反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第四章 入隊

1

「週に三度、天空城で竜王陛下の番様の話し相手。そしてエーファが軍に入るように?」
「竜王陛下の決定に何か文句がおありで?」
「いえ、そんなことはっ! ただ驚いていて」

 目の前で意味深に微笑むランハートと差し出された手紙を読んで驚愕するギデオン。

 ランハートはエーファの謁見の翌日、マクミラン公爵家に手紙をたずさえてやってきた。先触れなど一切ないので、庭のオオカミたちと使用人たちが哀れなほど怯えている。ここ数日で恐怖を刷り込まれすぎではないか。

「番様は同じ人間と話すのを楽しみにしていらっしゃいます。番様の幸せは竜王陛下の幸せに等しい。それを拒むので?」

 ランハート、それは脅しでは。にこやかに脅すタイプなんですか。

「そうではないですが……エーファはドラクロアに来たばかりなのにこんな過密日程では。軍に入るなど」
「あなたにこの手紙を渡したのは単なる竜王陛下の優しさです。中身は命令ですよ。ティファイラを危険に晒すような軍は軟弱で困ると」

 ランハートはにこやかにキレるというとんでもないテクニックを使っているようだ。オオカミが何匹か気絶している。あの数匹は弱いオオカミね。覚えとこう。

「それは鳥人部隊の話で……そもそも話し相手の人間であれば他の二人でも問題ないのではないでしょうか」
「番様はご自身と似た容姿の彼女を気に入っていらっしゃいます。親戚のように思われておいでなので、他の方では代われません」
「しかし……彼女は私の番です! 番との関係を深める時間を取らせないのはいくら竜王陛下でも!」
「調子に乗るなよ、オオカミ風情が」

 番と関係を深めるって。無理矢理連れてきておいて、なに初心なことを言ってるんだ。デートやピクニックするつもり?
 心の中でツッコミを入れていると、空気が変わった。今度は待機していた使用人が倒れた。あの人も大したことないな。これも覚えとこ。

「返事は『はい』のみ。『いいえ』ならば竜王陛下にたてついたとして殺す。どちらだ?」

 すごいな、直接的な脅しに入るのが早すぎる。エーファとしては殺気がすごいなという状況なのだが、ギデオンたちには竜への本能的な恐怖が染みついているのかランハートに対して震えている。

「っはい……しかと承りました」
「よろしい」

 ランハートは一瞬だけ笑顔を引っ込めたものの、ほぼ終始笑顔だった。

 ランハートが飛び立つのを見送ったのち、ギデオンは納得できないのかブツブツ言っている。
 この采配はリヒトシュタインのせいだろう。番紛いを作る素材集めに森に出るにもそれなりの理由が必要だ。「そのくらいなら協力してやる」と彼は言った。その協力が入隊なのだ。軍に入れば、森に毎日のように出ていくらしい。


「あなたが国を出て行くときに私も連れて行ってくれない?」
「俺が国を出るのはいつになるか分からない。番った後だと番紛いも効かない。番っていなくとも番紛いをそもそも飲ませていないと逃げても地の果てまで追ってくるぞ?」
「そうだった」

 リヒトシュタインとの会話を思い出す。残念ながら無理矢理連れてこられて、帰る時も楽はできないようだ。


「エーファは俺の隊に入ってもらう」

 ブツブツ呟いていたギデオンが急にそう言い出した。

「職権乱用では?」
「どこの隊とは指定されなかったんだから俺の自由だ。俺の隊にいれば一緒にいれるし、守ってやれる」
「他の隊員さんが嫌がるのでは?」
「そんなことはない。皆気心知れたいい奴らだ」
「ちなみに戦闘部隊の他の隊員さんたちはどんな方々が?」
「うちの隊は全員オオカミ獣人だ。大体同じ種族で固まることが多いな」

 うん、絶対に碌なことにならない。この屋敷のオオカミ獣人でさえ一体になっていないのに。エーファのその確信めいた予感は的中した。

 まさかの入隊一日目で、ギデオンの隊からは抜けることになった。
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