反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

3

 今度は家族とドラクロア国の男性たちが呼ばれて部屋から出て行き、令嬢三人だけが広い部屋に残される。

 面識は若干あるものの、仲良くはない令嬢たちだ。
 そもそもエーファは田舎の男爵令嬢なので、平民に毛が生えたようなものだ。侯爵令嬢や伯爵令嬢と話すチャンスなどほとんどない。

「まずいわ」
「え?」

 顔を伏せて考え込んでいたマルティネス様のつぶやきに、私ともう一人の令嬢が反応した。

 明らかに流行遅れのドレスを着ているもう一人の令嬢はミレリヤ・トレース伯爵令嬢だ。先ほど名前を呼ばれていたし、田舎男爵令嬢のエーファでも知っているのは彼女が悪い方向に有名だからだ。

 伯爵夫人が亡くなった後、婿入りの伯爵が一年足らずで再婚して物議をかもしていた家こそがトレース伯爵家である。継母と義妹にいびられ、父である伯爵は傍観しているんだろうなと彼女を見たらすぐに分かる格好だ。現に鳥人もドレスについて指摘していたくらいだ。

「ドラクロア国では番は絶対。宰相様の様子から見ても、ドラクロア国とのつながりが欲しいんでしょう。私たちの現在の婚約は無理矢理にでも解消されて、両国のためにと先ほどの方々と婚約させられる可能性が高いわ」
「そんな!」

 悲痛な声を上げたのはエーファだけだった。

「あぁ、その可能性は高いですね。わざわざ陛下が来て説明ともなると」

 小さい声だが落ち着いてトレース様は答える。

「あなたは婚約者のことが好きではなかった口かしら?」
「こそこそと義妹と浮気しているような婚約者なら必要ありません。それに、この国から出れるなら万々歳です」
「そう、シュミット様は……トレース様とは違うようね」
「っはい。婚約者は幼馴染で……初恋の人ですから」

 名前を呼ばれて、エーファは思わず唇を噛む。

「私は婚約者のことは何とも思っていないの。ただ、好きな人がいるわ。でも……」

 マルティネス様は言いづらそうにした。

「ドラクロア国に番として連れていかれた人間は、母国に帰って来たことがないそうよ。帰ってこれないというのが正しいかしら」

 ドラクロア国は断崖絶壁と森を超えた向こうにあるため、他の国との行き来が獣人たちには簡単でも人間にとっては相当難しいそうだ。

「一度行ってしまえば逃げ出すことはできないでしょうね。里帰りもできないわ……だから……」
「逃げるなら今日しかないということですね。マルティネス様は駆け落ちですか?」
「えぇ。王命で政略結婚を命じられても今夜中に逃げ出せば、何とか。きっと明日か明後日にはドラクロア国に向けて出発してしまうから、今夜が勝負よ。急いで連れ帰りたいと先ほどあの方に言われたから」

 あの方というのはトカゲ族のことだ。
 トレース様はやはり落ち着いていて、マルティネス様も真剣な顔だ。エーファは次々と進む話に目を白黒させていた。

「私は家から出られるならどの国でもいいと思ってたから、番でもなんでも他国へ行く。ドラクロアなら家族に連れ戻されないからちょうどいい。三人一斉に逃げたらうちの国としてもまずいから、私は必ず逃げずにドラクロアに行く」
「ありがとう……」

 いつの間にか二人の令嬢は熱い握手を交わしていて、エーファは置いてきぼりだ。

「あなたはどうする?」

 そう問いかけられて、置いてきぼりでも考えなければいけなかった。タイムリミットがあるのだ。

「私は……彼に一緒に逃げてくれるか聞かないと」
「そうよね。私の場合は相手が使用人だから大丈夫だと思うけど……」

 次々と進む話に体が冷えていく。頭の中では言葉がぐるぐる回るのに、心は置いてきぼりだ。
 何で? さっきまでスタンリーと踊れるのを楽しみにしてたのに。たったそれだけなのに。

「シュミット様、嘆いている暇はないわ。ひとまず彼らの前では従順な振りをしておいて、駆け落ちのことなんて一切出さないで。もし逃げるなら今夜よ。健闘を祈るわ」

 腕をおかしな獣人に掴まれてから一時間も経っていないのに……。
 もし、あのおかしな獣人に嫁げと言われたら……スタンリーは一緒に逃げてくれるだろうか。
 マルティネス様の言葉にエーファは唇を噛みながら頷くことしかできなかった。
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