反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「お迎えにあがりました」

 昨日のお買い物を思い出してゲンナリしていると、地面にゆらりと影がさした。顔を上げると、金色の目と鮮やかな緑色の髪が視界に飛び込んでくる。

「エーファさんですね? ティファイラの香りがまだついているのですぐ分かりました。ランハートと申します」

 以前の竜人とは違う竜人が立っていた。この人も袖のたもとがある不思議な服を着ている。紫髪は性格悪そうだったけど、この人はどうだろうか。まじめそうに見えるけど。

「はい。よろしくお願いします」
「それだけ香りがついているなら、今はいりません」

 身分証明として必要なのかと淡い金色の封筒を取り出したが、笑って首を振られた。そんなに竜の臭いってとれないもの? もう二日経ってお風呂にも入ったんだけど。

「さて。天空城まで私が背負うか、横抱きか、籠に入って運ばれるか、どれがいいですか?」
「あ、転移じゃないんですか?」
「竜人の力に人間が耐え切れないので、この短距離でもおそらく人間は原型をとどめない姿になるかと」
「すみませんでしたっ」

 幼子に言って聞かせるように話されて顔が赤くなる。エーファは勝手に竜人の魔法で転移するのかと思っていた。竜人の魔力の大きさってそんなに人間と差があるのか……。

「では、どのくらいのスピードでついて行けばいいですか?」
「はい?」
「風魔法で飛べますから」

 ふわっと魔法で体を浮かせるとランハートは感心したように頷く。

「空中散歩はよくしていましたから。全力で走るのは難しいですけど」
「ほぉ。でもその、下着が……見えませんか?」

 竜人ならではの余裕だろうか。下着について言葉を詰まらせたが、表情は変えないのでアンバランスな印象を受ける。

「下にズボンを履いてますから!」
「あぁ、それは失礼。では時間はあるので、ゆっくり参りましょうか」

 万が一落ちたら困るということで手を差し出され、引っ張られるのを合図に一緒に飛び上がる。公爵邸の窓からギデオンの鬱陶しい視線を感じたが、振り向かないでおいた。

「翼がないのに、人間が空中にいるのはとても不思議です」
「人間には翼がないですもんね。あれ? なんだか今日は人が少ない気がします」

 エーファはランハートと手をつなぎ上から街を見て、買い物に行った時よりもかなり人通りが少ないことに驚いた。

「あぁ、竜の香りで皆怖がって家の中にいるのでしょう。我々が気配を消さずに下りて来るとネズミ一匹いません」
「そ、そうなんですか。鳥は飛んでますね」
「鳥たちは獣人よりも我々に近いところを飛ぶので、香りに少しは慣れがあります。だから鳥人たちも獣人たちほど我々を怖がりません。目の前にしたら別でしょうが」

 紫髪の竜人の前では、獣人も鳥人も震えて跪いていた。

「そういえば、なぜ私は竜王陛下に謁見できるのでしょうか」
「ティファイラを守ったからでしょう。そしてあなたが人間で、ある方に似ているからです」
「似ている?」
「私はあまり似ていないと思うのですが。特に性格の部分が。しかし、似ていると言われたら似ているのかもしれません。黒髪とか。ただ、私は審美眼には自信がないのです」

 意味不明な独り言で返事をしないで欲しい。

「ティファイラ様は馬車を運んでくれた白竜ですよね? 元気ですか?」
「おかげ様で。大人しい竜なので他国の方を運んであの森を抜けるのに最適でした。気性が荒い竜であればブラックバードが見えた時点で馬車を落として攻撃に転じています」

 それって我々危うく死んでましたね……。足場のない空中を踏んで歩くようにしているエーファは思わずずっこけそうになった。

「ティファイラは幼体の時にブラックバードに襲われかけまして。ブラックバードには苦手意識と恐怖心がある子なのであなた様のおかげで助かりました」
「鳥人部隊がいると知らなかったので、私は無駄なことをしたかもしれません」
「いいえ。鳥人部隊の察知が遅すぎます。そもそもなぜあのタイミングでブラックバードが現れたかも不明のようですね」

 ランハートの雰囲気が厳しくなったせいか、ぴりっと周囲の空気感が変わる。

「ティファイラもあそこでやられるようでは平和ボケが過ぎる。この先を生きていけないでしょう。あなたがいてティファイラは生き延びた。もしかしたらあの瞬間死んでいたかもしれない。しかし、馬車にあなたが乗っていたという運さえティファイラの実力のうちです」

 紫髪もそうだが、竜人は独特の言い回しをする。竜人や他の竜はブラックバードからあの白竜を助けることはしなかったと言いたいのか。

「あれが天空城の正門です」

 ランハートの指差す先にあるのは大きな金色の門。竜の状態でも出入りできるほどの大きさだろう。
ふわふわとした雲の上に下り立つ。地面を踏みしめるような感覚はないが、穴が開いて落ちることはなかった。

 門の前に立っていた竜人がお辞儀をして、自分の背丈の何倍もある大きな正門を一人で開ける。

「ようこそ、天空城へ。人間がこちらに来るのは竜王陛下の番様以来です」

 ランハートの言葉にエーファは一切安心できなかった。
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