反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 この人ってオウカの旦那様なんだよね? やっぱりイメージと違う。
 
 ゾウは強く優しいイメージがあった。この人、顔立ちは綺麗だけどハンネス隊長並みに柄が悪い。
 オウカが「唯一の救いは夫だった」という発言をしていたから、優しいのだろうと先入観を抱いてしまっていた。それか、番であるオウカにだけ激甘なのだろうか?

 よく考えると、私は番なのにギデオンから溺愛されていなくないか? 全部「気持ち悪い」に変換しているだけだろうか。ギデオンに溺愛されても気持ち悪いだけだから今のままでいいのだけど、番の普通が知りたい。今度オウカに聞いてみよう。
 カナンは妊娠中のミレリヤにべったりだと聞く。エーギルはどうだろう。

 休みの日に出かけた(外出させられたとも言う)時はギデオンが全額払ってくれる。スタンリーとは割り勘が基本だったからね。それか、何かを賭けて負けた方が払うというスタイル。こう考えると、甘くはあるのか。

 あとは、休みの日は向かい合って食事はしているけれどこの前は暴力の壁ドンされたしなぁ。そして仕事から帰ったら必ず抱きしめられる。あれには慣れない。本当に気持ち悪い。それと、毎日毎日何か言いたそうに見てくるのもやめて欲しい。やたら視界をうろうろされてハエみたいに邪魔。話したいことあるなら話せばいいのに。

 あ、ミレリヤたちと違って屋敷にいる時間が短いからいろいろと分かりにくいのだろうか。

「てめぇ、いい度胸してんなぁ。エーファ」

 ハンネス隊長はエーファと宰相を見つけると、すごい勢いで走って来てエーファの胸倉をつかんだ。

「んぐっ」
「俺の隊にいんのに俺の指示がきけねぇなんて見上げた隊員だな、何様のつもりだ?」

 チンピラだ、チンピラがいる。胸倉をつかまれて宙に浮いているので自然とハンネス隊長を見下ろす形になった。

「ハンネス。こいつには何を言っても無駄だ。こういう奴の性根は治らない。バカは治らないのと一緒だ」
「トリスタン。おめーがわざわざ出なくっても良かったんだよ」
「そうか? 俺の腹の上にこいつは落ちてきたぞ。お前らが何匹か集まったところでクッション代わりになるのか。骨折するだけだろうが」

 物理的にエーファが宙ぶらりんのまま、二人で話がすすむ。

「……キーンさんは、無事ですか?」
「ほら、こういう奴だ。こういう奴はバカみたいに早死にするか英雄になるかのどっちかだ」

 宰相は気怠そうに葉巻を取り出す。

「おい、エーファ・シュミット。火をつけろ。さっきみたいに燃やすの得意だろ」
「トリスタン。これは十三隊の問題だ。葉巻なんて吸ってないでどっか行ってろ」
「もう十三隊だけの問題じゃない。それにこいつはまた竜王陛下に褒められるんだろうよ。ブラックバードを大量に焼き鳥にしたんだからな。ちょうどいい火加減だったんじゃないか。一部焼きすぎな部分はあるが」

 エーファはハンネスの腕を掴んでいた手を伸ばして、宰相の葉巻にピッと火をつけた。口は悪いが、庇ってくれているんだろう。諦めとも受け取れるが。

「これが魔法か。便利なものだ。非力な人類はこうして魔物と戦ってきたのか」
「感心してる場合か。こいつは俺の指示に背いた。懲罰対象だ」
「それで? こいつを罰してどうなる? 牢にでも入れるのか? 牢番がいっそ哀れだな」
「懲罰房に入れる決まりだろーが。軍のルールはどうなったんだよ。頭おかしくなったのか、てめー」

 宰相はふぅっと煙をハンネスに向かって吐く。

「おいっ! 俺が葉巻苦手なの知ってて嫌がらせかよ!」
「セイラーン国の一級品の葉巻だが。この良さも分からんとはとんだお子ちゃまだな」

 ハンネス隊長は葉巻が本当に苦手らしくエーファを掴んでいた手を放した。咳き込みながらエーファは地面に落ちた。その間に宰相はハンネス隊長に近付いて何か耳打ちをする。

「ちっ」

 続くのはハンネス隊長の盛大な舌打ち。この二人を合計したら舌打ちの数がすごい数にならないだろうか。

「キーンはてめぇのおかげで無事だよ。どこも食われてない」
「それは、良かったです」
「あんな真似二度とすんな。寿命が縮む」

 ハンネス隊長は言い捨てると肩を怒らせてどこかへ行ってしまった。

「あいつもお前には感謝してるんだろう。ただ、素直には言えないだろうな。自分の非力さ故に」
「キーンさんが助かったんなら良かったです」
「おい、次の面倒なのが来たぞ」

 ハンネス隊長に締め上げられてまだ息苦しいが、顔を上げる。エーギルが険しい顔でこちらに向かってくる。

「参謀のトカゲか。ネチネチした野郎だな。俺はあいつが嫌いだ。もっとさっぱりした奴がいい」

 この人、ほんと口が悪い上に好き嫌いがはっきりしてるな。

「この国に一緒に来た友達の相手なんで、知り合いです」
「あぁ、そういえばクロックフォードのところはまた人間が番だったんだな」

 「また」という言葉で宰相を見る。

「獣人って寿命はどのくらいなんですか?」
「何の獣人かによって違うな。人間よりは長いぞ。俺はまだ六十だな」

 どこからどう見ても半分の三十歳にしか見えないですが。

「お前も番ったら寿命が伸びる」
「そうなんですか」
「エーファ!」

 想像するのも嫌なんだけど、と思っていたらエーギルが近くまでやってきた。

「無事か?」
「見ての通り」
「お前が怪我でもしたらギデオンが発狂して面倒だ」

 発狂でも何でもしたらいいじゃないか。宰相に気付いたエーギルが頭を下げる。

「ははっ。ギデオンは器が小さいな。父親が偉大だと息子は自分の能力を過信して苦労する」
「宰相閣下。それはあまりにも」

 口は悪くはないが、ギデオンのコンプレックスを容赦なくぶち抜く発言だ。この場にギデオンがいなくて良かった。

「そういえば、エーファ・シュミット。魔法でブラックバードを探知できなかったのか?」
「最初の三体はできませんでした」

 ギデオンの話から真面目な話に戻る。

「じゃあ三体が変異種の可能性があるな。三体のうち二体を生け捕りにしてあるから何か分かるだろう。くれぐれも今日のように深入りしてくれるなよ、エーファ・シュミット」

 エーギルの前だとちょっとばかし威厳のある喋り方にするのやめて欲しい。宰相がゆったりした足取りで去って行き、エーギルと残される。

「あの人、一体何なの」
「竜人をのぞくと、ドラクロア一の金持ちだ」
「え、そうなの? 公爵家の方がお金あるんだと思ってた」
「公爵家や侯爵家は魔物との戦闘という力で成り上がった者たちだ。伯爵家は頭脳で成り上がった者たちが多い。フクロウの鳥人やゾウの獣人がその筆頭だ。公爵家なんかより伯爵家の方が金持ちはゴロゴロいる。頭脳を駆使して投資や商売でもうけているからな」
「へぇ」
「ところで、お前。なんで伯爵邸に来ない」
「忙しいから」
「魔法を教えてくれる約束だろ」
「え、組んだ薪にもう火をつけれたの?」
「まだだが……」
「あれは練習が必要だから。ロウソク二十本に火つけれるようになったら、あとはひたすら練習が物を言うんだよ。それに知識ならマルティネス様に聞けばいいでしょ」

 さすがにマルティネス様に来るなって言われたんなんて口に出せない。

「彼女の持つ知識はもうすべて聞いた。実技に活かせないなら意味はない。彼女はあまり魔法も使えないようだし」
「まぁ、そうだけど。私もタダで時間使って教えてるんだしそんなこと言われても困るよ。私にも予定ってものがあるの」

 教えてるのは私の厚意と善意だ。下心はあるけどね。タダでやってることに文句言われる筋合いはない。もうちょっと丁寧に頼んでくれたら心象違うのに。

「タダほど高いものはないんだよ。うちはマルティネス様のとこみたいに裕福じゃないから知識得るのも大変だった。冒険者に頭下げて教えを受けてひたすら練習あるのみなんだから。マルティネス様の知識も馬鹿にするんじゃない」
「悪かった」

 エーファの不機嫌さが伝わったのか、エーギルは意外と素直に謝った。宰相とハンネス隊長のせいで口の悪さが若干うつってしまった。

「最近、セレンの様子がおかしくて。少し気が滅入っている」
「え、体調不良?」
「違う。最近俺にべったりなんだ」
「のろけ?」
「違う。仕事に行くのに『行かないでそばにいてくれ』ってヒステリックに泣き喚く。魔法の練習をしようとしたら『魔法よりも私といっしょにいてくれ』って言うんだよ。だからあまり魔法の練習はできていない」
「やっぱり、のろけじゃん」
「違う」
「ふぅん。嬉しくないんだ?」
「最初は嬉しい。番がやっと自分を向いてくれてるんだと思っていたからな。だが、どうも違うんだ」
「あんたマルティネス様の足折って声も奪ったんだからそれくらい付き合いなさいよ」
「声は回復した」
「それが本当ならいいけど」

 うんざりした気分でそこまで話を聞いて、ふとオウカの授業を思い出した。

「あんた、まさか番への興味失ったなんて言わないわよね」
「言わない。だが、今はセレンよりも魔法に興味がある。今日のあの扇状に広がる魔法も遠目で見ていた。凄かった」
「どうも。あれ練習でやると森や草や建物が燃えるからまだ教えないわよ」

 ここで私は流すべきじゃなかったのだ。マルティネス様は不安なんだろうなって、私には理解できないけどエーギルが好きなんだろうなって片付けてしまうべきじゃなかったのだ。
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