反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第七章 傲慢と余燼

1

 さすがのギデオンも、鳥人に抱えられて崩れる伯爵邸から脱出したエーファに対して怒ることはなかった。エーファの一連の行動に対してキレてはいたが、エーファの顔を見て怒るのをやめて口をつぐんでいた。

 消火しきれずに屋敷は崩れていく。

「帰るぞ。取り調べは後日にしてくれ」

 ギデオンに手を引かれてその日は帰るしかなかった。髪や体に残る焦げ臭さが今日のことを現実だと容赦なく教えてくる。


「食べないなら無理矢理食べさせるが」

 食事をする気分ではなかった。数日食べないで引きこもっていたら厳しい表情のギデオンが部屋までやってきた。火事の取り調べというか聞き取りもちゃんと受けた。

「作る気力がないんで」
「料理人が作っているだろう」

 これまでも公爵邸の料理人が作る料理は初日の晩餐しか口にしなかった。あれ以降自分で作るか外で食べている。今は疲れているが、そこだけは譲るわけにはいかない。ゆるく首を振るエーファにギデオンはため息をついた。

「外に食べに行くぞ。それなら少しは食べれるだろう」

 こういう気遣いはできるのか。無気力に手を引かれたながらそんな失礼なことを考えた。ほんの少し有難いと思っている自分を心の中から頑張って追い出す。

「ついでにエーギルのところに行くぞ」

 正直、エーギルのことなんてどうでも良かった。ドラクロアにセレンを連れてこなければ、いやそもそもエーギルが恋人を殺していなければ、もっとカナンみたいに四六時中引っ付いていればセレンはあんなことを起こさなかったんじゃないか。

 辛いスープを店で無理矢理喉の奥に流し込む。舌がひりついて涙が出たが、別にそんな痛みはどうでも良かった。

「どうして、火傷が治ってんの」

 エーギルは医療施設に運び込まれていた。エーファが最後に見たエーギルはかなり火傷を負っていたように見えたのに、ベッドの上には普段と変わらない姿のエーギルがいる。ドラクロアの医療技術はそんなに高度なのだろうか。

「クロックフォード家はトカゲだが、イモリやサンショウウオの血も入っている。そうやって進化をして、手足を切られようが臓器を損傷しようが再生する者も出てくるようになった。俺たちはフクロウやゾウのように頭脳と金稼ぎで成り上がれたわけじゃない。知能に関して努力はしたが、一番はこの再生能力だ」

 エーギルはわざわざ腕や足などをまくって見せる。

「その再生能力があるなら……助けられたんじゃないの?」
「セレンティアは最後の最後で魔法を使った。風の魔法だろうか。彼女の魔力は少ないと聞いていたが油断していた。助けようとしたのにあまりの強風に窓から投げ出されて気絶してこのザマだ」

 二階の窓からエーギルが飛び出してきたのはそういうことか。魔力が少なくても風魔法くらいなら起こせるだろう。

「ついでに言えば、再生はすぐに起きるわけじゃない。火傷をしたりすればそれなりの痛みは伴う」
「なんでそんな淡々としてんの」
「まだ、セレンティアが死んだ……という現実味がない」

 番を失うと発狂するんじゃないのか。エーギルはあまりに淡々としている。

「だが、胸に空洞ができた気分だ。セレンティアは最後に何か言っていたか?」

 再生能力に似合わない人間らしい様子を見せられて、ムカムカした。何が胸に空洞ができた気分、だ。
 全部あんたのせいよ。あんたがちゃんとしてれば、鬱陶しいくらい監視してればセレンは死ななかった。火薬も銃も何勝手に持ち出されてんの。セレンの足を折るくらい簡単にするくせに、なにあの状況で風魔法に負けてんの。

「セレンじゃなくて、あんたがっ」

 「あんたが死ねばよかった」というセリフは途中でギデオンに口をふさがれて最後まで言えなかった。

「エーファはまだ混乱してるようだ。また後日来る」
「あ、あぁ」

 ギデオンはエーファの口を片手でふさぎ、腰に手を回して持ち上げた。

「エーギル。今回の件は残念だった」
「あぁ」

 ふがふがと抗議しながら手をどかそうとするが、身体強化していないのでギデオンの手はびくともしない。

「俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとう」
「俺もエーファと同じように混乱してる。なぁ、エーギル。お前は番を永遠に失ったのにとても冷静に見える。悲しみ方はそれぞれだが、我慢する必要はない」
「……そうだな」

 ギデオンが珍しくエーギルと話す状況にエーファは抵抗をやめた。エーギルのことはもっと馬鹿にしているんだと思ってた。

「本当にまだ夢の中にいるようなんだ。このまま歩いて帰ったら屋敷は普通にあってセレンティアがいるんだと」
「あぁ、そうだよな」
「ここを出たら、世界は普通なんだろう。みんな普通に仕事をしていて……メフィスト閣下に睨まれながら仕事をする。魔物の異常な発生の原因の調査だって」
「宰相閣下もその調査には乗り出してるよな」
「あぁ、そうだった。俺だけ世界から取り残された気分なんだ。みんな普通に働いて、セレンティアが死んでも世界は普通で」

 そう言ったっきり、エーギルは口をつぐんだ。

「エーギル。また来る。その時はエーファも混乱せずに最後の言葉を伝えられるだろう」

 エーギルが頷くのを見て、ギデオンに抱えられたまま医療施設の部屋を出た。
 帰り道、ギデオンは無言だった。エーファもあの言葉は口に出すべきではないと分かっていた。分かってはいたが常識や理性は全部取っ払うと、出てきたのはあの言葉しかなかった。でも、あの状態のエーギルには言わなくて良かった。


「エーファ様。セレンティア嬢のこと……お悔やみ申し上げます」

 オウカの授業の日がやってきた。
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