反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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「番を間違うには、三パターンの説があります」

 オウカは初日のような態度は一切見せず家庭教師として授業をしてくれる。初日は別人だったのかと思えるほど不気味だ。

「まず知能が低い、あるいは嗅覚が弱い場合です」

 なんだ、その拍子抜けする理由は。

「例えば、ダチョウの鳥人は大変知能が低いです。番の顔も匂いも覚えていません。そもそも家族の顔も覚えていません」
「そうなんですか?」
「はい。そのため番と番っても覚えていませんし、子供ができても自分の子供がどれか認識できません。一緒に住んでいても実はまったく別の家の子供だったということがあります。走り出してもなぜ走っているのか忘れ、一人が走り出すとつられて皆走り出します」

 ダチョウってアホ過ぎないだろうか。

「その代わりといっていいのか分かりませんが、ダチョウの鳥人は足が速く、視力も良く、免疫力と回復力が並外れて高いのです。ストレスにも鈍感で強いのですよ」
「ダチョウは正直イレギュラーですね」
「その通りです。あとは嗅覚が弱い個体ですわね。もともと嗅覚が弱い、あるいは病気などが原因で嗅覚に異常をきたすと番の匂いを勘違いすることがあります。鳥人の多くは嗅覚があまり発達していませんが、番の匂いだけは本能的に間違わないとされています。ダチョウ以外は」

 番は嗅覚で基本的に察知するってことね。

「二パターン目、他種族の血が入っていると番を間違えやすくなってきています。特に人間の血が混じった場合となります。人間は獣人に比べると嗅覚が格段に劣っていますし、本能的な部分で察知する能力も低いのです」
「人間との子供が番を間違えやすいと言うことですか?」
「そうです。隔世遺伝だったり、もっと後の子孫に出たりもするので、先祖に人間がいる場合としております」
「なるほど」
「しかも人間の血が入っていると、番への執着が薄かったり、興味を急速に失ったりしているケースが報告されていますわ」

 ギデオンの家系は……人間がいなかったんだった。これは番紛いか病気に頼るしかない。この二パターン目だと人間を先祖に持つエーギルは間違っている可能性があるわね。

「三パターン目。原因が分からない、不明です。これには竜王陛下が該当します。竜王陛下はご病気だったわけでもなく、人間を祖先に持つわけでもなく、嗅覚に異常があるわけでも知能が低いわけでもありません。それでも陛下は番を間違えました。原因は不明なのです」

 本当に番紛いについては知られていないみたい。オウカの視線が気になるので、神妙な顔をして頷いておく。

「しかし、麻薬等で脳にダメージを負わせれば番を間違えさせることも不可能ではありません。マクミラン公爵はそれを利用したのです。もしかすると竜王陛下は何か盛られたのかもしれませんわ」
「盛られたら口にする前に気付くんじゃないんですか?」
「臭いがあればすぐ分かるでしょう。竜人をのぞき、最も嗅覚が優れているのはゾウの獣人です。ゾウの獣人に毒を盛ってもすぐバレてしまいます。ですが、無味無臭なら希望はありますわ」

 何の希望?
 オウカの笑みに背筋が冷たくなる。

「ゾウの獣人と言えば……」
「えぇ、私の夫ですわ。宰相という立場上、毒殺の危険性は大いにあるのですが今のところすべて回避しています」

 オウカが何か盛ったのかと思ってしまった。でも、夫だけは唯一の救いと言っていたから違うよね?

「ここまで説明してきましたが、番を間違うのは非常に稀です。ですが、その稀な事態に巻き込まれた他国の人間やエルフなどがおり、国家間の問題にもなりえるため他国の方との婚姻には一年の期間を設けております。あぁ、ダチョウの鳥人は他国まで番を探しに行かないので問題ございません。途中でなぜ旅立ったか忘れるからです」

 オウカは笑顔でそう締めくくった。

「でも、アザール子爵家は違いますよね? 一年で番を変えると」
「えぇ。一夫多妻制、一妻多夫制もございますから一概にこうだとは言えません。ですが、オシドリの鳥人にとって最初の番は特別です。一夫多妻制でも一妻多夫制でも番というのは特別な存在なのです。もちろん一夫一婦制の動物であれば番が唯一絶対の存在。番を亡くせば狂うとまで言われています。実際、番を亡くして自死した者やすぐに後を追うように亡くなる者が多いのも事実ですわ」
「共鳴期でしょうか?」
「その通りです。ですが、そこまでステージが進んでいないうちに番が不慮の事故などで亡くなった場合でも、ペアの相手は発狂します」

 やっぱり、逃げるにはギデオンに番紛いを飲ませるしかないみたい。
 大丈夫、できるはず。手首をつかまれた感じからして力任せに飲ませるのは無理だろう。麻薬も鼻がいいから気付かれるだろうし。でも、殺すよりも簡単。できる。やってやる。だって、私はギデオンのことが大嫌いなんだから。
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