの出会いが最悪だったせいで、野蛮なイメージしかなかったがドラクロアの街並みは色も規格も統一されていて非常に洗練されている。正直、母国よりもよほど先進的だ。
「なんだか意外だね」
「うん」
ミレリヤと街並みを見ていると、ある屋敷の前で馬車が止まった。
「ミレリヤ、着いたよ~」
あんた誰だよ、と言いたくなる可愛い声音で扉を開けたのはカナンだ。さっきエーファに「バカなの?」と言い放ち、さらに舌打ちまでした同一人物とは思えない。
「僕の家だからミレリヤだけね」
ミレリヤが困惑しているのが分かったのか、カナンは手を差し伸べてミレリヤを馬車から下ろす。さっさと扉を閉めようとしたのでエーファは足で勢いよく阻止した。
「ミレリヤ! 手紙か何かで必ず連絡するから」
扉の向こうには街並みと同じような、しかし今まで目にしたものよりも数段大きな屋敷があった。屋敷のバルコニーや屋根や手すりにはさまざまな種類の鳥が止まっている。
「うん。私も連絡するから!」
「じゃ、時間も食っちゃったし今日はこれで」
時間を食ったのはお前の助けが遅かったからだろうが。カナンとエーファは扉が閉まるまでのわずかな瞬間でさえにらみ合った。
あの外見詐欺、いちいち言い方が嫌味なのよ。
少し走って次に到着したのはエーギルの家だった。カナンの家よりも爵位が上だからかさらに大きい。マルティネス様を下ろして車イスに乗せるのを手伝う。
「マルティネス様。お疲れですよね。ご飯を食べてゆっくり休んでくださいね。手紙か何かでまた連絡します」
反応がないのはこれまでの旅で分かり切っているが、それでもエーファは声をかけて立ち去ろうとした。エーギルの家の使用人たちが出て来て、遠巻きにされていて居心地が大変悪い。
だって、みんな鼻に手を当てて怯えてるんだよ? そんなに竜の香りって強烈なの!? その前に怯えてないで手伝うくらいしてよ。
心の中でエーギルの家の使用人たちに文句を言いまくっていると、ぐいっと服を引っ張られた。
「マルティネス様?」
疲れた表情で目に生気はないが、国を発ってから久しぶりに見るマルティネス様の反応だった。エーファの呼びかけに彼女は口をパクパクさせる。
「声が出ないのですか?」
ゆっくり彼女は頷いた。
「もしかして……最初から?」
マルティネス様は自分の手のひらに指で文字を書き始めた。慌ててエーファは自分の手のひらを差し出す。
『早い段階で 気付いたら声が出せなかった』
手のひらにそう書かれた。エーファが言葉を失っていると、マルティネス様は続けて指で文字を書いていく。くすぐったさなんて感じている暇はない。
『全部どうでもよくて 疲れていて 何も考えたくなくてずっと黙っていた 私の態度がずっと悪くてごめんなさい 今までありがとう あなたはがんばってね』
「え……? あ、マルティネス様のお世話はそんな、負担にもなってないですよ。私、家が貧乏で使用人がほとんどいないからいろいろできるだけで」
まるで死にゆく人の言葉だ。一瞬エーファは驚いてしまったが、エーギルが荷物を下ろしてこちらに近付いてくるので慌てて取り繕った。
「必ず連絡しますから。早く元気になってください!」
マルティネス様はゆったりと口角を上げて微笑んだ。文字で書いたらあんな表現になっただけで、思い詰めてはいないのかな?
「じゃあな」
エーギルがマルティネス様の乗る車イスの持ち手を持って方向を変える。
「ちゃんと医者を呼んで治療してよね」
「当たり前だ」
何が当たり前だ、だ。番だと言いながら足を折って、逃げないようにこれまで医者に診せなかったくせに。マルティネス様は愛した人を目の前で殺されたショックで声まで失っている。
エーファは今日ほど治癒魔法が使えないことを悔いたことはない。スタンリーならマルティネス様の骨折くらい治せていたのに。治してもエーギルがどう出たかは分からないが……それに声が出ないのは治癒魔法ではきっと治せないだろう。
エーファは頑張っても防音魔法も治癒魔法も習得できなかった。もっと頑張っておけば。攻撃系の魔法ばかり伸ばさずにスタンリーみたいにいろんな魔法を習得していれば……。
「大切にしないなら次はあんたの足を折ってやる」
「できるものならな」
八つ当たり気味にエーギルを睨むと、余裕そうに躱された。
エーファについた竜の香りを恐れて遠巻きにしていた使用人たちはエーギルが車イスを押してエーファから離れると、ワラワラとマルティネス様に近寄っていく。
「エーファ。俺たちも行くぞ。帰ろう」
ギデオンを制してマルティネス様の背中を見送り続けたが、彼女は振り返らなかった。