反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 左右の手のひらをブラックバードに向けて三角形を作る。

「幽寂の時を織る 鉄溶かす黎明 心ノ臓・赤き瞳・鮮血 国追われた心火を満たす 無知な獣に煤を刻め 鉄火扇(てっかせん)!」

 詠唱を終えると、ブラックバードの大群に向かって火魔法が放たれた。
 いくらブラックバードが火魔法に耐性があっても、目に当たれば眼球は焼ける。当たるかは分からないけど。

 ブラックバードは火魔法を避けようと個々に距離を取って広がった。その動きに合わせてエーファの魔法も扇状に広がる。
 鉄を溶かす温度の火魔法。魔物の大群の殲滅に使われるが、もれなく森まで綺麗に焼いてしまうので「鉄火扇《てっかせん》」は地上では使えない。この魔法を使った後はぺんぺん草も生えないという有様なのだ。

「結構しぶといな」

 八割がたのブラックバードは焼けて地面に落下していくが、二割は生き残っている。

「捕縛!」

 振り返り、先行して飛んでいる三体のブラックバードのうちの一体、キーンを掴んで飛んでいる個体に魔法をかける。ちょうど、鳥人部隊がその三体に近付いていくのが見えたからだ。

 キーンを掴んでいたブラックバードは空中で金縛りにあったように動きを止め、やがて落ちて行く。ブラックバードの動きに合わせて鳥人部隊が動く。

「あっちは大丈夫そう」

 ブラックバードの生き残りが近づいてきたので、慌てて結界を張る。十体ほどのブラックバードに空中で囲まれた。
 ギャーギャー叫びながら交代で結界をつついてくる。割れる寸前で新しく結界を張り直す。

 まずい。このままじゃ結界を張るのに終始して反撃できない。銃もあるけれど、集中しないと当たらないから使いづらい。空中戦は一度諦めるか。
 
 パリンっと何重かにかけた結界が一気に割れる。同時に大きく腕を振って初級の火魔法を周囲にぶつけた。
 ブラックバードたちが先ほどの魔法の恐怖からか叫びながらエーファから距離を取る。その瞬間を狙って風魔法を使うのをやめた。

 すぐに始まるのは落下。
 すごい勢いで重力を感じる。この高さなら結界だけで衝撃の緩和は大丈夫だろうか。ブラックバードも急降下して追いかけて来る。

 結界を張りながら風魔法を使う必要があるか計算する。うん、この高さから落ちたことないから分からない。死ななきゃいいということで。最悪、風魔法を地面にぶつけたら衝撃はある程度相殺されるだろう。

 乾いた銃声が聞こえて、エーファのすぐそばに迫っていた数体のブラックバードが叫び声と共に羽ばたきを止める。よく見えないが、鳥人部隊による狙撃だろう。

 続く銃声を聞きながら、エーファは地面を見た。地上に何かいる。白い何かがあお向けになっている。魔物は基本的に黒いはず。
 地上に落ちてすぐ魔物と交戦なんて無理なんだけど!

 目を頑張って凝らす。白い何かの物体がエーファに向けて、手だか足だかを振った気がした。

 ボヨン!
 白いものの上に結界とともに落下したので、衝撃はそれほどなかった。しかし思いのほか弾力があったので、一度飛び上がってから勢いよく地面に転がり落ちた。

「あたたた」

 奇跡的に少しすりむいたくらいだろうか。身を起こそうとして、目の前の白い物体の全貌がやっと分かった。
 それは、大きなゾウだった。白く見えたのは白いゾウだから。ゾウがなぜかあお向けに寝転がっていた。

 状況が飲み込めずにぽかんとしていると、ゾウの目がぎょろっと動いてエーファを捉える。しゅるしゅるとゾウは小さくなって人の形になった。

「やれやれ。手がかかる人間だな」
「はい?」
「てめーがエーファ・シュミットか?」
「はい」
「はいしか言えねぇのかよ」

 白髪の青年が起き上がる。白い肌に長い白髪を三つ編みにして片方に流している。目だけは黒々として思慮深そうに見えなくもない。そして口がハンネス隊長並みに悪い。

「あなたは?」
「トリスタン・マキシムス。てめー、オウカに会ってんだろうが」
「会ってんだろうが、と言われてもあなたとは初対面ですし。あなたのお名前は聞いたことがないです」
「ちっ」

 舌打ちいらなくない? 助かったけど、ひどくない?

「助かりました。ありがとうございました」
「別に昼寝してただけだ」
「宰相様が魔物の出る森の中で昼寝するんですか?」
「ちっ、俺が宰相って聞いてんじゃねぇかよ」

 マキシムスとは、オウカの姓だったから。そしてゾウの獣人。
 それにしても宰相のイメージとかけ離れた人だ。そうしていると、鳥人部隊に撃たれたブラックバードがドスドスと地上に落ちて来る。

「今日は焼き鳥だな」

 宰相は嬉しそうだ。ゾウって焼き鳥食べるのか。へぇーと思っていると、バサバサと鳥人部隊の一人がやってきた。

「エーファさん。大丈夫っすか? 生きてます?」
「久しぶり」

 一緒にブラックバードを食べたカラスの鳥人のハヤトだ。
 さっきまで私は死闘を繰り広げていたと思うけれど、いつも通りのこの彼の緊張感の無さは何だろう。

 ハヤトは軽口をたたきながらもエーファのそばまでやってくると、ペタペタ触って怪我がないか見てくれた。

「焦ったっす。宰相閣下が出てくれなかったらどうなるかと」
「俺は落下地点を予測してあお向けに寝てただけだ」
「いやー、俺達でもさすがにあの速度で落下されたら受け止めきれないんで。助かったっす」
「とりあえず、戻るぞ。ブラックバードの大量発生の原因を突き止めないとな」

 きりっとした宰相らしい顔になった。さっきはハンネス隊長と同じでチンピラみたいだったからね。まぁ、宰相はきれーな顔をしておいでだけど。オウカと並んだらさぞ見ごたえがあるだろう。

 並んで歩いていると、死んだブラックバードが落ちていた。

「目を狙ったのに外れてる。だから一発で死ななかったのか」

 鳥人が仕留めたブラックバードは胴体に肉が抉れるほどの火傷を負っていた。これだけの火傷でもエーファを襲ってきたのだ。ブラックバードはしぶとい。

「もうちょっと温度と速度を上げれば、胴体真っ二つにできたかな」
「物騒なこと平気で言ってんな」

 ハヤトは後処理があるからとさっさと飛び立ってしまった。

「あれ?」

 ブラックバードの小指にあたる部分が僅かにだが切断されている。おかしいな、火傷ならこんな切断面にはならないんだけど。
 さらに近くにもう一体ブラックバードが死んでいたので、確認する。その個体も小指が僅かに切断されている。

「宰相様、これって」
「エーファ・シュミット」

 フルネームを呼ばれて、振り返る。宰相がエーファを見下ろしていた。この人、ギデオンよりも背が高いな。

「この件には深入りするな」
「はい?」
「お前はこの件に深入りするな」
「えーっと、何でですか?」

 宰相は舌打ちした。この人、舌打ち多くない?

「突っ走るだけの死にたがりの馬鹿かと思ったら変なとこに気付きやがる」
「はぁ」

 褒められたのやら貶されたのやら。

「お前は何も気づかなかった。いいな?」
「でも、これ。気付く人は気付くんじゃ?」
「いいんだよ、別に。これはドラクロアの問題だ」

 意味が分からない。人間は関わるなってこと? エーファの顔を見て宰相は顔を歪めた。

「これをやった犯人が誰であっても原因が何であっても俺が突き止める。約束しよう、これでいいか?」
「よくないけど、まぁいいです」
「変なことはすんなよ」
「向こうが襲ってこなければ深入りしません」
「ならいい。行くぞ」

 歩き出そうとする宰相をエーファは呼び止めた。

「番反対派って今回の件に関係あったりします?」
「さぁな。あいつらは案外臆病だからこういうことはしないだろうよ。帰るぞ。後の処理は鳥人部隊がやる。ハンネスとキーンのところに早く戻ってやれ。ハンネスは絶対キレてるぞ」

 首をくいっとされて急かされたので、納得できないまま慌てて立ち上がって後を追った。
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