反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

5

「何かあったのか?」

 目の前で何かの肉を食べているギデオンの声で我に返る。うっかりギデオンの存在を忘れかけていた。危ない、危ない。変な独り言をつぶやいていなかっただろうか。

「ミレリヤもマルティネス様も体調が悪そうなので、心配で」
「そうか」

 そういえばギデオンって。マクミラン公爵夫人のことについてオウカから聞いたと言った時も「そうか」って言わなかった? もしかして事情を知っているオウカから私に話をさせるためにわざわざ彼女を呼んだのかな? どうせ公爵夫人の状態はこの家に住んでいればバレるのに。興味を持たなかったから今までバレなかっただけで。

 相槌を打ったきり、ギデオンは居心地悪そうにしならが黙々と食事を続けている。ひょっとして都合が悪いことはだんまりのタイプだろうか? 推測でしかないが、母親のことも自分で伝えずに他人に伝えさせておいて?

「そういえば、マクミラン公爵夫人のようなことは普通なんですか?」
「どういう意味だ?」
「番が見つからなければ恋愛結婚をすると聞いていました。無理矢理結婚をすることって普通なんですか?」
「父は無理矢理結婚したわけじゃない」
「私がオウカ先生から聞いた話が違うんでしょうか? 政略結婚ですか?」
「政略じゃない。父は母が好きで結婚した。れっきとした恋愛結婚だ」
「逆はどうなんですか? 公爵夫人は公爵のことを好きなんですか? 恋愛結婚って相思相愛のことを言うのかと」

 お、分かりやすくギデオンが不機嫌になった。鼻に皺が寄っている。分かりやすいな、この人。

「ドラクロアでああいうことはよくあるんですか? パートナーを薬漬けにしてまで」

 ガタン。
 言葉の途中でギデオンが立ち上がる。急用と体調不良以外で食事中に立ち上がるのはマナー違反だとエーファでも知っている。エーファは食べ終わっているが、ギデオンはまだだ。
 
 ギデオンはエーファのところまで来ると、手首をつかんで無理矢理立ち上がらせた。そのまますぐ後ろの壁に押し付けられる。
 これがウワサの壁ドン。いやそうではない。ギデオンの目はギラギラしていて一切ロマンチックな雰囲気はない。ない方がエーファは嬉しいが。

「周囲には体が弱いことにしてあって、事実を隠しているんだ。普通、そのくらい分かるだろう」
「別に責めてるわけじゃないです。ドラクロアの普通をまだ理解できておらず、隠されてたことがどうしてかと思って」

 掴まれる前に身体強化をかけていなかったら骨が粉々になるところだった。そのくらいの強さでギリギリと手首を掴まれている。

「言えると思うのか? 尊敬する父が母に薬を盛ってまで無理矢理結婚したと言えると? 俺が物心ついた時から母はあんな状態だ。しかもさらに薬を使って無理矢理シュメオンまで生ませた。おぞましい。あれが普通だと? 笑わせるな」

 あなたが私にしたことも、薬は使わないまでも似たようなものだと思いますけど。
 ギデオンは歯を食いしばっているのかギリギリと音がする。なるほど、父親を尊敬しているけれど、父親の結婚生活に関しては認めてないと。

 ギデオンの地雷はここか。でも、おかしい。こいつは同じようなことを私にしている。無理矢理ドラクロアに連れてきたじゃないか。番か番じゃないかで差があるってこと? それともマザコンだから許せないってこと?

 とにかく、オウカの話は真実だったようだ。
 それにしても、あまりギデオンを怒らせると番紛いを飲ませる時に困る。飲み物か食事に盛ろうと思っているんだけど。あぁ、本当に面倒。どうして私がこんな奴に配慮しなきゃいけないんだろう。

「いえ、一緒に住んでいたら分かるのは時間の問題ですから。オウカ先生のように他人でも知っている人はいます。ただ、私は結婚する人の両親には会っておきたかっただけです。隠されてたのがショックだっただけです」

 さっきまでミレリヤ、いや主にマルティネス様に拒絶されたことで落ち込んでいたが鬱々とした感情は怒りで吹き飛んだ。一方的なスキンシップだって耐えてきたのだ。ここで下手なことをして失敗するわけにいかない。どんなウソだってついてやる。

 ギデオンはエーファと視線を合わせた。つり上がっていた目がだんだん普段通りに戻っていく。

「むきになって悪かった」
「いえ。認識されなくてもいいので公爵夫人に挨拶だけできませんか」
「調子のいい日があれば、な」
「公爵夫人って食事はどうされてるんですか? お茶ならミレリヤにも淹れたので、食事は無理でもお茶淹れたりリンゴすったり、果物を剥いたりできますよ」
「食事は栄養剤を打っている」

 それは最悪な所業では? 生きているというより、無理矢理生かしているような。思わず白目をむきそうになる。

「俺には淹れてくれないのか?」

 人の手首あんな力で掴んで凄んでおいて、よくそんなことが聞けるな。そう聞いてくるだろうと考えて誘導したのもあるけど。私が作ったり、淹れたりしたものを日常的に飲んでいれば警戒心もなくなって番紛いを飲ませやすい。

「薬草茶とかになりますよ? あとは私の母国の料理とか」
「それでいい」
「じゃあ、今度にしましょう。休みの日の方が作りやすいです」

 上から目線と、勝手に手を取って指を触る、次に髪の毛に触れてくることに腹が立つ。

 でも、簡単なことじゃないか。
 オウカに振り回されて何をやっているのだろう。ミレリヤにもマルティネス様にも相談できないからってどうして孤独を感じていたのだろう。
 私はただ私の目的を成し遂げるだけじゃないか。周囲なんて関係ない。
< 54 / 72 >

この作品をシェア

pagetop