反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

7

「分からない」
「はぁ!?」
「そうやって元気な方がいいぞ。無理してネコをかぶるな。番消しと番紛いは竜人にのみ伝わる秘薬だ。実際に使った事例が少なくてな、分からん部分も多い」
「それじゃ困る!」
「俺がこれを知っているのも、あの王妃が母の側で泣きながら懺悔していたのを聞いていたからだ。もし王妃が番紛いを飲んでいなければ、母と竜王陛下は母が結婚する前に会っていたかもしれないからな。そうしたら母はここまで不幸にならなかったかもしれない」

 エーファは黙って考え込んだ。効果はどうか分からなくても、薬があるなら試してみるのもいいかもしれない。

「試してみる価値はあるだろう?」

 白竜にグイグイ押されてリヒトシュタインとの距離はかなり近くなっていた。

「なんで私にそんなことを教えてくれるの?」
「俺は死ぬ間際にジタバタするセミを見るのが好きでな」
「趣味悪い」
「ははっ。もうすぐ死ぬだろうと思っていたらジジジッと大きく動く。弱い者が最後の最後まで命ある限りあがく姿は美しい。人間もそうだ。竜人は美しいものを好む。力で獣人に劣るはずの人間が、諦めず心折れずあがく姿も美しいだろう。今までドラクロアに来た人間は頑張って迎合するか、母のように諦めて狂うだけだった」
「それってナチュラルに人間やセミを見下してるでしょ」

 これまで会う竜人は全員ナチュラルに人間を見下していた。恐らくそれは圧倒的な力の差からくるもの。

「そうかもしれない。でも俺には半分人間の血が流れている」
「あ、じゃああなたの母親にも番紛いを飲ませる……あ、違うか。竜王陛下に番紛いを飲ませればいいんじゃないの? 王妃様の髪とか鱗とか入れて? そうしたら王妃様を番と認定して全部解決じゃない? そうしたらあの人も帰れるでしょ?」

 竜王陛下に番紛いを飲ませて、王妃を番だと認識させればそれはもう解決なのでは? 番紛いがどんな味か分からないけど、どう見てもやせこけた病人に飲ますのは気が引ける。

「やってみた」
「え?」
「すでにそれはやってみた。だが、無理だった」
「嘘……なんで?」
「おそらく、もう母と番った後だったからだ」
「つが? え?」
「番と番った後では番紛いは効果がない」
「あ、う、はい」
「父は番を誤認していた影響なのか、母を連れ去って来てすぐに部屋に監禁した。ステージがいきなりすすんで発情期までいった」
「急に生々しい話しないでもらえますか」

 あまりの発言に撫でる手が止まっていたせいで、白竜が抗議のような鼻息をたてる。

「悪い。ステージについては分かるか?」
「いえ、知らないです」
「ステージ1が片想い期、2が倦怠期、3が発情期、4が共鳴期だ」

 うん、全く分からない。なんだ片想い期やら共鳴期って。そして倦怠期早くない?

「番は見た瞬間分かる。燃え上がるような感情の波のあとは落ち着いた片想い期だ。お互い感情に波があり、片方が燃え上がっても片方は冷めているという状態だ」
「うわ、めんどくさい」
「人間が番の場合もだ。というか人間側がよほどちょろくない限り燃え上がることはないから、獣人・鳥人側だけの感情が盛り上がっている状態だ」
「はぁ、なるほど」

 ギデオンの熱っぽい視線を思い出す。なるほど、あれが片方だけ燃え上がっている片想い期か。

「2が倦怠期。これは獣人でも鳥人でも竜人でも両方が冷める」
「倦怠期なんて必要?」
「ないカップルもいるが、ほとんどのカップルが通るステージだ。片想い期は平均して三カ月、長くて一年。倦怠期は個人差がありバラバラだ。二週間で終わるカップルもいれば、半年続くカップルもいる。倦怠期が終わると発情期だ。発情期は」
「言わなくても大体分かります!」
「そうか。この発情期で子供ができ、子育てをした後が共鳴期だ。共鳴期には番同士の状態が共鳴する。つまり、母の場合だと母の状態が竜王陛下の状態になる」
「え? それって?」
「人間が番の状態に共鳴することはない。だが、我々は人間が番だった場合は影響を受ける。母はもう長くない。つまり竜王陛下も長くない。本人に病気がなくとも番が病気であれば影響を受ける、これが共鳴期だ」
「じゅ、寿命も共鳴するの?」
「そうだ。きっかり同時に死ぬということはないが。母が死ぬと、徐々に竜王陛下も衰弱して死ぬだろう。番として一緒に長く生きるほどステージは進みやすい。まぁ竜王陛下の場合は一気にステージ3まで進んだわけだが」

 リヒトシュタインは白い壁に寄りかかって腕を組んだ。

「竜王陛下が死んだらどうなるの? 今度はあなたが王になるの?」
「最も強い者が竜王となる。竜王の子供だろうと血筋は関係ない。強さがすべてだ」
「竜人は番との間にできた子供が一番強いって聞いたけど」
「確率が高いというだけだ。俺は母が死んだらこの国を出る。だから竜王なんぞならない」

 情報量が多すぎる。頭がパンクしそうだ。でも、金色の目は嘘を言っているようには見えなかった。
< 34 / 72 >

この作品をシェア

pagetop