反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第三章 竜人

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 エーファは昨日買ったばかりの服を着て、公爵邸の庭に出て手持無沙汰にしていた。
 着なれない袖口が大きく開いた服でスースーして、さらに落ち着かない。

 この服は昨日買ったばかりだ。竜王陛下に謁見する際はこの服が正装らしい。確かに庭に突然現れた竜人もこんな服を着ていた。この服は数か所ボタンがあるだけであとはリボンのようなもので結んで留めるからドレスよりも着やすい。


 昨日はドラクロアで初めてのお買い物だった。
 エーファは思い知った。お金というのはあるところにはあるのだ。

「場所さえ分かれば一人で行きます」
「いけません! ギデオン様の番様が一人で出歩くなど!」
「でも、カエル入れたり陰口叩いたりする使用人たちと出かけたいとは思いませんよね」
「あの三人には厳しい再教育を本日から施しておりますので……他の使用人をつけます」
「いえ、嫌悪感があるので嫌です」
「しかし……この国の通貨もご存じないですし、騙されるやもしれません」
「公爵家につけといてって言えばいいんじゃないですかね」
「それに護衛も連れて行っていただかないと何が起こるか」
「家の中でも危ないですからね。外の方が安全かもしれないです」

 エーファと執事長・侍女頭による仁義なき言い争い。
 そもそもエーファは貧乏男爵家出身なので、買い物に誰か同行することなどなかった。あっても家族くらい。

 一人で買い物に行って情報収集したいのに! というか一人にしてよ! 昨日の晩餐は竜人襲来の後で葬式の様で息が詰まるし! 臥せっている公爵夫人には竜の香りがついている間は会うなって言われてるし!

「俺が行く」

 執事長と侍女頭の勘弁してくれと言いたげな悲壮な顔を眺めていると、ギデオンが現れた。

「仕事は後回しにする。昨日はエーファが許したから処罰しなかったが、俺の番に危害を加える使用人は次から排除する」

 なにを遅く登場して偉そうにしているんだ、こいつは。そんな偉そうにしても竜人の前でプルプルワンコになってたの見てるんだけど。私に番補正なんてないからな。今、偉そうにしても「カッコいい!」なんてなるわけないから。

「何を選んだらいいか分からないだろう。それに、国から持ってきたものでは足りないからちょうどいい。今日足りないものをなるべくすべて揃えよう。何でも欲しいものを言ってくれ」

 カナンが使っていたような銃に大変興味があるのだが、それは言わないでおこう。一人で出歩きたかったが、エーファは作戦を変更した。
 ギデオンからの情報収集、そして我儘を言いまくってギデオンを困らせる。はぁ。本能レベルで求める番ってどうやったら嫌われるんだろうか。


「あ、これ珍しい」
「これを包んでくれ」
「わぁ、この色綺麗」
「これも包んでくれ」
「……」
「これもマクミラン公爵家に送ってくれ」

 これが爆買い……。エーファが反応するものすべてをギデオンが店員に声をかけて買っていく。

「要らないですよ、こんなに」
「いや。うちの使用人がエーファの気分を害したんだ」

 あなたが制御できていない使用人ですね、はい。

「俺の番を侮るのは俺を侮るのと同じことだ。まさか初日からあんなことをする者がいるなんて……だから今日は可能な限りエーファの好きにしてほしい」

 うわー、キモチワルイ。しかも手まで握ってきてほんとキモチワルイ。

 イケメンでお金があるからってちょっと勘違いしてない? そりゃあ、スタンリーと出かけてこんなにしてもらったことはないけど。好きな物なんでも買ってくれるってお姫様志望の女の子には胸キュンポイントかもしれないけれど、エーファにとってはスタンリーとお金を出し合って分ける屋台の串焼きの方が嬉しかったし、そんなデートの方が楽しかった。

「あれも欲しいです」
「では、あれも」
「使用人さんたちとなるべく仲良くなりたいので何か買って帰ります」
「分かった」

 ふむ。キモチワルサを押さえて接していると、基本的にこちらが従順であれば好きにさせてくれるのか。今日でかなり散財したよ? よく分からない魔除けのお面も買ったし。

「こんなに買って大丈夫ですか?」
「公爵家の財力ならはした金にもならない」

 何それ、怖い! お金を使いまくって我儘アピールはできそうにない。こんな散財、毎日していたらエーファの方がストレスでつぶれる。

「ここで明日の謁見の服を注文する。すでにサイズは伝えてある」
「朝、測られたやつですね」
「あぁ。竜王陛下との謁見には特別な服が必要なんだ。まさか父が若いころに謁見していたとは知らなかった」

 竜人が帰った後、公爵邸は大変だった。竜人への恐怖もだが、エーファの竜王陛下との謁見だ。お通夜晩餐の後で最初に我に返ったのはギデオンで、憧れの竜王陛下との謁見にまぁそれは興奮していた。ギデオンは謁見できないのに。そのあと、公爵から謁見の注意点を聞き本日慌てて服を買いに来たのだ。

「金は竜人の色だから、我々は金以外で選ぶようになる」

 そういえば、竜人と竜の目は金色だった。

「こちらはいかがでしょうか」

 店員が鈍く銀色に輝く服を持ってくる。

「サイズはすぐ直します。マクミラン公爵様もこういった服で謁見をされていたと記録に残っております」

 仕立てるには今日の明日で時間がない。そして銀はギデオン、というかマクミラン公爵家特有の色らしい。

「白にしていただけますか?」
「え?」
「この国に来た時に運んでくれた竜が白竜だったんです。なので白がいいかなと」

 昨日はおっかなびっくりしていて深く考えなかったが、竜人は「ブラックバードからティファイラを守った」と言っていた。ティファイラという上品極まりない響きはあの白竜の名前だろう。

 結局、色は白銀に決まった。エーファとしては絶対にギデオンを連想させる銀色は着たくなかった。意地である。白竜だったから白がいいなど言い訳に過ぎない。夜には届けてくれるそうだ。

「他に欲しいものはないか? 服はあれで足りるだろうか。本の取り寄せもできる」
「ギデオンはないんですか? 私はたくさん買いましたし、ギデオンはお疲れでしょうから」
「エーファの買い物に付き合うのに疲れることなどない」

 カフェで休憩しながら、従順にしておけばOKと何となく分かったので殊勝な態度を取る。あれだけやらかしておいて今更感があるが、ギデオンの態度が今日は優しいので番補正でもかかっているのだろう。それか本当に使用人の粗相を悪いと思っているのか。ギデオンの頬は相変わらずかぶれている。

「カエルを投げちゃってすみませんでした」
「いや、毒カエルを持ち込む奴が悪い。長旅の後にあんな舐めた態度を取られて怒るのも当然だ」

 いや、スタンリーと引き離されて無理矢理連れてこられてあんなことをされたから怒っているんですけどね。

「こんなものすぐ治る」
「なら良かったです」
「竜王陛下の番様は人間だが……ずっと臥せっているというウワサだ。ドラクロアにやってきた人間は臥せってしまうことも多い。だから弱いと感じる者も一定数いるのだろう。どうしても強い者が偉いという感覚が根底にあるからな」
「謁見が終わったらドラクロアに馴染むのにこの国で暮らしている人間の方に会ってみたいです。作法や歴史なんかも全く分かりませんし」
「あぁ、それに関しては手配している」
「ありがとうございます。今日は帰ってお辞儀の仕方だけはマスターします」

 ギデオンはエーファの言葉に嬉しそうにしながらコーヒーを飲む。オオカミってコーヒー飲むんだ……。

 まずはこの国で暮らす人間から情報を集めよう。というか、人間が臥せることが多いって……気候が合わないとか食事が合わないとかあるのかな。もしや酷い差別がある?


 使用人に買って帰ったお土産は食べてもらえませんでした。

「あれ? みなさん食べないんですか?」

 エーファが聞くと、皆が青い顔で首を振る。

「嫌いでした?」
「番様に酷いことをしてしまったので、何か入っていないかと警戒しているんですよ」

 唯一食べている執事長と侍女頭が答えてくれる。この二人はなかなか油断ならない。

「え、入れるわけないじゃないですか。あなた方じゃないんですから。食べ物を粗末になんてしませんよ」

 余計な一言をのせてしまったので、さらに使用人たちの顔色が悪くなる。今度もし買うならいっそ鳥人さんたちにあげよう、うん。
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