反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
10
その日はミレリヤを訪ねていた。
カナンが休みだったようで、ぴったりミレリヤにくっついてこちらを睨んでくるからウザい以外の何物でもない。
「オレンジあるけど食べる?」
「僕が剥く」
カナンはオレンジをエーファから横取りするがうまく剥けない。
「剥けないなら取らないでくれる? 無駄なことしないで」
イラっとしながらオレンジを取り返してリンゴを押し付ける。
ミレリヤがつわりで寝込んでいても、カナンとエーファの壊滅的な仲の悪さは変わらない。協力? 何それ美味しいの? 状態である。あまりのギスギス具合にミレリヤに気を遣わせる始末だ。
「じゃあ、私は明日天空城行かなきゃいけないからもう帰るね」
「なんか、ごめんね」
「いいえ~、今度からカナンがいない時に来るね」
ギスギスバチバチ状態なので、早々に帰ることにする。屋敷の門のところまでカナンがついてきた。
「何よ」
「別に。ミレリヤが送らないと心配するだろうから」
「じゃあ、剥けもしないくせにオレンジ剥こうとすんな。ミレリヤしんどいんだからちょっとは気遣ったら?」
「お前こそ気遣えよ」
「やってるでしょーが。しんどいのにあんたみたいなのがべたべたしてると、余計気分悪いっての」
自我むき出しの言い争いを門の前でしていると、風に乗って鼻をつく臭いがした。
「え、なにこの臭い? 焦げてる?」
「うちじゃない。おい、あれ!」
カナンの指す方向に煙が上がっていた。
「火事?」
カナンが指笛を吹くと、小鳥が寄ってきた。カナンの指に止まるとピィピィ喋っている。いけ好かないカナンの顔色がさっと変わった。
「クロックフォード伯爵邸で火事だ」
「は? エーギルのとこじゃない」
「火の回りが早いらしい……っておい!」
それを聞いてエーファは馬車を置いて駆けだした。
「ミレリヤには黙っときなさいよ!」
「当たり前だろ!」
走って走って、最近訪ねていなかったクロックフォード伯爵邸に到着する。見えたのは、バケツで水を運んでいる獣人たちと空中で消火に協力している鳥人たち。
エーギルの魔法の練習で火事になったのかと予想したが、二階から火が吹き出しているので違うらしい。
二階の窓が割れて何かが飛び出してきた。人らしき影に慌てて風魔法を発動する。風で受け止めたのは火傷したエーギルだった。
「ちょっと! 何があったの!」
エーギルに掴みかかると、目が開いた。
「セレンが……」
震える指で一番ひどく燃えている部屋を指す。
「え、マルティネス様がまだ屋敷の中? 避難してないの? ちょっと!」
エーギルは気絶してしまっていた。揺さぶっても反応がない。エーギルのところの使用人か誰かがエーファをどかして、エーギルは担架で運ばれていく。
この勢いの火を消すには相当な水量が必要だろう。水魔法の詠唱って難しいのに!
魔物と対峙するときとは違う震え、いや寒気が足から這い上ってくる。寒気を無理矢理払うようにエーファは口を開いた。
「方円の器 雨垂れて宿る月 割れて深淵を覗く 龍は上流にて待つ 飛瀑!」
滝がそのまま落ちてきたように、水が屋敷へと降り注いだ。火の勢いがどれほど弱まったか確認する暇も惜しくて、エーファは屋敷の中に走っていこうとする。
後ろから強い力で引っ張られた。
「何をする気だっ!」
ムカつきながら振り返ったら、息を乱したギデオンがいた。走ってきたのだろう。
「何って。中にまだマルティネス様がいるそうなんで助けに行きます」
「エーファが行かなくてもいい! 危険なことはするな!」
いやいやいや、この前なんてブラックバードの大群と死闘を繰り広げたつもりだけど。あれより危なくはない。あの後はギデオンに長く抱きしめられて吐くかと思った。
「じゃあ、誰が行くんですか?」
周囲を見回す。必死に消火活動をしている者たちと火に怯えて縮こまる使用人たち。
「マルティネス様が焦げて出てくるのを待てと?」
「さっきので火は弱まったんだから大丈夫だろう!」
ドオンと何かが爆発した音がした。二階からの火の手がまた大きくなっている。エーファが走り出そうとしてまたギデオンに腕を取られ止められた。そのまま後ろから抱きしめられる。
「行くな! 頼むから安全なところにいろ!」
はぁ? この国に安全なところなんてあるわけない。
「いい加減言うことを聞いてくれ! この前だってそうだ! 入隊だって。なんでそんな危険なとこに行きたがるんだ。俺のために大人しく家にいてくれ!」
エーファはハッキリ言って短気である。必死なギデオンのセリフに頭の中で何かが切れた。
「友達助けるために火の中に飛び込む勇気もない奴は指くわえて黙ってろ」
身体強化もしていないが、火事場のなんとかという奴だろうか。ギデオンの腕から抜け出すと、そのままの勢いで頬をぶった。
「意気地なし!」
ショックを受けた様子のギデオンにそう吐き捨てると、エーファは自分に結界を張って屋敷の中に今度こそ走った。
水を周囲にかけながら二階へと進む。一階はそれほど火の周りは早くない。これならマルティネス様を助け出す方が消火よりも早い。
階段を上がって、ひと際燃え盛っている部分に近付いた。離れたところに人影が見える。
「マルティネス様!」
そう呼びかけると、人影がビクリとした。
「マルティネス様! エーファです! 早く逃げましょう!」
結界を何度も張り直しながら近づく。水をかけても全然火が弱まらない。
「マルティネス様?」
「来ないで」
「あ、マルティネス様。良かった」
彼女は倒れることなく、意識のある状態で椅子に座っていた。声も久しぶりに聞いた。
「来ないでって言ってるの」
「え?」
次の瞬間、こちらに銃口を向ける彼女の姿をエーファは認識したくなくて目を見開いた。
カナンが休みだったようで、ぴったりミレリヤにくっついてこちらを睨んでくるからウザい以外の何物でもない。
「オレンジあるけど食べる?」
「僕が剥く」
カナンはオレンジをエーファから横取りするがうまく剥けない。
「剥けないなら取らないでくれる? 無駄なことしないで」
イラっとしながらオレンジを取り返してリンゴを押し付ける。
ミレリヤがつわりで寝込んでいても、カナンとエーファの壊滅的な仲の悪さは変わらない。協力? 何それ美味しいの? 状態である。あまりのギスギス具合にミレリヤに気を遣わせる始末だ。
「じゃあ、私は明日天空城行かなきゃいけないからもう帰るね」
「なんか、ごめんね」
「いいえ~、今度からカナンがいない時に来るね」
ギスギスバチバチ状態なので、早々に帰ることにする。屋敷の門のところまでカナンがついてきた。
「何よ」
「別に。ミレリヤが送らないと心配するだろうから」
「じゃあ、剥けもしないくせにオレンジ剥こうとすんな。ミレリヤしんどいんだからちょっとは気遣ったら?」
「お前こそ気遣えよ」
「やってるでしょーが。しんどいのにあんたみたいなのがべたべたしてると、余計気分悪いっての」
自我むき出しの言い争いを門の前でしていると、風に乗って鼻をつく臭いがした。
「え、なにこの臭い? 焦げてる?」
「うちじゃない。おい、あれ!」
カナンの指す方向に煙が上がっていた。
「火事?」
カナンが指笛を吹くと、小鳥が寄ってきた。カナンの指に止まるとピィピィ喋っている。いけ好かないカナンの顔色がさっと変わった。
「クロックフォード伯爵邸で火事だ」
「は? エーギルのとこじゃない」
「火の回りが早いらしい……っておい!」
それを聞いてエーファは馬車を置いて駆けだした。
「ミレリヤには黙っときなさいよ!」
「当たり前だろ!」
走って走って、最近訪ねていなかったクロックフォード伯爵邸に到着する。見えたのは、バケツで水を運んでいる獣人たちと空中で消火に協力している鳥人たち。
エーギルの魔法の練習で火事になったのかと予想したが、二階から火が吹き出しているので違うらしい。
二階の窓が割れて何かが飛び出してきた。人らしき影に慌てて風魔法を発動する。風で受け止めたのは火傷したエーギルだった。
「ちょっと! 何があったの!」
エーギルに掴みかかると、目が開いた。
「セレンが……」
震える指で一番ひどく燃えている部屋を指す。
「え、マルティネス様がまだ屋敷の中? 避難してないの? ちょっと!」
エーギルは気絶してしまっていた。揺さぶっても反応がない。エーギルのところの使用人か誰かがエーファをどかして、エーギルは担架で運ばれていく。
この勢いの火を消すには相当な水量が必要だろう。水魔法の詠唱って難しいのに!
魔物と対峙するときとは違う震え、いや寒気が足から這い上ってくる。寒気を無理矢理払うようにエーファは口を開いた。
「方円の器 雨垂れて宿る月 割れて深淵を覗く 龍は上流にて待つ 飛瀑!」
滝がそのまま落ちてきたように、水が屋敷へと降り注いだ。火の勢いがどれほど弱まったか確認する暇も惜しくて、エーファは屋敷の中に走っていこうとする。
後ろから強い力で引っ張られた。
「何をする気だっ!」
ムカつきながら振り返ったら、息を乱したギデオンがいた。走ってきたのだろう。
「何って。中にまだマルティネス様がいるそうなんで助けに行きます」
「エーファが行かなくてもいい! 危険なことはするな!」
いやいやいや、この前なんてブラックバードの大群と死闘を繰り広げたつもりだけど。あれより危なくはない。あの後はギデオンに長く抱きしめられて吐くかと思った。
「じゃあ、誰が行くんですか?」
周囲を見回す。必死に消火活動をしている者たちと火に怯えて縮こまる使用人たち。
「マルティネス様が焦げて出てくるのを待てと?」
「さっきので火は弱まったんだから大丈夫だろう!」
ドオンと何かが爆発した音がした。二階からの火の手がまた大きくなっている。エーファが走り出そうとしてまたギデオンに腕を取られ止められた。そのまま後ろから抱きしめられる。
「行くな! 頼むから安全なところにいろ!」
はぁ? この国に安全なところなんてあるわけない。
「いい加減言うことを聞いてくれ! この前だってそうだ! 入隊だって。なんでそんな危険なとこに行きたがるんだ。俺のために大人しく家にいてくれ!」
エーファはハッキリ言って短気である。必死なギデオンのセリフに頭の中で何かが切れた。
「友達助けるために火の中に飛び込む勇気もない奴は指くわえて黙ってろ」
身体強化もしていないが、火事場のなんとかという奴だろうか。ギデオンの腕から抜け出すと、そのままの勢いで頬をぶった。
「意気地なし!」
ショックを受けた様子のギデオンにそう吐き捨てると、エーファは自分に結界を張って屋敷の中に今度こそ走った。
水を周囲にかけながら二階へと進む。一階はそれほど火の周りは早くない。これならマルティネス様を助け出す方が消火よりも早い。
階段を上がって、ひと際燃え盛っている部分に近付いた。離れたところに人影が見える。
「マルティネス様!」
そう呼びかけると、人影がビクリとした。
「マルティネス様! エーファです! 早く逃げましょう!」
結界を何度も張り直しながら近づく。水をかけても全然火が弱まらない。
「マルティネス様?」
「来ないで」
「あ、マルティネス様。良かった」
彼女は倒れることなく、意識のある状態で椅子に座っていた。声も久しぶりに聞いた。
「来ないでって言ってるの」
「え?」
次の瞬間、こちらに銃口を向ける彼女の姿をエーファは認識したくなくて目を見開いた。