反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

17

 決闘を申し込んだのは頭に血が上って好戦的になっていたのが八割、オオカミ獣人の実力が知りたいのが二割。

 あ、やっぱりウソです。頭に血が上ってたのが十割。オオカミ獣人の実力が知りたいのは本当だけど、ただの使用人の実力を知ったところで意味がない。ギデオンは軍所属だから使用人と比べても意味がない。使用人に負けるくらいなら絶望的状況だけど。

 中性的な美形を前に現実逃避をしかけたところで、周囲の鳥人たちやギデオンそして使用人たちが震えながら跪いているのが目に入った。あら? あらあら?

「私は竜人だよ、お嬢さん。いや、エーファ」

 目の前の美形はくすりと笑いながらエーファの手を放した。竜人? 確かに目の前の人物は別格だ。オーラも威圧感も外見も。でも、人間離れした容姿の人間にしか見えない。翼も鱗も見えない。目が運んでくれた白竜と同じ金色であるくらいだろうか。

「竜人を前にしたら獣人や鳥人はこうなる。君は、豪胆なのかはたまた無知なのか」
「あなたの気配を私は分かりませんでした。紛れもなく無知です」
「気配は隠していたから仕方がない。待つつもりだったがなかなかやり取りが終わらないから出てきてしまった」

 目の前の人物は見れば見るほど美形だ。

「あぁ、それで決闘だったかな? エーファへの用事の前に決闘を済ませてしまおう。いかがだろうか、三対二ではまだ不公平だろうか。ならば、マクミランの倅。君も参加するかい。あぁ、ジェイソン。君は跪かなくていいよ」

 どこぞへ引っ込んでいた公爵が再度庭に現れたようだ。跪こうとした公爵を竜人は笑顔で制する。

「君はドラクロアをよく守ってくれた。膝も痛いだろう。君だけはこの場で跪く必要はない」

 エーファはその言葉にまずいなと思い、今更ながらに真似て跪いた。

「ふふ。エーファ。君も跪く必要はないよ。ブラックバードからティファイラを守ってくれたのだから」

 竜人はエーファの手を取って立ち上がらせる。

「ルカリオン様、一体マクミラン公爵家に何が……」
「その前に君の家の使用人と決闘しよう。決闘を獣人たちはよくやるんだろう? 竜人同士だと久しくしていない。何せ竜人が本気で決闘などしたら国がなくなる」

 この人、一体いくつなの……年長者のような落ち着きと発言にエーファが素朴な疑問を持っていると、男性使用人が震えながら手を上げていた。

「なんだい?」

 この人がこの場を仕切るのか。公爵は青ざめた顔で突っ立っていて、ギデオンに至っては震えながら跪いているだけだ。公爵でもこうなるなら竜人は相当強いのだろう。

「恐れながら……カエルは私が入れましたっ。申し訳ございません!」
「どうしてカエルを入れたのかな? そんなつまらないことしなくてもいいじゃないか。こうやってみんなの前で暴露されて恥さらしだね。君の趣味かい? マクミラン公爵家は地面を這いずり回りたいのかな?」

 つまらないことって言っちゃってるよ。そのつまらないことで決闘までしようとしていたのはエーファだが。

「っ! ギデオン様の番様が人間であることがっ、面白くなかったのです」
「それは竜王陛下に対する侮辱かな? 竜王陛下の番も人間だ」
「そ、そんなことはございませんっ! ただ……人間は弱いからギデオン様が要らぬ苦労をされるだろうと!」

 じゃあ、カエルじゃなくってエーファを誘拐でもして母国に返してくれたらよかったのに。弱い人間なら嫌がらせしたところで、この国からどうやって出て行くというのだ。勝手に出て行ってあの森で死ねってこと? ギデオンを思うならもうちょっと丁寧に嫌がらせしてくれませんかね。カエルじゃなくてそもそも人間のいる国まで番探しに来れないようにするとかさ。

「へぇ。この香り。マクミラン公爵夫人は確かパンテラ家の出身だったね。体が弱いのはいいわけだ? この国で体が弱いのは致命的だ。十分公爵夫人はパートナーに要らぬ迷惑をかけていると思うが? 現に今、君のような身の程をわきまえぬ使用人が屋敷にのさばっている」

 男性の使用人はガタガタ震えて答えない。

「久しぶりに下界にきたらこうだ。ジェイソン、君が竜人にたてついたパンテラの血筋を娶っているとはね。道理でこの家はいけ好かない香りがするわけだ」

 お? なんだ、その新情報は。すんっと竜人は息を吸うと、顔を顰めた。顰めた顔さえも彫刻のような美しさだ。

「一体どういう……」
「あぁ、まさかパンテラ家は許されたなどと思い上がっているのかな? そんなことはない。何百年経とうが竜人は裏切りを許さない。そして恩も忘れない」

 竜人は懐から金色の封筒を取り出してエーファに差し出した。

「エーファ。これを君に」
「ありがとう、ございます?」
「明後日竜王陛下に謁見する際にその封筒を持ってくるように」
「あ、はい」

 鳥人たちがざわついたが、竜人が一瞥すると一瞬で静まった。

「犯人は名乗り出たことだし、決闘は残念だけどなしにするかい?」

 エーファは使用人たちを見た。ギデオンをはじめとして皆恐怖で震えていて、誰一人使い物にならなさそうだ。つまり、決闘する雰囲気ではない。これじゃあ実力も分からない。

「はい。ありがとうございます」
「良かったじゃないか。これからいたぶるネズミができて」

 麗しい笑みと共に紡がれた言葉に、あぁこの方、性格悪いんだろうなぁと悟る。竜人から見ればオオカミでさえネズミ扱いか。

「じゃあ、明後日。また迎えをよこす」

 竜人は背中にいつの間にか出現した翼で人の姿のまま飛び去った。
 エーファは封筒をひっくり返す。淡く金色に輝く封筒には竜の翼が描かれていた。
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