反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「君がギデオンの番か!!」

 カナンやエーギルのところよりも大きな屋敷。番犬ならぬ番オオカミが何匹もいる庭。安心すべきことにこのオオカミは普通サイズだ。そしてエーファに抱きついて熱烈に歓迎しているのは、ギデオンの父親であるマクミラン公爵。

「ブラックバードを三体も討伐したらしいな! 素晴らしい!」

 く、苦しい……ついでに言わせてもらえば二体。二体の間違い。

「ギデオンの番がドラクロア中を探してもおらんでな。心配しておったが、こんなに強い人間のお嬢さんなら大歓迎だ! わっはっは」

 この人、力が強すぎて息が……。

「それに竜の香りがついておるぞ! 竜に好かれたのだな!」

 だから庭にいるオオカミたちが怯えて近寄ってこないのか。

「父さん。エーファが窒息する」
「エーファか。いい名前だな!」

 ギデオンが引き離し、エーファは咳き込んだ。獣人ではないであろうオオカミたちはびくびくしながら隠れていて、全く番犬……じゃない番オオカミになっていない。

「わっはっは。他の家族は晩餐の時にでも紹介しよう。では、後でな」
「父さん。ブラックバードが二体、明日までに運ばれてくる」
「おぉ、そうじゃったな! ブラックバードを見るのは久しぶりじゃわい!」

 ギデオンにそっくりな公爵は豪快に笑いながら屋敷の中に入っていった。そっくりと言っても銀髪と褐色の肌が似ているだけで体格は公爵の方がずっと大きい。

「悪い。父さんがはしゃいでしまって」
「げほっ。大丈夫です」

 豪快で細かいことを気にしない獣人みたいだけど油断できない。公爵はギデオンより相当強い。抱きしめられた力はあれでも加減していた方だろう。力で分かったわけではなく、纏う空気や一瞬エーファに向けられた鋭い視線で分かる。

「父ジェイソン・マクミランはもう引退しているが、戦闘部隊の総隊長だったんだ」

 あー、でしょうねぇ、あの雰囲気で言えば。あれでモブの隊員だったら泣くところだった。あの人のレベルが戦闘部隊のトップか。

「パンテラ家やリオル家が戦闘部隊の総隊長を務めることが多かったが、父はマクミラン家始まって以来の総隊長だ」

 あーはいはい。屋敷に入ってもいないのにマクミラン家の名誉を語り出してしまった。

「パンテラ家やリオル家とは何ですか?」
「あぁ、どちらも公爵家だな。ヒョウの獣人とライオンの獣人だ」

 どっちもオオカミより強そう。とりあえず、この家で一番戦闘能力が高いのはあの公爵様か。

 ギデオンがペラペラ喋るのを適当に聞きながら、部屋に案内される。この屋敷の使用人はたまに違う種族もいるが、ほとんどがオオカミ獣人だそうだ。爵位持ちの家はどこも分家の同じ種族の獣人が働きに来ているらしい。

「長い移動で疲れただろうから晩餐まで休んでくれ。時間が来たら呼びに来る」

 もちろん疲れてるけど……疲れてるだろうって言うならさっきみたいにペラペラ喋らないで欲しい。マクミラン家きっての名誉の話は晩餐の時でも良かったよね?
 それに晩餐ってこの国は盛装しなきゃいけないもの? まったく分からない。

 案内されたのは広くてシンプルな部屋だ。良かった。鹿の角や頭が飾ってなくって。靴を脱いでむくんだ足をベッドの上で投げ出す。

 さて、これからどうしようか。晩餐でさらに情報収集ができそうだから、聞き出すべき項目を考えておかないと。

「ギデオン様の番様、人間だって」
「えー、ほんとなの?」
「番を間違えることもあるからどうかしらね~。だってマクミラン家で初めてでしょ? 人間の番様って」
「私、ギデオン様狙ってたのに~」

 窓から外の会話が聞こえてきた。エーファは窓に近付いて耳を澄ます。

「番様、来る途中にブラックバード倒したんだって」
「えぇ? それこそ嘘よ。ドラクロアに来る人間の女性ってみんな弱いじゃない」
「そうよね。竜が運搬役をするから魔物が出ることなんてないし」
「あーあ、弱っちい人間のお世話するのやだなぁ」
「しっ。そんなこと言ったらダメ。聞こえるよ」

 エーファは窓からそうっと声のする方向を覗いた。エーファに与えられた部屋は二階なので声は一階からだ。使用人の二人が洗濯物を取り込みながらちゃーちゃーと喋っている。

「あんただって嫌でしょ? ギデオン様のお相手は同じオオカミ獣人だと思ってたのにさ~」
「周期的に言えば確かに。奥様はパンテラ家のご出身でギデオン様はお強いもの。ギデオン様と人間の番様じゃ強いお子様なんて期待できないだろうし」
「そこは分からないけどね、弱い方ならお世話にしたくないなぁ。番が間違いでしたってすぐ分かんないかな?」
「そんなすぐ分かる? 一年期間を置くけどさ」
「私たちだってまだ番に出会ってないから分かんないけど」
「あーあ、仕事したくないなぁ」

 ふぅん。公爵様は歓迎していた雰囲気だったけれど、この屋敷全体が歓迎してるわけじゃないみたい。

「他種族だと厄介じゃない? うちだって従兄の番がたまたまドラクロアに旅行に来てたエルフだったんだけどさ」
「あー、そうだったね」
「エルフには番って概念が人間と同じように通じないから苦労してたわ~」
「じゃあギデオン様も大変だね」
「そうそう。さっき遠目で見た感じだとまだステージ1って感じかなぁ」
「へぇ。やっぱ他種族だと進行が遅いね」

 何そのステージ1って。ダンジョンか病気?

「獣人同士なら出会ってすぐ発情することもあるもんね」
「あー、そうね」

 ステージ進行したら発情期ってこと!?

 お喋りな使用人二人はそこまでの会話で洗濯ものを取り込み終わって中に入ってしまった。

「はぁ、思ったよりマズイなぁ」

 マルティネス様やミレリヤは大丈夫かな。一年期間を置くのが決まりだと聞いてるし、いきなり襲われていることはないと信じたいけど。ミレリヤならうまくやるだろうが、マルティネス様は思い詰めている感じだった。

 さぁ、これからどうするか。
 気が回らなかったが、多分これから使用人にも舐められて虐められるんだろうな。異国に無理矢理連れてこられたのに、使用人たちに軽んじられて歓迎されないって堪えるだろう。言葉は大陸共通語だから通じるのがせめてもの救いだ。

 帰りたいなぁ。お金はもうもらえたかな。工事は着手したかな。来月には魔法省への就職できてたはずなのに。旅の疲れでホームシックになりかける。

 俯くと、エーファの座っているベッドのシーツがもぞもぞ動いた。
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