反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

6

 悔しささえもにじませず淡々と話すキーンは冷静な隊員なのだろう。他の十三隊の隊員たちはウーウー、ブーブーと抗議している。

「悔しくないんですか?」

 キーンの琥珀色の目がエーファを捉えた。

「私が入隊してから五人」
「はい?」
「私が入隊してから、この横取りに果敢にも立ち向かって傷を負った隊員の数が五人です。ルリアという義足の隊員がいるでしょう? 彼女もそうです。彼女の左足は魔物ではなく彼らライオン獣人にやられたのです」
「そんな……同じ戦闘部隊なのに」

 義足の隊員は確かにいた。てっきり魔物にやられたと思っていたのに。

「正直、魔物を相手にするよりも負傷する可能性が高いんです。だから、皆あのように唸って抗議はしても飛び掛かりはしません。ハンネス隊長も隊員がむやみに傷つけられないために、あのように狩った魔物を差し出しているんです。ジンメンバードは不味いのでちょうどいいのですが」

 偉そうに運ばれる魔物を眺めるライオン獣人。おそらくトップに近い人物。

「ライオンって強いんですか?」
「えぇ、百獣の王ですから」

 キーンは抗議している隊員たちをぐるっと見回す。

「悔しくないかとエーファさんは先ほど私に問いましたね? 悔しいですよ。あいつらは大して狩りもせず、できず、森の危険地帯ギリギリのところで待っていて、私たちが汗水たらして命の危険を冒して狩った魔物を横取りして我が物顔で威張っているんですから。弱肉強食と言えど許せないですよ」

 よく見ると、キーンは奥歯を噛みしめているようだった。握りこんで震える拳も背に隠している。表情だけは先ほどから変わらない。

「ただ、もう仲間を傷つけられたくない。それにエーファさん。今日からあなたが来てくれた。あなたの空間魔法というものであいつらに横取りされる魔物は減る。私は大変ありがたく思っているんです。もちろん、他の隊員たちも。あなたがいてくれるおかげで、私の悔しさは少しばかり薄れているんです」

 ハンネス隊長は偉そうなライオン獣人と何か言葉を交わしている。「だから今日は少ないっつってんだろ」という会話が聞こえた。

「だから、エーファさん。間違っても彼らに噛みつかないでください。人間が隊に入ると聞いて最初はどうなるかと思いましたが……私は今日数時間しかあなたと過ごしていないが、あなたに傷ついて欲しくない」

 エーファは思わず目を見開いて、そして瞬いた。今、この人は何と言った?
 あまりに真摯な言葉にエーファはすぐに返事が出来なかった。最後だけ聞いたら告白のような言葉。でもそんな陳腐な表現をしてはいけないほど、真摯な言葉だった。何の差別も色眼鏡も乗らない言葉をこの国に来てほんの少ししか聞いていない。

「ハンネス隊長も悔しいんです。あなたにこのことを説明できなかったのは隊長も思うところがあるからです。意地悪でも何でもないので理解していただけると」
「マクミラン公爵家では十三隊は横取り集団だと聞いていました」
「あぁ、オオカミ獣人から横取りする場合もありますよ。ですが、それはライオン獣人に横取りされて足りなくなったから私たちも横取りするだけです。私たちが横取りをするよりも、ライオン獣人が横取りをする方がはるかに多い」

 エーファはそっと目を瞑って、しばらくして開いた。ハンネス隊長はまだ揉めている。他の隊員たちの抗議の声は諫められて弱まっている。
 強い者が偉い。それは分かる。でも、これは許されるのだろうか。

 エーファはキーンに対して口を開こうとした。「理解できないし、許せない」と。だが、その前にハンネス隊長が手招きしていた。

「あなたを呼んでいるようです」
「ちょっと行ってきますね」
「くれぐれもライオン獣人を刺激しないでください。彼らはプライドが高い」
「ありがとうございます」

 うん。でもやっぱり許せないものは許せないから。イライラしている様子のハンネス隊長の元にエーファは駆け寄った。
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