反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
5
木がうっそうと茂り、昼間でも光がわずかしか差し込まない森をエーファはハンネスともう一人の隊員と歩いていた。体力面で合格が出たので、やっと森に同行させてもらえたのだ。「足手まといになったら即置き去りにする」という脅迫付きで。
「竜の香りがついてるからか、道中弱い奴が出てこなかったな」
「そうですね。体力を温存できました」
「こりゃあ、あいつら文句言うぞって! あっちだ!」
森の中でも危険地帯を歩いているので、出現する魔物も大きく強い。
だが、今のところエーファの出番は全くない。ハイエナ獣人のハンネス隊長ともう一人、コヨーテ獣人のキーンがすべて迎え撃っているためである。
現在ものっそり出てきた大きな黒いクマのような魔物を、二人がかりで急所である首の後ろに噛みついて速攻仕留めていた。強い。というか決断もスピードも速くて容赦がない。
十三隊では銃でも刃物でも使えるものは何でも使うスタイルなのだが、今のところほとんどの魔物を肉弾戦で仕留めている。
「エーファ。終わったぞ。あとなんかこの辺に生えてる」
「あ、ありがとうございます」
薬草を採取したいと事前に相談すれば「よく分からんがオッケー」と許可をもらった。彼らは薬草に明るくないので、疑われることなく素材集めができそうだ。しかも「なんか生えてるぞ」と分からないなりに教えてくれる。
「なんかいい物あったか?」
「痛み止めになるような薬草がありました」
仕留めた黒いクマの魔物と採取した薬草などを空間魔法で作った空間に放り込む。
体力をつけるのと並行して空間魔法も特訓したのだ。番紛いの素材集めをするなら空間魔法の拡張は必須だった。マクミラン公爵邸の部屋に素材を保管して捨てられたり、見つかったりするのも困るし、十三隊の訓練場に置いておくわけにもいかない。
「いやー、しかし便利なもんだな。魔法ってのは」
「えぇ、魔物を引きずって帰る必要がないので血につられた魔物が来ることもありません」
「鳥人部隊を呼んだら美味い部分全部横取りされるしな」
「えぇ、特にサギの部隊は厄介ですね。なるべく呼ばないにこしたことはありませんが。大物の魔物が多く出現すれば我々の部隊だけでは運びきれません」
ハンネス隊長とキーンはエーファが空間魔法に収納している間に二人で感心したように喋っている。
「横取りってどういうことですか?」
ギデオンから聞いた話では、十三隊が獲物の横取りをするのではなかっただろうか。いや、もちろんギデオンの話を信じているわけじゃないが、ハイエナは特に獲物を横取りするというイメージがある。
「隊長、説明してないんですか」
「あー、そういうこまけぇことはまだな。まずこの森に入って死なねぇことが重要だからな」
「きっとあいつらはどうせ待ち伏せしてますよ」
「そうだな」
ハンネス隊長が口を開こうとした時、エーファの索敵魔法に何かが引っ掛かった。
「上です! 魔物が来ます!」
三人とも飛びのいた時に、かぎ爪を持った足が空から降って来てさきほどまで皆がいた地面を抉る。
「げ、ジンメンバードか」
「エーファさん、引きつけるので一人でやれますか?」
「はい、できます」
鳥の体に人間のような大きな顔を持つのがジンメンバードだ。そのアンバランスさが非常に不気味な上に、獣人や人間を好んで食べる魔物である。鳥人・竜人には見向きもしない。
不気味で、あまり音を立てないがブラックバードほど強くはない。最初の攻撃さえかわしてしまえばこちらのものだ。キーンがボーガンを構えるのを見ながら、エーファは指を組む。初級魔法で十分、詠唱をしている時間がもったいない。
暗い森に稲妻が二本走る。
ドサッと音を立ててジンメンバードが落ちた。羽根を広げた状態なのでとても大きい。さっきのクマの魔物の三倍はある。
「ひゅう。俺たち何の役にも立たなかったな」
「我々もさすがに空中戦は武器がないと戦えませんからね」
「それにしても。私から竜の香りがしているはずなのにジンメンバードはここを襲ってきたんですか? ジンメンバードは竜人や竜には見向きもしないはずですよね」
「ん? それもそうだな?」
「それほど鼻がいい魔物でもないはずです」
「俺たちの臭いもエーファについてる竜の香りでかき消されているはずだからなぁ。偶然か? 俺、そんな臭い?」
「隊長はいつも臭いですけど。エーファさん、まだ何か来ますか?」
「いえ、もう索敵魔法には引っ掛かりません」
「では、群れではないようですね……。異常に鼻のきく変異種でしょうか」
隊長の臭いについては扱いが軽いんだ。人間のエーファには臭いなど分からないので、おそらく加齢臭や体を洗っていない臭いとはまた別なのだろう。個体差のある獣臭だろうか。
ジンメンバードに対する疑問に三人で考え込んだが、それ以上空から魔物の襲撃はなかったので答えは出なかった。
「分からんことは参謀に報告だ。ひとまずはこのくらいで合流地点に向かおう」
「これも収納します?」
食べたことはないが、ジンメンバードはとても不味いと聞いたことがある。しかも、味だけではなく冒険者たちは顔や頭を見ると人を殺したような気になるから罪悪感が凄いと言っていた。
「いや、これはこのまま引きずっていく」
「重くないですか? 翼をたたんだら入りますよ?」
「エーファさん。これには理由があるんです。隊長に従ってください」
「実際見た方が早いだろ。これが現実なんだよ」
含むような物言いにさらなる疑問を覚えながら、決められた十三隊の合流地点に向かったところでそれは判明した。
「十三隊にあんな人いましたっけ?」
「いねぇな。ありゃあ十三隊の奴じゃねぇ」
「ですよねぇ、どう見ても高位貴族っぽいですもんね」
合流地点にはちらほら魔物を携えた十三隊の他の隊員たちも集まっていたが、ひと際目を引くのがふさふさの金髪を撫でつけた頭の人物。
「ハンネス。今日は少ないな」
「あぁ、竜の香りがプンプンするからか弱っちいのは道中出てこねぇよ」
何? この偉そうな金髪頭の男。ハンネスはガタイが良すぎるから比較にならないが、コヨーテ獣人よりは大きい。
「ほらよ」
ハンネスがジンメンバードを男に向かって放り投げる。他の隊員たちも同じように引きずって運んできた魔物を渡している。
「え、これどういうことですか? あの人すごい偉いんですか?」
「これが現実で横取りってやつですよ。エーファさん」
金髪男の後ろからぞろぞろ現れた、同じような金髪をなびかせた男女の隊員たちが魔物を引きずっていく。腕章に描かれているのはライオンの横顔だ。
「我々はライオンよりも狩りがうまく、魔物のハント率も高い。我々は六割以上仕留めます。一方ライオンは二割仕留めればいい方でしょう。しかし、ライオンの方が力が強く我々は戦うと負けます。彼らは十三隊から魔物を横取りしているんですよ」
「竜の香りがついてるからか、道中弱い奴が出てこなかったな」
「そうですね。体力を温存できました」
「こりゃあ、あいつら文句言うぞって! あっちだ!」
森の中でも危険地帯を歩いているので、出現する魔物も大きく強い。
だが、今のところエーファの出番は全くない。ハイエナ獣人のハンネス隊長ともう一人、コヨーテ獣人のキーンがすべて迎え撃っているためである。
現在ものっそり出てきた大きな黒いクマのような魔物を、二人がかりで急所である首の後ろに噛みついて速攻仕留めていた。強い。というか決断もスピードも速くて容赦がない。
十三隊では銃でも刃物でも使えるものは何でも使うスタイルなのだが、今のところほとんどの魔物を肉弾戦で仕留めている。
「エーファ。終わったぞ。あとなんかこの辺に生えてる」
「あ、ありがとうございます」
薬草を採取したいと事前に相談すれば「よく分からんがオッケー」と許可をもらった。彼らは薬草に明るくないので、疑われることなく素材集めができそうだ。しかも「なんか生えてるぞ」と分からないなりに教えてくれる。
「なんかいい物あったか?」
「痛み止めになるような薬草がありました」
仕留めた黒いクマの魔物と採取した薬草などを空間魔法で作った空間に放り込む。
体力をつけるのと並行して空間魔法も特訓したのだ。番紛いの素材集めをするなら空間魔法の拡張は必須だった。マクミラン公爵邸の部屋に素材を保管して捨てられたり、見つかったりするのも困るし、十三隊の訓練場に置いておくわけにもいかない。
「いやー、しかし便利なもんだな。魔法ってのは」
「えぇ、魔物を引きずって帰る必要がないので血につられた魔物が来ることもありません」
「鳥人部隊を呼んだら美味い部分全部横取りされるしな」
「えぇ、特にサギの部隊は厄介ですね。なるべく呼ばないにこしたことはありませんが。大物の魔物が多く出現すれば我々の部隊だけでは運びきれません」
ハンネス隊長とキーンはエーファが空間魔法に収納している間に二人で感心したように喋っている。
「横取りってどういうことですか?」
ギデオンから聞いた話では、十三隊が獲物の横取りをするのではなかっただろうか。いや、もちろんギデオンの話を信じているわけじゃないが、ハイエナは特に獲物を横取りするというイメージがある。
「隊長、説明してないんですか」
「あー、そういうこまけぇことはまだな。まずこの森に入って死なねぇことが重要だからな」
「きっとあいつらはどうせ待ち伏せしてますよ」
「そうだな」
ハンネス隊長が口を開こうとした時、エーファの索敵魔法に何かが引っ掛かった。
「上です! 魔物が来ます!」
三人とも飛びのいた時に、かぎ爪を持った足が空から降って来てさきほどまで皆がいた地面を抉る。
「げ、ジンメンバードか」
「エーファさん、引きつけるので一人でやれますか?」
「はい、できます」
鳥の体に人間のような大きな顔を持つのがジンメンバードだ。そのアンバランスさが非常に不気味な上に、獣人や人間を好んで食べる魔物である。鳥人・竜人には見向きもしない。
不気味で、あまり音を立てないがブラックバードほど強くはない。最初の攻撃さえかわしてしまえばこちらのものだ。キーンがボーガンを構えるのを見ながら、エーファは指を組む。初級魔法で十分、詠唱をしている時間がもったいない。
暗い森に稲妻が二本走る。
ドサッと音を立ててジンメンバードが落ちた。羽根を広げた状態なのでとても大きい。さっきのクマの魔物の三倍はある。
「ひゅう。俺たち何の役にも立たなかったな」
「我々もさすがに空中戦は武器がないと戦えませんからね」
「それにしても。私から竜の香りがしているはずなのにジンメンバードはここを襲ってきたんですか? ジンメンバードは竜人や竜には見向きもしないはずですよね」
「ん? それもそうだな?」
「それほど鼻がいい魔物でもないはずです」
「俺たちの臭いもエーファについてる竜の香りでかき消されているはずだからなぁ。偶然か? 俺、そんな臭い?」
「隊長はいつも臭いですけど。エーファさん、まだ何か来ますか?」
「いえ、もう索敵魔法には引っ掛かりません」
「では、群れではないようですね……。異常に鼻のきく変異種でしょうか」
隊長の臭いについては扱いが軽いんだ。人間のエーファには臭いなど分からないので、おそらく加齢臭や体を洗っていない臭いとはまた別なのだろう。個体差のある獣臭だろうか。
ジンメンバードに対する疑問に三人で考え込んだが、それ以上空から魔物の襲撃はなかったので答えは出なかった。
「分からんことは参謀に報告だ。ひとまずはこのくらいで合流地点に向かおう」
「これも収納します?」
食べたことはないが、ジンメンバードはとても不味いと聞いたことがある。しかも、味だけではなく冒険者たちは顔や頭を見ると人を殺したような気になるから罪悪感が凄いと言っていた。
「いや、これはこのまま引きずっていく」
「重くないですか? 翼をたたんだら入りますよ?」
「エーファさん。これには理由があるんです。隊長に従ってください」
「実際見た方が早いだろ。これが現実なんだよ」
含むような物言いにさらなる疑問を覚えながら、決められた十三隊の合流地点に向かったところでそれは判明した。
「十三隊にあんな人いましたっけ?」
「いねぇな。ありゃあ十三隊の奴じゃねぇ」
「ですよねぇ、どう見ても高位貴族っぽいですもんね」
合流地点にはちらほら魔物を携えた十三隊の他の隊員たちも集まっていたが、ひと際目を引くのがふさふさの金髪を撫でつけた頭の人物。
「ハンネス。今日は少ないな」
「あぁ、竜の香りがプンプンするからか弱っちいのは道中出てこねぇよ」
何? この偉そうな金髪頭の男。ハンネスはガタイが良すぎるから比較にならないが、コヨーテ獣人よりは大きい。
「ほらよ」
ハンネスがジンメンバードを男に向かって放り投げる。他の隊員たちも同じように引きずって運んできた魔物を渡している。
「え、これどういうことですか? あの人すごい偉いんですか?」
「これが現実で横取りってやつですよ。エーファさん」
金髪男の後ろからぞろぞろ現れた、同じような金髪をなびかせた男女の隊員たちが魔物を引きずっていく。腕章に描かれているのはライオンの横顔だ。
「我々はライオンよりも狩りがうまく、魔物のハント率も高い。我々は六割以上仕留めます。一方ライオンは二割仕留めればいい方でしょう。しかし、ライオンの方が力が強く我々は戦うと負けます。彼らは十三隊から魔物を横取りしているんですよ」