反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
3
「今日も多いな」
「こうなるとライオン獣人にも仕事をして欲しいです」
「無理だろ、全治何か月つってたか?」
「怪我したのはアスラン・リオルだけでしたから他のライオン獣人は狩りに出れるでしょう」
「この調子なら中央以外も魔物が多いんじゃねーのか」
許しが出たので、エーファは隊長とキーンと一緒に森に入っていた。
「今日もってことは何日か魔物が多いんですか」
「あーっと、いつからだったかな、数日前からやたら魔物が増えてんだよ」
「スタンピードの前兆でしょうか。でも、たまにこういうことはありますから」
オウカの話の中に真実はあったようだ。二人が倒した大きめの魔物を空間に入れている最中に索敵魔法に何かがひっかかった。
「っ! 上から来ます!」
「また鳥か?」
「エーファさんの魔法で探知したならこの前のようなことはないですね」
木々の間からこちらを掴もうと伸ばされた鳥の足をハンネス隊長が切りつける。エーファが雷の初級魔法を使おうとして――。
エーファの目に入ったのは切られて苦悶の表情を浮かべ叫びながら向かってくるジンメンバードだった。その人間のような顔が一瞬セレンと重なる。
「エーファさん!」
「ちっ」
魔法が発動できず反応が遅れた。
「ギェェェェ!」
舌打ちしたハンネス隊長の投げた短剣が喉元に突き刺さり、エーファの目前まで迫った足は力なく地に落ちた。
座り込んでしまったエーファの体はすぐ宙に浮く。ハンネス隊長が胸倉をつかんでいるからだ。
「てめぇ、死にてぇのか」
「っすみません」
「判断が遅くなってんだよ。数日で腑抜けてんのか」
「ちがっ、違います」
「ダチが死んだからってそんな状態ならもう森に入んな。お前のせいでさらに人が死ぬ」
「隊長。魔物が来てます。囲まれかけてます」
「ちっ。死にたくなかったら魔法使え。本気で置いてくぞ」
確かに魔物はいつもの三倍はいた。
エーファが魔法を使いながら駆け抜けて集合場所に戻ると、他の隊員たちも通常よりも多い魔物に疲労困憊だった。
「で、てめーはこのままやっていけんのかよ」
ハンネス隊長は行儀が大変悪いが、自身の机の上に足を乗せてドスのきいた声で聞いてくる。
「事件のことは知ってるし、同情はする。だが、そんなんじゃ他の奴まで巻き込んで死ぬぞ」
「今日は本当にすみませんでした」
オウカに言われたことがじわじわと効いてきているのだ。人間の悲しみが魔物を強く多くする。そんな突拍子もない話が。全く似ても似つかないのにジンメンバードを見て一瞬セレンを思い出した。
「別に。つれえなら森に入らなくたって書類仕事するか、薬草から軟膏作ってたっていいんだぞ。俺は書類嫌いだしな」
エーファが言い返さないせいかハンネス隊長はわずかに言葉をやわらげた。森で薬草を摘んでいるので何か作らないと怪しまれるだろうと傷薬やら軟膏やら作っていたら、それはそれで役に立っている。
「……人間の悲しみが、魔物を強く多くするって本当ですか?」
「あ? 誰だ、そんなおとぎ話みてぇなこと言った奴は。うちの隊の人間なわけねぇよなぁ」
あぁ、やっぱり違うのか。あの話はやっぱりオウカのおかしな思い込み。
わずかに安心して首を振る。
「ギデオンでもねぇな。俺はあのボンボンは気に入らねぇがそんなメルヘンなことは言わねーだろうよ」
「ウワサに惑わされました。申し訳ありません」
「ちっ。まぁそんなウワサもあるっちゃあるがな。番反対派が人間を都合よく追い出すために広めてるだけだろ。あいつら純血主義だからな。変なことしやがって」
「安心しました」
息を吐いたエーファをハンネス隊長は睨む。
「おい。万が一、それが本当だったとして何の問題がある?」
「え……?」
「ダチが死んでそれが魔物発生の原因になったからなんだってんだ。魔物を殺さなくていい理由になんのか。そりゃあこの国に人間連れてきた奴らが悪いけどな、そのダチだって魔物の原因になって嫌かもしれねぇだろうが。そのくらい分かるだろ。ダチならお前の手で殺してやるくらいしろ」
その言葉にエーファは目を瞬かせた。
セレンの気持ちなんて分からない。分かったとしてもエーファの決めつけだ。分かっていたならあんなことは起きなかったはずだ。
「分かんねぇなら分かんねぇなりにやり方があるだろ。俺は魔物がもし自分のダチや両親が変化した姿だろうと迷わねぇで殺す。そして魔物を食う。そうじゃなきゃ残された奴らを守れねぇ。それに、食えば俺の体の一部になるだろうが」
そこまで思い切れるほどエーファには覚悟がない。
「人でも何でも殺すってのはそういうことだ。覚悟ができてねぇからいざって時にブレるんだよ」
さっさと帰れ、次はねぇぞと追い払われる。
部屋の外に出ると、解体所に運び込まれる魔物が窓越しに見えた。ハンネス隊長が殺したジンメンバードもいる。その苦しんだ表情がやっぱりセレンの表情と重なった。
おかしい、彼女はあんな表情はしていなかったはずだ。セレンの最後の表情を必死に思い出す。髪の毛を風魔法で切った時、彼女は満足げに綺麗に笑っていた。
「こうなるとライオン獣人にも仕事をして欲しいです」
「無理だろ、全治何か月つってたか?」
「怪我したのはアスラン・リオルだけでしたから他のライオン獣人は狩りに出れるでしょう」
「この調子なら中央以外も魔物が多いんじゃねーのか」
許しが出たので、エーファは隊長とキーンと一緒に森に入っていた。
「今日もってことは何日か魔物が多いんですか」
「あーっと、いつからだったかな、数日前からやたら魔物が増えてんだよ」
「スタンピードの前兆でしょうか。でも、たまにこういうことはありますから」
オウカの話の中に真実はあったようだ。二人が倒した大きめの魔物を空間に入れている最中に索敵魔法に何かがひっかかった。
「っ! 上から来ます!」
「また鳥か?」
「エーファさんの魔法で探知したならこの前のようなことはないですね」
木々の間からこちらを掴もうと伸ばされた鳥の足をハンネス隊長が切りつける。エーファが雷の初級魔法を使おうとして――。
エーファの目に入ったのは切られて苦悶の表情を浮かべ叫びながら向かってくるジンメンバードだった。その人間のような顔が一瞬セレンと重なる。
「エーファさん!」
「ちっ」
魔法が発動できず反応が遅れた。
「ギェェェェ!」
舌打ちしたハンネス隊長の投げた短剣が喉元に突き刺さり、エーファの目前まで迫った足は力なく地に落ちた。
座り込んでしまったエーファの体はすぐ宙に浮く。ハンネス隊長が胸倉をつかんでいるからだ。
「てめぇ、死にてぇのか」
「っすみません」
「判断が遅くなってんだよ。数日で腑抜けてんのか」
「ちがっ、違います」
「ダチが死んだからってそんな状態ならもう森に入んな。お前のせいでさらに人が死ぬ」
「隊長。魔物が来てます。囲まれかけてます」
「ちっ。死にたくなかったら魔法使え。本気で置いてくぞ」
確かに魔物はいつもの三倍はいた。
エーファが魔法を使いながら駆け抜けて集合場所に戻ると、他の隊員たちも通常よりも多い魔物に疲労困憊だった。
「で、てめーはこのままやっていけんのかよ」
ハンネス隊長は行儀が大変悪いが、自身の机の上に足を乗せてドスのきいた声で聞いてくる。
「事件のことは知ってるし、同情はする。だが、そんなんじゃ他の奴まで巻き込んで死ぬぞ」
「今日は本当にすみませんでした」
オウカに言われたことがじわじわと効いてきているのだ。人間の悲しみが魔物を強く多くする。そんな突拍子もない話が。全く似ても似つかないのにジンメンバードを見て一瞬セレンを思い出した。
「別に。つれえなら森に入らなくたって書類仕事するか、薬草から軟膏作ってたっていいんだぞ。俺は書類嫌いだしな」
エーファが言い返さないせいかハンネス隊長はわずかに言葉をやわらげた。森で薬草を摘んでいるので何か作らないと怪しまれるだろうと傷薬やら軟膏やら作っていたら、それはそれで役に立っている。
「……人間の悲しみが、魔物を強く多くするって本当ですか?」
「あ? 誰だ、そんなおとぎ話みてぇなこと言った奴は。うちの隊の人間なわけねぇよなぁ」
あぁ、やっぱり違うのか。あの話はやっぱりオウカのおかしな思い込み。
わずかに安心して首を振る。
「ギデオンでもねぇな。俺はあのボンボンは気に入らねぇがそんなメルヘンなことは言わねーだろうよ」
「ウワサに惑わされました。申し訳ありません」
「ちっ。まぁそんなウワサもあるっちゃあるがな。番反対派が人間を都合よく追い出すために広めてるだけだろ。あいつら純血主義だからな。変なことしやがって」
「安心しました」
息を吐いたエーファをハンネス隊長は睨む。
「おい。万が一、それが本当だったとして何の問題がある?」
「え……?」
「ダチが死んでそれが魔物発生の原因になったからなんだってんだ。魔物を殺さなくていい理由になんのか。そりゃあこの国に人間連れてきた奴らが悪いけどな、そのダチだって魔物の原因になって嫌かもしれねぇだろうが。そのくらい分かるだろ。ダチならお前の手で殺してやるくらいしろ」
その言葉にエーファは目を瞬かせた。
セレンの気持ちなんて分からない。分かったとしてもエーファの決めつけだ。分かっていたならあんなことは起きなかったはずだ。
「分かんねぇなら分かんねぇなりにやり方があるだろ。俺は魔物がもし自分のダチや両親が変化した姿だろうと迷わねぇで殺す。そして魔物を食う。そうじゃなきゃ残された奴らを守れねぇ。それに、食えば俺の体の一部になるだろうが」
そこまで思い切れるほどエーファには覚悟がない。
「人でも何でも殺すってのはそういうことだ。覚悟ができてねぇからいざって時にブレるんだよ」
さっさと帰れ、次はねぇぞと追い払われる。
部屋の外に出ると、解体所に運び込まれる魔物が窓越しに見えた。ハンネス隊長が殺したジンメンバードもいる。その苦しんだ表情がやっぱりセレンの表情と重なった。
おかしい、彼女はあんな表情はしていなかったはずだ。セレンの最後の表情を必死に思い出す。髪の毛を風魔法で切った時、彼女は満足げに綺麗に笑っていた。