反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 不審者を叩いた後、エーファたちはあっという間に近衛兵に囲まれて別室に移された。腕は叩いた後でやっと放してもらえた。

 同じことが広間の何か所かで起きていたようだ。相手を叩いたのはエーファだけのようだが……。

「俺の番は元気がいい。いいパンチだった」
「私の番はおとなしい」
「僕の番はなんだか……みんなよりもドレスが浮いてない? ってかドレスが合ってなくない? なんで?」

 先ほど腕を掴んできた人物を含む三人の男性と、エーファを含む三人の令嬢たち。そして令嬢の家族たちが別室に集められた。スタンリーたちは他の部屋のようだ。

 宰相だと名乗る人物が嬉しさを隠せない様子で説明を始める。

「さて、夜会でご紹介する前にこんなことになってしまいましたが、こちらのお三方はドラクロア国から我が国に番を探しにいらっしゃった方々です」

 並ぶ三人は、オオカミの獣人にオシドリの鳥人、トカゲの……獣人?だそうだ。

 オシドリの鳥人は緑と赤と明るい茶色の混じった非常に鮮やかで目立つ髪だ。あれって染めてるわけじゃなさそう。それにしても他の二人に比べてオシドリの鳥人は小柄だ。親戚の十歳があのくらいの背丈かな? さっきも「僕」と発言していた。

 トカゲの……獣人かは怪しいからトカゲ族にしておく。トカゲ族はこれまた鮮やかなブルーの髪だ。さっきまでいた広間でもブルーのドレスを見たが、それよりも数段鮮やかだ。彼だけが切れ長の目で警戒するようにキョロキョロしている。

 ドラクロア国はその昔、竜人族が獣人の国や鳥人の国を併合してできた巨大な国だ。竜人も獣人も鳥人も彼らは本能で番というパートナーを求めるようにできているそうだ。

 獣人や鳥人といっても見た目は人間と変わらない。興奮したり、力を使ったりすると耳や尻尾、鱗や羽根が出てくるらしい。力が特別強い獣人たちは通常時でも体のどこかに特徴が出ているのだとか。

 並んでいる三人には羽根も尻尾も耳も鱗も見えない。

「ドラクロア国で番が見つからずいろいろな国に出向いて探されていたようですが、まさか我が国で見つかるとは! しかも三人とも!」

 宰相が嬉しそうなのは、今まで全く接点がなかった大国ドラクロアと縁ができそうだからだろう。

「発言をよろしいでしょうか」

 令嬢とその家族以外は祝福ムードな状況を破ったのは、さきほど大人しいと言われていたセレンティア・マルティネス侯爵令嬢だ。ここに連れてこられた令嬢の中で最も爵位が高い。

「ドラクロア国については不勉強で申し訳ございません。私どもには婚約者がおりますが、その婚約はどうなるのでしょうか」
「それに関しては、国王陛下からお話があります」

 エーファは嫌な予感がした。国王陛下が出てくる? どういうこと?
 マルティネス様は「わかりました」と弁えた態度で一歩下がる。

 宰相が国王を呼びに行くため出て行くと、それぞれの令嬢のところに男性が歩み寄ってきた。エーファのところには先ほど腕をつかんできた男が歩いてくる。

「ギデオン・マクミランだ。さっきは驚かせてしまい申し訳なかった。まさかずっと探していた番にここで会えるとは思っていなくて興奮してしまった」

 オオカミ獣人だという男性は先ほどとはうってかわって、にこやかに愛想よくエーファと家族に挨拶する。
 エーファは挨拶なんてしたくなかったが、兄に背中を小突かれて仕方なく挨拶した。

「シュミット男爵が娘、エーファでございます」
「エーファ。いい名前だ」

 殴ったことはわざと謝らない。

 いちいち腹が立つ。悪い名前つける親がどこにいるんだっての。
 というか、興奮したからって女性の腕をあんな力で掴むなんてどこの変態、あるいは犯罪者だ。
 王宮のパーティーで綺麗なドレスを着ていなかったら、炎をぶっ放していたところだ。最初に乱暴なことしていて何を今更にこやかに柔らかく対応してきているのか、気持ち悪い。

「先ほどお三方の会話が聞こえたのですが、マクミラン様は公爵家の方なのですか?」
「そうだ。私は番を見つけて帰ったらマクミラン公爵家を継ぐことになっている」

 三個上の兄が間を持たそうとしたのか、ギデオンと名乗ったオオカミ獣人に愛想よく話しかける。
 エーファは初対面で腕をつかんできたギデオンがすでに相当嫌いだ。大嫌いだ。第一印象最悪。腕を掴む必要がどこにあるのだ。

「番は匂いで分かる。この会場に入った瞬間、番がいることは分かった。匂いをたどると彼女だった」
「失礼な質問かもしれないのですが、間違いということはないのでしょうか?」
「我が番のご家族にはなんでも聞いて欲しい。間違えることはない、と言いたいところだが他種族では以前数回あった。竜人でさえ間違った。ただ、われらオオカミにとっては番を間違うことなどあり得ない。これまでも我が一族が番を間違えたことはない」

 エーファにまた熱い視線を向けてくるが、頑張って視線が合わないようにした。気持ち悪くて寒気がする。
 どこぞのポッと出てきたオオカミにエーファと婚約者スタンリーの間に入る隙間はない。

 だってエーファとスタンリーは幼馴染で、子供の頃から結婚の約束をしているのだから。
 この絆は誰も決して引き裂けないと信じていた。
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