反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
3
「おい!」
エーギルの制止を振り切り、三歳からやり直した方が良さそうな女性に近付く。その途中できっちり高い位置で結んだ髪の毛を再度ぎゅっと縛った。
「とりあえず、指差すのはやめてもらっていいですか?」
女性の目の前まで歩いて行き、指の前で止まる。
「エーファ!」
ギデオンが何やら言っているが、目の前の女性は少しだけエーファに気圧されたのか不満げに指を下ろした。
「どんなルールで手合わせはするんですか? 武器は?」
「相手が降参するか膝を突いたら負け。アタシたちは鳥人みたいに武器を使わない。森に出るときは持ってはいくけど基本は獣化して戦うから」
ふぅん、それなら接近戦専門か。訓練場の隅に模造剣はあるが、飛び道具は見当たらない。
「分かりました」
視界の隅にカイン先輩がギデオンをなだめているのが見える。隊員たちの視線は冷めているから、エーファを連れてきたせいでギデオンの評価はダダ下がりだろう。
「怪我はさせるな!」
ギデオンが叫んでいるが、あの人はほんとに大丈夫だろうか。本当にステージ1? もうちょっと詳しく話を聞かないと。公私混同しすぎでしょ。
「手合わせを舐めてるんですかね。魔物討伐で怪我したことがないとか?」
「隊長は強いからほとんど怪我しない。ただ経験はカイン先輩が上」
「なるほど。あ、エーファです。よろしくお願いします」
「アリス」
態度はふてぶてしいけど可愛いお名前ですね、という言葉は飲み込んでおいた。
開始の合図とともにエーファは風魔法を使って飛び上がる。隊服はズボンなので安心だ。
「は? 空中戦? 卑怯よ!」
さっきまでエーファが立っていたところには穴ができていた。オオカミになって襲い掛かってきたアリスがやったのだ。この人、手加減する気ないな。というか、凄いパワーだ。
「飛ぶ魔物もいるのに、遭遇したらどうやって戦うんですか?」
アリスは必死にジャンプしているが、オオカミのジャンプ力ではエーファのいる空中までは到底届かない。
「それは鳥人部隊の仕事よ!」
「えぇ! じゃあ、森で突然飛ぶ魔物に遭遇したらどうするんですか」
「分が悪かったら目撃情報を鳥人部隊に共有するのよ!」
助走つけてジャンプしても意味がない場所までエーファは風魔法を使って舞い上がる。オオカミのジャンプ力は大したことないな。でもスピードは速かった。結界を張る間もなく空中に来るしかなかったから、接近戦だと明らかにこちらが不利だ。
「さてっと」
喋ってばかりじゃ手合わせは終わらない。浮くのを維持する風魔法では魔力がほとんど減らないから、そろそろオオカミ獣人の他の身体能力を見せてもらいますか。
「魔法を見たいとのことなので」
エーファは初級の炎魔法を展開させた。エーファの体の周りには頭の大きさほどの火玉が二十ほど浮いている。
「降りてきなさい! 人間が魔法で飛べるなんて聞いてないわ!」
「それは面白い意見です。魔物にもそう吠えたらどうですか?」
アリスが犬のように吠えているが……さぁて、お手並み拝見。
エーファが腕を振ると火玉が地上のアリスに襲い掛かる。最初のうちは難なく避けていたアリスも複数の火玉に同時に襲わせると、だんだん動きが鈍くなってきた。
「降りてきて勝負しなさいよ!」
「空中で勝負しちゃいけないって言われてませんから。それとも、私もブラックバードに遭遇した時に卑怯だの地上で戦えだの叫べば良かったと? それで勝てると? 食べられて終わりですね」
ダークブラウンの毛並みのオオカミが眼下で炎から逃げ惑う。うーん、やっぱり速い。地上戦だとエーファは不利だろう。それに、彼女は女性だ。オオカミ獣人で男性と女性で持久力や速度の差はあるんだろうか。それを加味すると……もうちょっと試してみたい。
アリスが隊員たちの集まって見物しているところに逃げるよう誘導するべく、複数の火玉を打つ。そして隊員たちが集まっている手前あたりに火玉を放った。
訓練場には焦げた臭いがすでに充満している。何事かとこちらに向かってくる他の隊の隊員たちも遠目に見えた。
オオカミ獣人たちは皆、反応速度が速い。エーファの初級魔法を食べるとか鼻息で払うとか、拳で薙ぎ払うなんてされなかっただけマシか。魔法からは身体能力を活かして逃げるしかないようだ。散り散りに素早く逃げた隊員たちを見ながら分析する。
そろそろ邪魔が入りそうだ。ギデオンは歯を食いしばってこちらを見ているし、カイン先輩も抑えるのが大変そう。アリスはオオカミの姿でぜぇぜぇ息苦しそうだ。ダークブラウンの毛並みがところどころ焦げている。あら、魔法が当たってたんだ。
「じゃあ、そろそろちゃんとした魔法をお見せしますね」
「さっきからっ! 火を放ってたでしょうが!」
「あれは単なる挨拶です」
エーファはデコピンを180度回転させたポーズをして、アリスに狙いを定めた。
「降参しますか?」
「するわけないでしょ!」
「そうですか? 息苦しそうですが。焦げ臭くて鼻も利かないのでは?」
「人間相手に降参なんてしない!」
このアリスという隊員がどのくらいの実力かを後で聞いておかないと。隊の中の序列ね。無謀なのか勇敢なのか分からない。
「じゃあ、頑張って避けてください。これ、まだちゃんと使ったことないんで」
だって、広範囲を焼いちゃうから使うと怒られる。
エーギルの制止を振り切り、三歳からやり直した方が良さそうな女性に近付く。その途中できっちり高い位置で結んだ髪の毛を再度ぎゅっと縛った。
「とりあえず、指差すのはやめてもらっていいですか?」
女性の目の前まで歩いて行き、指の前で止まる。
「エーファ!」
ギデオンが何やら言っているが、目の前の女性は少しだけエーファに気圧されたのか不満げに指を下ろした。
「どんなルールで手合わせはするんですか? 武器は?」
「相手が降参するか膝を突いたら負け。アタシたちは鳥人みたいに武器を使わない。森に出るときは持ってはいくけど基本は獣化して戦うから」
ふぅん、それなら接近戦専門か。訓練場の隅に模造剣はあるが、飛び道具は見当たらない。
「分かりました」
視界の隅にカイン先輩がギデオンをなだめているのが見える。隊員たちの視線は冷めているから、エーファを連れてきたせいでギデオンの評価はダダ下がりだろう。
「怪我はさせるな!」
ギデオンが叫んでいるが、あの人はほんとに大丈夫だろうか。本当にステージ1? もうちょっと詳しく話を聞かないと。公私混同しすぎでしょ。
「手合わせを舐めてるんですかね。魔物討伐で怪我したことがないとか?」
「隊長は強いからほとんど怪我しない。ただ経験はカイン先輩が上」
「なるほど。あ、エーファです。よろしくお願いします」
「アリス」
態度はふてぶてしいけど可愛いお名前ですね、という言葉は飲み込んでおいた。
開始の合図とともにエーファは風魔法を使って飛び上がる。隊服はズボンなので安心だ。
「は? 空中戦? 卑怯よ!」
さっきまでエーファが立っていたところには穴ができていた。オオカミになって襲い掛かってきたアリスがやったのだ。この人、手加減する気ないな。というか、凄いパワーだ。
「飛ぶ魔物もいるのに、遭遇したらどうやって戦うんですか?」
アリスは必死にジャンプしているが、オオカミのジャンプ力ではエーファのいる空中までは到底届かない。
「それは鳥人部隊の仕事よ!」
「えぇ! じゃあ、森で突然飛ぶ魔物に遭遇したらどうするんですか」
「分が悪かったら目撃情報を鳥人部隊に共有するのよ!」
助走つけてジャンプしても意味がない場所までエーファは風魔法を使って舞い上がる。オオカミのジャンプ力は大したことないな。でもスピードは速かった。結界を張る間もなく空中に来るしかなかったから、接近戦だと明らかにこちらが不利だ。
「さてっと」
喋ってばかりじゃ手合わせは終わらない。浮くのを維持する風魔法では魔力がほとんど減らないから、そろそろオオカミ獣人の他の身体能力を見せてもらいますか。
「魔法を見たいとのことなので」
エーファは初級の炎魔法を展開させた。エーファの体の周りには頭の大きさほどの火玉が二十ほど浮いている。
「降りてきなさい! 人間が魔法で飛べるなんて聞いてないわ!」
「それは面白い意見です。魔物にもそう吠えたらどうですか?」
アリスが犬のように吠えているが……さぁて、お手並み拝見。
エーファが腕を振ると火玉が地上のアリスに襲い掛かる。最初のうちは難なく避けていたアリスも複数の火玉に同時に襲わせると、だんだん動きが鈍くなってきた。
「降りてきて勝負しなさいよ!」
「空中で勝負しちゃいけないって言われてませんから。それとも、私もブラックバードに遭遇した時に卑怯だの地上で戦えだの叫べば良かったと? それで勝てると? 食べられて終わりですね」
ダークブラウンの毛並みのオオカミが眼下で炎から逃げ惑う。うーん、やっぱり速い。地上戦だとエーファは不利だろう。それに、彼女は女性だ。オオカミ獣人で男性と女性で持久力や速度の差はあるんだろうか。それを加味すると……もうちょっと試してみたい。
アリスが隊員たちの集まって見物しているところに逃げるよう誘導するべく、複数の火玉を打つ。そして隊員たちが集まっている手前あたりに火玉を放った。
訓練場には焦げた臭いがすでに充満している。何事かとこちらに向かってくる他の隊の隊員たちも遠目に見えた。
オオカミ獣人たちは皆、反応速度が速い。エーファの初級魔法を食べるとか鼻息で払うとか、拳で薙ぎ払うなんてされなかっただけマシか。魔法からは身体能力を活かして逃げるしかないようだ。散り散りに素早く逃げた隊員たちを見ながら分析する。
そろそろ邪魔が入りそうだ。ギデオンは歯を食いしばってこちらを見ているし、カイン先輩も抑えるのが大変そう。アリスはオオカミの姿でぜぇぜぇ息苦しそうだ。ダークブラウンの毛並みがところどころ焦げている。あら、魔法が当たってたんだ。
「じゃあ、そろそろちゃんとした魔法をお見せしますね」
「さっきからっ! 火を放ってたでしょうが!」
「あれは単なる挨拶です」
エーファはデコピンを180度回転させたポーズをして、アリスに狙いを定めた。
「降参しますか?」
「するわけないでしょ!」
「そうですか? 息苦しそうですが。焦げ臭くて鼻も利かないのでは?」
「人間相手に降参なんてしない!」
このアリスという隊員がどのくらいの実力かを後で聞いておかないと。隊の中の序列ね。無謀なのか勇敢なのか分からない。
「じゃあ、頑張って避けてください。これ、まだちゃんと使ったことないんで」
だって、広範囲を焼いちゃうから使うと怒られる。