反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

5

「さっきの魔法」
「ん?」

 前を歩くエーギルが振り返って、唐突に話し始める。

「さっきの魔法。とても……カッコよかった」
「あ、うん……ありがとう?」

 いつも嫌味な腹黒から褒められたら挙動不審になってしまう。なんだ、何が狙いだ。忘れるな、こいつはマルティネス様の足を躊躇いなく折った奴だ。足は他に比べて遅いけれど陰険で腹黒。

「俺にもできるだろうか」

 いや、それは分からないよ。

「マルティネス様に習ったら? マルティネス様もそこそこ魔法使えるはず。高位貴族だからいい家庭教師ついてたと思うし。喋れるようになってからでも聞いてみたら?」
「お前のさっきの魔法、本当にすごかった。美しかった。お前に教えて欲しい」

 急にそんなに褒められると背筋が本気で寒いのだけれども。

「まだこの国に来たばっかりで天空城にも行くことになっているし、入隊まですることになったからあまり時間ないと思うけど……マナーや歴史の勉強もあるし。まぁ、でもマルティネス様に会わせてくれるなら、ついでに教えるくらいは。さすがに異国で知り合いと話せないと辛いからなるべく会わせてもらえると嬉しいんだけど」
「本当か⁉」

 食い気味だ。後半言い訳がましく付け足してみたけど、この様子なら必要ないかも。

「私は教えるの下手だけど」

 敵に魔法を教えるようなものだが、味方にできる人物は多い方がいい。初級くらいなら大丈夫だろう。まぁ、私がこの国にいる間に上達しないだろうけどさ。魔法を舐めてはいけない。才能ももちろんあるが、やはり実力に裏打ちされるのはたゆまぬ努力。

「でもすでに手から炎を出せてたから練習次第だと思うけど。あ、ちょっと手を貸して」

 期待からなのか目を輝かせているエーギルの両手を取って試しに魔力を流す。

「ん?」
「あ、分かる? これが魔力が流れてる感覚。分かるなら、練習次第でどうとでもなるよ」
「さっきみたいな呪文も?」

 詠唱はカッコいいよね。エーファでも最初に見た冒険者の詠唱がカッコよくて憧れた。あれをやるために魔法を練習したといっても過言ではない。

「あれは練習してからの方がいいよ。威力コントロールができないうちはマズイ。家をなくしたくないでしょ。一人で練習するのはまだ早いから、私が伯爵邸に行った時にして」
「何をしている」

 会話しながら魔力の流れを見るためにエーギルの両手を握ったままだったが、叩き落とされた。痛いんですけど。
 抗議する暇もなく、後ろから抱きしめられる。この気持ち悪さはギデオンだ。臭いで分かるのではなく、寒気がする気持ち悪さ。

「エーギル。何のつもりだ」
「何でもない」
「エーファと手を握り合っていた」

 おええええ、気持ち悪い~。なんなの、この独占欲。嫉妬か? 嫉妬なのか?

「魔法を教わろうと」
「魔力の流れを見るのによくやる方法です」
「エーギルのような半端な力を伸ばしたところで意味はないだろう。お前はどうせ戦闘に向かない」

 フンと頭上からギデオンのバカにした声音がした。

「先祖のように英雄になりたいのか? 無理だ。お前の戦闘力はカナンにも劣る。せいぜい自分の身がなんとか守れる程度だろ。俺の番に取り入るのはやめてもらおう」

 エーギルが一瞬だけ悔しそうな顔をした。へぇ、エーギルって獣人や鳥人の中で戦闘能力はそれほど高くないのか。トカゲだからかな。ちょっとイイことを聞いた。

「お前はその頭を絞って戦略を考えてればいいだろ。魔法なんて、我々の力の前では何の意味もない。アリスは弱かっただけだ。あのくらい簡単に避けられる」

 へぇー、ほぉー、ふぅーん。
 そういうことを私の前で言う訳だ? 魔法なんてって? デリカシーの欠片もない男だな。
 エーファは後ろからギデオンに抱きしめられながらも、完全に頭にきていた。こいつ、本当にむかつく。魔法を馬鹿にするな。そしてその魔法で頑張ってきた私たち人間も馬鹿にするんじゃない。

「エーギルよ。なぁに油を売っておる。人間の所属先はどうなったんじゃ」

 突然、しわがれた声が至近距離で聞こえた。密着しているギデオンの体が強張ったのが分かる。ギデオンでも気配に気づいていなかったのか。
 横に顔を向けると、二歩もない距離に老人が立っていた。若い人たちやギデオンの親くらいしか見ていなかったので、高齢の獣人あるいは鳥人は初めて見た。

「ワシの気配も分からんとはまだまだ青二才じゃな。マクミランの倅。小娘から竜の香りがするといっても気配も分からんとはジェイソンも泣くぞ」
「メフィスト閣下」

 白髪の中に黒が点のように混じる珍しい髪色だ。眉毛も同様。真っ黒な目は眼光鋭く光っている。
 あ、ギデオンが震えている。この人は強いのかな。竜人ほどではないけれど、強そう。

「その小娘の方がお主より震えておらんではないか。みっともない姿をさらすでない」

 叩かれたわけでもないのに、叩かれたような錯覚に陥る。力のある言葉だ。

「して、エーギル。オオカミ部隊に入れて良さそうなのか?」
「無理だと思います。連携が取れません」
「取れる! 俺が皆を説得します!」
「人間のお嬢さんよ。お主はどうだ?」

 意外にも老人はエーファにも聞いてくれた。片足が悪いようで杖に体重を預けている。

「普通に嫌です」
「エーファ! 俺の隊に入るのが一番確実だ」
「平気で舐め切った態度で接してくる隊員がいる隊が? 嫌ですよ、相手の力量も分からないのに舐めてかかって痛い目見る隊員のいる隊なんて。死亡率高そうですし」
「それはちゃんと教育する。それに死亡率は高くない。そもそも俺の代になってから誰も死んでない」
「屋敷の使用人も教育できない、隊員も制御・教育できない。それってどうなんですか?」
「よし」

 ギデオンがさらに口を開きかけたが、老人によって止められた。

「ワシが預かる。異論は認めん」
「閣下!」
「上官の命令にも従えなくなったのか。此度の件で少しは分かったじゃろう、獣人は驕りすぎておる」
「しかし! 彼女は私の番です!」
「じゃからどうしたのじゃ。番でも他の隊に所属しておる者たちはたくさんおる。ギデオン、独占欲といっても過ぎると嫌われる。なにせ相手は人間。我々の常識など通用せん」

 閣下と呼ばれる老人は杖を音もなく振りあげて、ギデオンの肩に振り下ろした。いちいち、動作が俊敏かつ静かな人だ。

「先ほどから言わせておけばペラペラと。いつからお前はワシに意見するほど偉くなった?」

 ギデオンの気持ち悪い密着がやっと離れて、エーファは安心した。

「いつからじゃ」
「申し訳ございません。番のことで視野が狭くなっておりました」

 そんなにこの閣下が怖いのだろうか。言葉だけでもかなりの威圧感だが……。ギデオンは珍しく頭を下げていた。

「ではもう行け。この小娘はワシが預かって所属もワシが決める」

 やっぱりお嬢さんじゃなくて本音は小娘なんだ。
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