反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「今日からうちの隊に入るエーファだ」
「よろしくお願いします」

 隊員からの物言いたげな視線が痛い。腰を抱いて説明する必要はないんじゃない?
 そして、監視のために来たエーギルの懐疑的な視線も鬱陶しい。

「入国の際にブラックバードを討伐したっていう……」
「竜王陛下からの命令でしょ?」
「人間が我々についてこれるのか」

 案の定、隊員たちからはそんな声が上がっている。ほら、どう見ても職権乱用じゃん。一部の女性隊員からは刺すような視線を向けられている。きっと、ギデオンを狙っていた番のいないオオカミ獣人たちだな。

「ギデオン、いいか?」

 手を上げたのはエーファやギデオンよりも年上に見える隊員だ。というかギデオンって何歳だ。興味がなくて聞いてもなかった。

「なんでしょうか、カイン先輩」

 ギデオンが敬語。つまりは頼れる先輩。他の隊員の様子を見ても一目置かれている様子だ。

「わざわざ彼女を戦闘部隊に入れなくてもいいんじゃないか? 魔法が扱えるのは素晴らしいことだが、人間は我々よりも五感が鈍く、足も瞬発力も遅い。ブラックバードを討ったのは空中戦だ。わざわざうちの戦闘部隊に入れない方が彼女の真価は発揮されるんじゃないか?」

 おぉ、唯一話が通じそうな人!
 カインと呼ばれた先輩男性はげんなりした表情のエーファに気の毒そうな視線を注いでいる。うぅ、その出来の悪い子を見る憐れむような視線はいただけないけど!

「エーファには竜の香りがついているだろう? 週に三度、天空城に行くように指示が出ているから定期的に竜の香りはつく。エーファがいれば竜の香りに怖気づいた弱い魔物は出てこず、強い魔物や竜の幼体が好物の魔物との戦闘に専念できる」

 弱い魔物も数がいれば面倒なことになるけどね。ギデオンはカイン先輩にのみ敬語で、全体に話すときは隊長らしく話している。

「この前のブラックバードの出現だっておかしい。この森で何か異変が起きている。人為的なものかもしれないが、早急に解決が必要だ」
「確かに、この前のブラックバード三体の出現はおかしかった。もしかするとステルス能力などを持つ変異種だったのかもしれない。以前もステルス能力を持つ魔物は存在したこともある。解剖したところで分からないから実際生きているのを見ない限りは分からないが。あれは早期解決を図る必要がある」

 ギデオンの後にエーギルも続く。エーギルさん? あなたは反対してくださいね? だって私、ギデオンの側にいさせられたら素材集めができないじゃん。いろいろ自由に動き回って探りたいこともあるのに。

「いや、あんなブラックバードをイザドラのチームが見落とすなんてありえないから何かあったんだろうというのは分かる。だが、弱い魔物だって間引かないといけない。それに、彼女は強い魔物が来た時にどのくらい戦えるのかも俺たちは知らない。正直、足手まといになられたら困るんだ」

 カイン先輩は若干申し訳なさそうな顔で話す。うんうん、言いづらいことを言ってくれた!って顔をみんなしてるから、あなたは人望あるんだろうね。

「それに彼女はギデオンの番だろ? 彼女だけ特別扱いというのも」
「この隊ではフェリペとマイラだって番同士だ」

 いや、そーゆー問題ではない。フェリペとマイラであろう二人の隊員がやり玉にあげられて、困ったように顔を見合わせている。

「今日は見学させていただいてもいいですか? この国に来たばかりですから戦闘部隊が何をするかも全く分かっていません」

 エーファが口を挟むと、カイン先輩はギデオンにやや冷めた目を向けた。

「今日のところはいきなり入隊じゃなくて、見学が妥当じゃないか? 彼女だってこの隊に入りたいかわからないみたいだから。ちゃんと説明しておかないと」

 入りたくはないけど、オオカミ獣人たちの身体能力や実力は見たいってところですね。

「ギデオン、今日のところはそうしておけ。誰だってそう言うだろ。俺がかいつまんだ内容は説明しておく」

 エーギルにも言われて、しぶしぶギデオンは引き下がった。良かった。この空気で駄々こねられたらどうしようと思っていた。


 それからエーファはエーギルとともに離れた位置から訓練を見守った。今日は午前が訓練で、午後から森に出るようだ。

「なぜ竜王陛下はお前を隊に入れろなどと」

 オオカミ獣人たちが走っているのをエーファが真剣に見ていると、エーギルが後ろでぼやいた。

「さぁ……白竜が危険な目に遭ったのが許せないんじゃない?」
「はぁ、そうか。どうだ、オオカミ獣人たちにはついていけそうか」
「うーん、身体強化すれば人間でもあのくらいは走れるけど、魔力使うからどのくらい持つか、かな」
「別にいつもあの速度で走って魔物を狩るわけじゃない。偵察で何人かでまず見回って、それからグループになって見回りだ。魔物の目撃情報があればすぐに動くんだがな」

 エーギルはぼやいているだけかと思ったらちゃんと教えてくれる。

「マルティネス様はお元気ですか?」
「なんでいきなり敬語になるんだ」
「あぁ、彼女は侯爵令嬢だったから母国での上下関係が抜けなくて。で、元気?」
「食事は少量だが摂っている」
「それだけ? 会話は?」
「まだ声は出せない。お前に言われたようにちゃんと医者に診せている」
「治りそう? 手紙くらいは書いていいわよね?」

 エーギルと会話しながらオオカミ獣人たちの動きを追う。身体能力は高いし、足も速い。でも、エーファでも目で追える。これから二人一組になって手合わせをするようだ。

「隊長。アタシ、彼女と組んでみたいんですけど」

 やや高めの声が隊員の中から上がった。

「魔法を使う魔物もいるのでいい練習になると思うんですよ。彼女の実力も見てみたいんで」

 ダークブラウンのショートカットの女性がエーファを指差していた。先ほどからエーファをよく睨んでいたうちの一人で、一番気が強そうだ。

「駄目だ」
「いいですよ」

 ギデオンの言葉とエーファの返事が見事に被る。エーギルは顔をしかめている。
 まず、手合わせの前に言いたいことがある。人を指差すな。三歳からやり直せ。
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