反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
3
高すぎる天井を見つめていると、首が瞬く間に痛くなった。
「首を痛めるので前を向いて歩いた方がいいですよ」
ランハートに言われて前を見ると、青い竜が城の中で寝そべっている。
「ぶつかったら彼らは怒りますから前を見て歩いてください」
「こんなに天井が高いのは竜だからですか」
「はい。城の中でも竜が闊歩しています」
「あの、どうやってこのお城は浮いているんですか?」
「あらゆるところに魔力を貯める魔石がちりばめられています。それに魔力を注ぐことで浮いています」
凄すぎる。文明が違うレベルだ。いやこれだけの城を浮かし続けるのだから魔力がケタ違いなのか。魔石に魔力を注ぎ込むのは繊細な魔力コントロールが必要で、エーファが最も苦手としていることだ。
「竜王陛下がすでにいらっしゃっています」
ランハートの言葉に驚く前にまた金の扉が開けられる。高い位置にある玉座とおぼしきところに座っているのは――。
あれ? なんだか想像と違う。散々ギデオンの竜王陛下賛美を聞いていたせいで目がおかしくなったのだろうか。ムキムキな人が座ってるかと思ったのだけれど。
「ここで跪いてください」
ランハートはエーファと一緒にある程度歩くと、小声で指示した。エーファは慌てて習った通りに片膝を立てて跪く。
「そなたがティファイラを守った人間か」
刺さるような視線を感じる。
「古からの偉大なる太陽、竜王陛下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しいのは良い。立て」
え、習った挨拶もっと続くのに! 頑張って一夜漬けで覚えたのに!
不満だが立ち上がって顔を上げると、線の細い男性が物憂げな顔をして座っている。色が白すぎるのか、顔色が悪いのか分からないレベルで白い。そしてオールバックにした髪は見事なプラチナブロンドだ。床まで届くほど長い。
「ドラクロアまでよく来たな」
「はい」
「そなたはどこの国の出身だ」
「ヴァルトルト王国です」
ランハートが地図を取り出して、竜王陛下の元まで行き指差している。
「そうか。隣国が……」
「そのようです」
二人の会話はよく聞き取れないが、竜王陛下はこちらに時折鋭い視線を投げる。
「魔法が扱えるのか」
「はい」
「魔物を狩ったのは初めてか?」
「いえ、母国で何度か狩っていました」
「そうか。似ているが、似ていないな。あれはか弱い女だ」
竜王陛下ってもっと溌剌とした方なのかと思っていた。でも、なんだか元気がないように見える。視線は鋭いが、人間離れした容貌で白すぎるからかもしれない。
「そなたのような人間が軍に入ったらいいのだろうな。最近の獣人と鳥人は弱すぎる」
ほ、褒められている? それとも獣人と鳥人がバカにされてる?
「ティファイラもそなたに会いたがっていた。会っていってやってくれまいか。妻のところにいるだろう」
妻。竜王陛下の妻。つまり番様ってことかな? 人間なんだよね。いや、竜が一夫多妻制かどうかも聞いていないし……そもそもこれまで会った竜人の性別も分かっていないけど……女性はいただろうか?
竜王陛下はランハートに指示すると、立ち上がってどこかへ行ってしまった。これで謁見終了? 竜王陛下の出て行った方向をポカンと見ているとランハートが近づいてきた。
「では、こちらへ」
「えっと、私は何かまずいことしましたか?」
「竜王陛下はいつも通りです。竜王陛下が怒ったら人間は原型をとどめていません。獣人だろうと鳥人だろうと一瞬で死にます」
今日原型とどめないって聞く回数多くないか?
城の中をまた歩く。どこもかしこも白い壁と金色の扉だから方向感覚がなくなりそうだ。
「ドラクロアに来たばかりで全く分からないので、質問していいですか」
「どうぞ」
「竜人は一夫多妻制ですか?」
「そうです。竜王陛下には五人の奥方がいらっしゃいました。そのうち三人は亡くなっています。残っているのは正妃様と番様です」
「正妃様と番様は別なんですか?」
「えぇ。竜王陛下はその昔、現在の正妃様を番だと娶られました。しかし、それが間違いだと分かったのは人間の番様に出会ってからです」
あぁ、聞くんじゃなかった~。しかし聞きたい……聞きたいが絶対にドロドロしていそうだから聞きたくない。だって五人中三人死亡だよ? 見てはいけない深淵、そんなイメージだ。
「番を間違うことは、竜王陛下でもあり得るんですね」
そう口に出してエーファは思い直す。いや、竜人でも間違えるんだ! しかも竜王陛下が! これは朗報! 竜王陛下が間違えるならギデオンだって間違えてるんじゃない?
「えぇ、可能性としては低いですが。私は番を間違えたと知った時、竜王陛下に失望しました」
え、そんなこと城内で口にしていいの? 人間なら不敬罪では?
「番との間では強い子が生まれやすいのです。竜王陛下と竜人である正妃様との間に生まれたルカリオン様よりも、人間の番様との間に生まれたリヒトシュタイン様の方がお強いので、今は失望していません」
強い子供が生まれればいいってこと? ツッコミたいところはある。そして聞き覚えのある名前だ。一体そんな長ったらしい名前をどこで聞いたのだろうか。
目の前に新たな扉が迫る。その扉だけはこれまでのように金色ではなかった。
内側からずずっと扉が開く。隙間からは白竜の鼻が見えた。
「首を痛めるので前を向いて歩いた方がいいですよ」
ランハートに言われて前を見ると、青い竜が城の中で寝そべっている。
「ぶつかったら彼らは怒りますから前を見て歩いてください」
「こんなに天井が高いのは竜だからですか」
「はい。城の中でも竜が闊歩しています」
「あの、どうやってこのお城は浮いているんですか?」
「あらゆるところに魔力を貯める魔石がちりばめられています。それに魔力を注ぐことで浮いています」
凄すぎる。文明が違うレベルだ。いやこれだけの城を浮かし続けるのだから魔力がケタ違いなのか。魔石に魔力を注ぎ込むのは繊細な魔力コントロールが必要で、エーファが最も苦手としていることだ。
「竜王陛下がすでにいらっしゃっています」
ランハートの言葉に驚く前にまた金の扉が開けられる。高い位置にある玉座とおぼしきところに座っているのは――。
あれ? なんだか想像と違う。散々ギデオンの竜王陛下賛美を聞いていたせいで目がおかしくなったのだろうか。ムキムキな人が座ってるかと思ったのだけれど。
「ここで跪いてください」
ランハートはエーファと一緒にある程度歩くと、小声で指示した。エーファは慌てて習った通りに片膝を立てて跪く。
「そなたがティファイラを守った人間か」
刺さるような視線を感じる。
「古からの偉大なる太陽、竜王陛下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しいのは良い。立て」
え、習った挨拶もっと続くのに! 頑張って一夜漬けで覚えたのに!
不満だが立ち上がって顔を上げると、線の細い男性が物憂げな顔をして座っている。色が白すぎるのか、顔色が悪いのか分からないレベルで白い。そしてオールバックにした髪は見事なプラチナブロンドだ。床まで届くほど長い。
「ドラクロアまでよく来たな」
「はい」
「そなたはどこの国の出身だ」
「ヴァルトルト王国です」
ランハートが地図を取り出して、竜王陛下の元まで行き指差している。
「そうか。隣国が……」
「そのようです」
二人の会話はよく聞き取れないが、竜王陛下はこちらに時折鋭い視線を投げる。
「魔法が扱えるのか」
「はい」
「魔物を狩ったのは初めてか?」
「いえ、母国で何度か狩っていました」
「そうか。似ているが、似ていないな。あれはか弱い女だ」
竜王陛下ってもっと溌剌とした方なのかと思っていた。でも、なんだか元気がないように見える。視線は鋭いが、人間離れした容貌で白すぎるからかもしれない。
「そなたのような人間が軍に入ったらいいのだろうな。最近の獣人と鳥人は弱すぎる」
ほ、褒められている? それとも獣人と鳥人がバカにされてる?
「ティファイラもそなたに会いたがっていた。会っていってやってくれまいか。妻のところにいるだろう」
妻。竜王陛下の妻。つまり番様ってことかな? 人間なんだよね。いや、竜が一夫多妻制かどうかも聞いていないし……そもそもこれまで会った竜人の性別も分かっていないけど……女性はいただろうか?
竜王陛下はランハートに指示すると、立ち上がってどこかへ行ってしまった。これで謁見終了? 竜王陛下の出て行った方向をポカンと見ているとランハートが近づいてきた。
「では、こちらへ」
「えっと、私は何かまずいことしましたか?」
「竜王陛下はいつも通りです。竜王陛下が怒ったら人間は原型をとどめていません。獣人だろうと鳥人だろうと一瞬で死にます」
今日原型とどめないって聞く回数多くないか?
城の中をまた歩く。どこもかしこも白い壁と金色の扉だから方向感覚がなくなりそうだ。
「ドラクロアに来たばかりで全く分からないので、質問していいですか」
「どうぞ」
「竜人は一夫多妻制ですか?」
「そうです。竜王陛下には五人の奥方がいらっしゃいました。そのうち三人は亡くなっています。残っているのは正妃様と番様です」
「正妃様と番様は別なんですか?」
「えぇ。竜王陛下はその昔、現在の正妃様を番だと娶られました。しかし、それが間違いだと分かったのは人間の番様に出会ってからです」
あぁ、聞くんじゃなかった~。しかし聞きたい……聞きたいが絶対にドロドロしていそうだから聞きたくない。だって五人中三人死亡だよ? 見てはいけない深淵、そんなイメージだ。
「番を間違うことは、竜王陛下でもあり得るんですね」
そう口に出してエーファは思い直す。いや、竜人でも間違えるんだ! しかも竜王陛下が! これは朗報! 竜王陛下が間違えるならギデオンだって間違えてるんじゃない?
「えぇ、可能性としては低いですが。私は番を間違えたと知った時、竜王陛下に失望しました」
え、そんなこと城内で口にしていいの? 人間なら不敬罪では?
「番との間では強い子が生まれやすいのです。竜王陛下と竜人である正妃様との間に生まれたルカリオン様よりも、人間の番様との間に生まれたリヒトシュタイン様の方がお強いので、今は失望していません」
強い子供が生まれればいいってこと? ツッコミたいところはある。そして聞き覚えのある名前だ。一体そんな長ったらしい名前をどこで聞いたのだろうか。
目の前に新たな扉が迫る。その扉だけはこれまでのように金色ではなかった。
内側からずずっと扉が開く。隙間からは白竜の鼻が見えた。