反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
2
「つまらない」
「そりゃあ基礎練習だから。でもロウソク五本分しか魔法を維持できてないなら、基礎練習を飛ばすなんて夢のまた夢だからね」
一度、エーギルの様子を見に庭に下りた。マルティネス様とミレリヤも一緒だ。マルティネス様は車いす生活をすでにやめているが、ペンと紙をしっかり持っている。
「ロウソク五本にしか火をともせないなら正直生活魔法レベルだから。野営の時に便利、肉の火の通りが悪いからもうちょっと自分で焼こう、程度。攻撃したいならもっと魔法の精度を維持できるようにならないとね」
「分かった」
これまで魔法を日常的に使ってこなかったエーギルがいきなり魔法を使いこなせるようになるわけがない。天才だったらどうしようと思ったけど、力の加減もできないようで肩で息をしている。安心した。
「こればっかりは慣れだよ。あと、力み過ぎだから」
しばらくエーギルを指導してから離れた位置で見ていた二人のところに戻る。
「頑張ってるわね。私もちゃんと特訓した方がいいかな。生活魔法レベルならなんとか困らないけど」
「魔力量と訓練がものをいうかな~」
「彼は不器用な人なのよ」
マルティネス様が書いた文字にエーファは思わず反論したくなったが、無理矢理堪える。
「そうですね、ロウソクに離れた位置から火をともせと言ったわけじゃないのに。何であんな離れた距離から火魔法使おうとしてるんですかね」
エーギルとしてはエーファが訓練場で見せたような魔法を早く使いたいのだろう。でも、今日エーファは二十本のロウソクを用意させて「このロウソク全部に火をつけて」と言っただけだ。あんな離れた位置からやる必要性はない。手のひらに炎を出現させてろうそくに火をともしたっていいのだ。それも初心者には難しいが。
マルティネス様が不器用と称しているのはきっとエーギルの性格だ。
足を折る男のどこが不器用なのか。エーファは知りたい。ただの気ちがいではないか。すでにマルティネス様の依存は始まっているのだろう。
依存は依存でしかない。愛でも恋でもない。心と足を折って、どん底まで突き落として優しくして依存させるのがエーギルの作戦なのだろうか。
「ギデオン様とはどうなの?」
エーファが内心むかむかしていると、マルティネス様がそんな文字を書いた紙をひらひら振ってくる。
「忙しくてあまり顔を合わせてないんですよね。でも、休みの日に買い物には一緒に行ってます」
エーファとしては顔を合わせる時間が短いのは嬉しい。十三隊所属になったことで帰って早々グチグチ言われたが「お高く留まっている隊より居心地はいいです」と言っておいた。コヨーテやハイエナ獣人の臭いが少しでもついているのが面白くないらしく、帰ったら抱き着かれるのが今のところぶっちぎりでイヤである。大体、竜の香りがプンプンついているのだから若干のコヨーテ・ハイエナ臭くらいいいではないか。ギデオンに言わせれば彼らは獲物を横取りする集団らしい。拒否するとさらに面倒なことになったら困るので、黙って抱きしめられている。一日の終わりに大変な苦行である。
そんなことをマルティネス様に言えばどこぞへ筒抜けになるかもしれないので沈黙する。
「いろんなお店があって楽しいですよ」
男爵領からほとんど出たことがないのでギデオンとの日常をそうやって誤魔化す。
「素敵ね。仲がいいのね」
マルティネス様はそう書いてきた。うーん、モヤモヤする。
喋れないし早く書こうと思ったら言葉数が少なくなるのは分かるんだけど……マルティネス様、私が政略結婚でもなんでもない初恋の幼馴染の婚約者と泣く泣く別れてドラクロアに来たこと知ってるよね?
なんならマルティネス様はそれ以上の経験をしたわけだが。なのに「仲がいいのね」なんて書かれると……マルティネス様と仲良くしていける自信がない。
ミレリヤはそんなやり取りをニコニコと見ていたが、エーファにはやはり彼女が隠し事をしているように見えた。時折物憂げに伏せられる視線、ゆっくり歩く足取り。口をたまに開くがすぐ閉じる仕草。
クロックフォード伯爵邸から帰る馬車の中で、思い切ってミレリヤに聞いてみた。
「ミレリヤ、何かあった?」
「え?」
ミレリヤは疲れた顔で聞き返してくる。そんなに疲れたのかな?
「何か隠し事してるように見えるから。気のせいかもしれないけど、マルティネス様の前では言いにくかった?」
ミレリヤは外の景色に視線を向けて息を吐き、エーファの目をまっすぐ見つめてきた。
「多分、私、妊娠してると思う」
エーファはその言葉を理解できなかった。いや、したくなかった。
「そりゃあ基礎練習だから。でもロウソク五本分しか魔法を維持できてないなら、基礎練習を飛ばすなんて夢のまた夢だからね」
一度、エーギルの様子を見に庭に下りた。マルティネス様とミレリヤも一緒だ。マルティネス様は車いす生活をすでにやめているが、ペンと紙をしっかり持っている。
「ロウソク五本にしか火をともせないなら正直生活魔法レベルだから。野営の時に便利、肉の火の通りが悪いからもうちょっと自分で焼こう、程度。攻撃したいならもっと魔法の精度を維持できるようにならないとね」
「分かった」
これまで魔法を日常的に使ってこなかったエーギルがいきなり魔法を使いこなせるようになるわけがない。天才だったらどうしようと思ったけど、力の加減もできないようで肩で息をしている。安心した。
「こればっかりは慣れだよ。あと、力み過ぎだから」
しばらくエーギルを指導してから離れた位置で見ていた二人のところに戻る。
「頑張ってるわね。私もちゃんと特訓した方がいいかな。生活魔法レベルならなんとか困らないけど」
「魔力量と訓練がものをいうかな~」
「彼は不器用な人なのよ」
マルティネス様が書いた文字にエーファは思わず反論したくなったが、無理矢理堪える。
「そうですね、ロウソクに離れた位置から火をともせと言ったわけじゃないのに。何であんな離れた距離から火魔法使おうとしてるんですかね」
エーギルとしてはエーファが訓練場で見せたような魔法を早く使いたいのだろう。でも、今日エーファは二十本のロウソクを用意させて「このロウソク全部に火をつけて」と言っただけだ。あんな離れた位置からやる必要性はない。手のひらに炎を出現させてろうそくに火をともしたっていいのだ。それも初心者には難しいが。
マルティネス様が不器用と称しているのはきっとエーギルの性格だ。
足を折る男のどこが不器用なのか。エーファは知りたい。ただの気ちがいではないか。すでにマルティネス様の依存は始まっているのだろう。
依存は依存でしかない。愛でも恋でもない。心と足を折って、どん底まで突き落として優しくして依存させるのがエーギルの作戦なのだろうか。
「ギデオン様とはどうなの?」
エーファが内心むかむかしていると、マルティネス様がそんな文字を書いた紙をひらひら振ってくる。
「忙しくてあまり顔を合わせてないんですよね。でも、休みの日に買い物には一緒に行ってます」
エーファとしては顔を合わせる時間が短いのは嬉しい。十三隊所属になったことで帰って早々グチグチ言われたが「お高く留まっている隊より居心地はいいです」と言っておいた。コヨーテやハイエナ獣人の臭いが少しでもついているのが面白くないらしく、帰ったら抱き着かれるのが今のところぶっちぎりでイヤである。大体、竜の香りがプンプンついているのだから若干のコヨーテ・ハイエナ臭くらいいいではないか。ギデオンに言わせれば彼らは獲物を横取りする集団らしい。拒否するとさらに面倒なことになったら困るので、黙って抱きしめられている。一日の終わりに大変な苦行である。
そんなことをマルティネス様に言えばどこぞへ筒抜けになるかもしれないので沈黙する。
「いろんなお店があって楽しいですよ」
男爵領からほとんど出たことがないのでギデオンとの日常をそうやって誤魔化す。
「素敵ね。仲がいいのね」
マルティネス様はそう書いてきた。うーん、モヤモヤする。
喋れないし早く書こうと思ったら言葉数が少なくなるのは分かるんだけど……マルティネス様、私が政略結婚でもなんでもない初恋の幼馴染の婚約者と泣く泣く別れてドラクロアに来たこと知ってるよね?
なんならマルティネス様はそれ以上の経験をしたわけだが。なのに「仲がいいのね」なんて書かれると……マルティネス様と仲良くしていける自信がない。
ミレリヤはそんなやり取りをニコニコと見ていたが、エーファにはやはり彼女が隠し事をしているように見えた。時折物憂げに伏せられる視線、ゆっくり歩く足取り。口をたまに開くがすぐ閉じる仕草。
クロックフォード伯爵邸から帰る馬車の中で、思い切ってミレリヤに聞いてみた。
「ミレリヤ、何かあった?」
「え?」
ミレリヤは疲れた顔で聞き返してくる。そんなに疲れたのかな?
「何か隠し事してるように見えるから。気のせいかもしれないけど、マルティネス様の前では言いにくかった?」
ミレリヤは外の景色に視線を向けて息を吐き、エーファの目をまっすぐ見つめてきた。
「多分、私、妊娠してると思う」
エーファはその言葉を理解できなかった。いや、したくなかった。