反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

15

 べちり。
 カエルさんは見事にギデオンの頬に一瞬張り付き、ずるずると肩に落ちた。

「っぐふ」
「んっぐぐ」

 鳥人たちは必死に笑いをかみ殺し、体を小刻みにぴくぴくさせている。ついでに彼らの背中の羽根もぴくぴく動く。

「それが私の案内された部屋のシーツの中にいました」

 ギデオンは無言で肩に張り付いたカエルを手にして、顔をしかめた。毒のあるカエルじゃなかったっけ? 素手で触っていいのだろうか。エーファは投げる途中で結界を解いたから手で直接触れてはいない。

「それと、女性の使用人二人が私のお世話などしたくないとそこの洗濯場で喋っていたので。弱っちい人間のお世話は嫌みたいですよ? お世話したくないなら仕方がないですよね。なので、私は自分で自分のご飯を調達していました。それが何か問題でも?」

 鳥人たちが笑うのをやめ、皆でこそこそ何か喋っている。「公爵家の使用人やばくね?」「質落ちた?」「番反対派か?」などと聞こえる。

「どいつだ?」
「はい?」
「エーファを世話したくないと言っていた使用人はどいつだ?」

 カエルを地面に叩き落としてギデオンはエーファに顔を向けた。カエル、不憫。

 ギデオンの雰囲気がさっきまでと違う。相当怒っている。
 エーファは一瞬後ずさりしそうになったが、耐えた。エーファはカエルを投げただけなのだ。それ以外何も悪いことはないし、そもそもベッドにカエルがいなければ投げなくて良かった。エーファは意地でも謝らない。投げたカエルにだけは謝ってもいいが、カエルを投げたことは謝らない。

「分かりません。だって名前知らないんですから」

 ここに来て紹介されたのは公爵、そして執事長と侍女頭だけだ。弟のシュメオンともついさっき会った。

「連れてくれば分かるのか」
「分かりますよ」
「じゃあ女性の使用人を全員集める」
「では、私を部屋に案内した男性の使用人も連れてきてください」

 エーファの返事にギデオンは眉間に皺を寄せた。鼻にも皺が寄って、唸ってるオオカミのようだ。
 ミレリヤ、ごめん。せっかく忠告してくれたのに。私は賢く立ち回れない。私は私の自由と愛のために勝つまで戦う。石を投げられたら必ず投げ返す、舐められているなら思い知らせる。

「なぜだ。女性の使用人だけでいいだろう」
「部屋に案内してくれた男性の使用人はニヤニヤしていたので。彼がカエルをベッドに入れたのかもしれません」
「違っていたらどうする」
「彼の疑いが晴れるだけですね。それとも、私のベッドの中にカエルを入れこんだ使用人には一切問題がないという考えなんですか?」
「カエルはたまたま入ったのかと」
「へぇ、たまたまカエルがシーツの中に入ったんですか。ぴっちり隙間なくかけるシーツの中に。凄いですね。公爵家ではそういうことが頻繁にあるんですか?」

 エーファの言いたいことが分かったらしい。ギデオンは背を向けた。

「別に私は自分で自分のお世話はできるから使用人に何もしなくて大丈夫ですよ? 公爵様にしか歓迎されていないようなので、落とし前は自分でつけます」

 ギデオンはエーファを一瞥すると、屋敷に荒々しく入っていった。

 ああいう男は絶対にモテない。何なの、あんなにダンダンみっともなく足音立てて。言いたいことあるなら言えばいいでしょーが。
 多分ギデオンは勝手な行動をしていたエーファにも怒っているし、エーファがこういう行動を起こす原因となった使用人にも怒っている。きっと全部思い通りにしたい支配欲が強い男だ。あーあ、ほんとに面倒。この国に戻ってくるまではヘタレに見えたのに。家に帰ると気が大きくなるタイプかな。

「エーファさん。強いですね……」
「よくギデオン相手にあそこまで」

 黙って見守っていた鳥人たちが声をかけてくる。公爵とシュメオンの姿を探したがどこにもいなかった。まさか、言い争いの途中でどこかに行ったってこと? シュメオンは泣きそうだったから実は兄弟仲悪い?

「基本的に親・兄弟姉妹は一族の番の争いには口を出さないんです。ジェイソン元総隊長はお強いですから余計に。口を出すとこじれてしまうので」

 キョロキョロしているエーファに気付いた鳥人が丁寧に教えてくれる。

「でも、今回は使用人も関わってるんだけど」
「基本的に使用人のとりまとめは女主人の仕事なんです。女性が当主の場合はまた違ってきます」

 ドラクロアでもそのあたりは人間と同じらしい。

「ですが、マクミラン公爵家では夫人が長らく臥せっておいでなので……少し違うかもしれません」
「なるほど」

 じゃあ、公爵邸で力を持ってるのは侍女頭か夫人や公爵に気に入られている使用人か、執事長かってところかな。


 しばらくしてギデオンは困惑した使用人たちを引き連れて戻ってきた。カエルが張り付いた側の頬がかぶれたように赤くなっている。エーファは思わず笑いそうになるのを堪えた。

「この人とこの人ですね。あとこの人」

 魔物の肉を焼いた臭いが嫌なのか、竜の香りが怖いのか。鼻と口を覆う使用人たちの手を無理矢理下ろさせて、エーファは並んでいる中から女性二人と男性一人を選ぶ。

「分かった。そいつらは今日付けでクビにする。俺の番を軽んじた」
「ギデオンにクビにする権限があるんですか?」
「……父に言う」
「さっき『違っていたらどうする』と言っていたのに、証拠さえもいらないんですか?」

 さっき、カエルを入れたのは男性使用人じゃないみたいなこと言ってたよね? ノーエビデンスでクビっていいんですか?

「エーファが望んでいるからクビにする。それだけだ」
「私、クビにして欲しいとは一言も言ってないんですけど。あとそこの女性二人に関しては証拠があります」

 映像魔法。魔法省に就職するなら習得必須の魔法だ。
 スタンリーは簡単にできていたが、エーファは細かい魔力調整が大変でそれこそ泣きながら習得した。映像魔法は言った言わない、見た見ていないの水掛け論を完全に封じる証拠能力を持つ。使い手本人が目撃した数分間の映像を他人にも見せることができる魔法だ。

 エーファが指を振ると空中で光がキラキラと屈折し、先ほどの二人の女性使用人のやり取りを映し出した。これがエーファが泣きながら習得した映像魔法だ。見ている使用人たちの顔色が面白いように悪くなるのをエーファは眺めていた。
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