反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 竜に扉を開けられるのは初めてだ。

 そして、エーファはまた竜の鼻先を擦り付けられている。竜は大きいのでその分パワーも強い。犬猫に鼻先を擦り付けられるのとは全く違い、エーファは踏ん張らないと後ろに倒れるか、ズルズルと後退りしそうだ。

「歓迎されていますね」

 エーファが必死で踏ん張り、鼻先でふんふんされているのを見てランハートは表情を変えずに言う。

「そうなんですか?」
「はい。竜と竜人は好き嫌いがはっきりしているんですよ。嫌いならこんなに近づきません」
「えぇ、ティファイラがよく懐いていること」

 白竜の後ろで女性らしき声がした。

 なんだかマズイ気がする。そういえば、竜王陛下は妻のところにいるから会いに行ってくれと言わなかっただろうか。言った。言ってた。
 つまり、白竜の大きな図体で見えないがこの声の持ち主は……。

 エーファは何とか姿の見えない人に挨拶しようとしたが、白竜に服を噛まれているので体が動かせない。

「ティファイラ、自重なさい。人間はかよわい生き物よ」

 凛とした声が再度響いたおかげで、白竜のぐいぐいすりすり攻撃は弱まった。噛んでいた服が離されて竜のヨダレがつうっと地面に落ちる。竜の香りはエーファには分からないが、一カ月は取れないんじゃないだろうか。というか竜のヨダレがついた服って誰が洗うんだろう? みんな怖がって洗わないだろうけど嫌がらせでヨダレつけたまま持って帰ろうかな。

 白竜ティファイラの後ろから現れたのは、紫の髪の女性らしき竜人だ。なぜ女性かと思うかといえばつけているアクセサリー類が今までの竜人よりも多いから。そして身長が少しばかり低いから。数日前に会ったあの性格が悪そうな竜人に気のせいとは思えないほど似ている。

 跪こうとしたが再度白竜に服を咥えられたので諦めた。その様子を見て紫髪の女性は笑う。竜人も笑うのか。

「申し訳ありません」
「いいのよ。ティファイラは意外と嫉妬深いの。それに私はこの部屋の主ではないもの。私はアヴァンティア。そして彼女がこの部屋の主」

 アヴァンティアの指す方向には、大きなベッドの背に体を預けて座るやせ細った女性がいる。金色の目ではないから人間だ。あの人が竜王陛下の番か。じゃあこの紫髪の方は……。

「母上。またここにいたんですか。人間に構わなくていいのに」

 音もなく後ろから現れた紫色の長い髪がエーファの視界をふさぐ。

「客人の前で失礼よ」
「弱い人間を気に掛ける母上が異常なんですよ」
「ルカリオン。客人と番様の前よ。控えなさい」

 なんでもいいんですけど、にらみ合うのはやめてもらえますか?
 二日前にも会った紫髪の竜人がアヴァンティアとにらみ合っていて、空気がピリピリしている。そんな空気の中でも白竜はエーファを放してくれない。ランハートは興味がなさそうに見つめるだけで止めもしない。

「早くくたばったらいいのに、人間はしぶといですね」
「ルカリオン!」

 今の言葉はエーファでもムカついた。ルカリオンとかいう竜人の言葉はベッドの住人に向けられているらしい。

「その言い方はないんじゃないですか?」
「何か言ったか?」

 うっかりエーファは口を挟んでしまったが、後悔する前にエーファの言葉に誰かの言葉がかぶさった。ランハートではない。

 白竜の向こうで誰かが立ち上がる。エーファから見えない位置に誰かが座っていたのだ。揺らめく黒い髪。悔しいことにエーファよりも綺麗なツヤツヤした髪だ。この部屋に入ってから登場人物の多さにエーファはムカつき、さらに男性の髪の毛にまで悔しがる羽目になっている。

「弱い者ほど強い言葉を使うんだな」

 ビリっと刺すような空気。エーファは頬でも切れたのかと手を当てそうになった。そのくらい魔力がこぼれているのか、鋭い殺気なのか。

「いたのか、リヒト」
「最初からな」

 カツカツと靴音を立ててやってきた黒髪の竜人。この竜人が喋るだけで空気がピリピリする。きっとこの中で一番強い。さっきの竜王陛下よりも強い。
 先ほど竜王陛下に謁見した時に感じたのはこれだ。予想より強そうな気配ではない、ということ。強さは見れば大体予想できる。間違いなく、この黒髪の竜人は圧倒的に強い。

「この部屋に用はないだろう。出て行ってくれ」
「リヒト。ごめんなさいね。すぐ出て行くわ」

 アヴァンティアはルカリオンを無理矢理連れて行こうとするが、ルカリオンの力が強いのかびくともしない。

「あまり人間を馬鹿にしない方がいい。お前の番だって人間かもしれない」
「番が人間なんてありえない。万が一そうでも人間を娶ることはない。そんな番ならいらない」
「その言葉がお前に返ってこないといいな」

 ルカリオンは言い争っていたが、最終的に母であるアヴァンティアに引きずられて退室した。
 部屋の空気が弛緩したが、ベッドの女性が咳き込んでまた緊張が走る。黒髪の竜人は女性の背中を撫でて落ち着くと寝かせて、やっとエーファの存在を思い出したらしい。

「お前たちは何をしている。ランハートもだ。早く退室しろ」
「竜王陛下が客人にティファイラに会って欲しいと仰せなので無理です」

 リヒトシュタインの金色の目がエーファを上から下まで観察する。

「ご覧の通り、服を咥えられてますから動けません」


 竜王陛下と人間の番との間にできたリヒトシュタインとエーファの出会いは特に感動もへったくれもなかった。
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