反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 魔物に囲まれたこともあり、普段より早く公爵邸に戻る羽目になった。鳥型の魔物も多いので鳥人部隊がメインで頑張っているはずだ。壁があるから歩行型の魔物は侵入してこないが、鳥型の魔物は上空から侵入できる。

 いつもは解体した魔物の肉を隊員たちと一緒に食べるのだが、そんな気分ではなかったので食べずに帰ってきてしまった。

 スープでも作るかと厨房に向かう途中で面倒なことにギデオンに会ってしまった。

「今日は早いな」
「中央部は魔物が多くて危険度が高いので」

 ギデオンだっていつも早いじゃないか。今日は休みでもなかったのに。エリートはいいよね。
 さすがに口に出さず、厨房の一角を借りて自分の分の晩御飯を作りにかかる。

「どうかしました?」

 ギデオンがついてきて凝視しているので集中できない。

「いや、俺の分はいつ作ってくれるのかなと」

 そういえば、そんな会話をどこかでした気がする。確か壁ドン紛いの時に。セレンの事件ですっかり頭から飛んでいた。

「私、まだお肉を食べる気分じゃなくて……」
「肉が入っていなくても食べる」

 期待に満ち満ちた目で見られてたじろいだ。こいついっつも晩ご飯に何かの肉のステーキじゃないか。黙ってステーキ食べてればいいのに。

「作ってくれるのか?」
「オムレツくらいなら」
「食べる」

 飢えた子供のように即答である。まぁ、番紛いを飲ませるのにちょうどいいから今のうちから何度か作っておくか。警戒されないように。

「卵をとけばいいか」

 手伝ってくれるのは別にいいが、厨房の料理人たちがやりにくそうに皆出て行ったのは次期公爵として気付いた方がいい。

「エーギルの番のことがあったが……まだ森に入るのか? 辛くないか?」

 シャカシャカ卵をとく音が響く。ギデオンと喋っていて何が嫌かといえば「誰それの番」という表現が最も嫌だ。

「俺も……知り合いが死んだら辛い。今回は小さいころから知っているエーギルが死ぬかもしれないと思って……再生能力があると知っていても怖かった」

 エーファが自分の中のイライラを消化するために無言でいるとギデオンが続ける。そういえばギデオンの心情はセレンが起こした火事の際に無茶苦茶言われて以来聞いていない。
 この人って私に「意気地なし」と罵られようが酷い態度取られようが必死に近づいてくるけど、マゾなのだろうか。それとも獲物を追いかけている気分なのだろうか。

「家にいても正直怖い。母親が帰って死んでいたらどうしようと。死は怖い。死を見てしまったらもう、以前のようには戻れないんだ。エーファは……あんなことがあった後なら……もう少し休んだ方がいいんじゃないか」

 セレンが亡くなってから思うが、この人こんなに気遣いできたのか。恐怖の壁ドンとか腕を無理矢理掴んでくる方がギデオンらしいのだが。

「セレンが亡くなってから、最近はちょっとキツイです。最後をどうしても思い出すんです」

 野菜を刻み終わって炒めながら答える。ギデオンにこんなことを言わなければいけないのは若干屈辱だったが、ギデオンが本音を言っていそうなのにエーファだけ頑なでいるのもどうかと考えてしまった。

「天空城行きはおそらく休めないが、軍は休んでもいいんじゃないのか。言いづらいなら俺からハンネス隊長に言うこともできるし……」

 腹立つ。なんで今更こんなに優しいフリしてくるんだろう。いつもみたいに偉そうに命令すればいいのに。「休め」とか「行くな」とか「家に大人しくいろ」とか。中途半端に優しくされるのが一番迷惑。

「火の中に飛び込む勇気がない俺がこんなこと言うのもなんだが……」

 気にしてたのか、そこ。

「火を恐れるのは本能でしょう」
「でも、エーファは友達のためにあれほどの火の中に飛び込んだ。誰も真似できない。その姿は美しかった。そして俺は情けなかった」

 耳があったら垂れているだろうな、という表情をしている。ギデオンの目に熱が宿っているのを見て、さっさと視線をそらした。

「そうですか……あの、公爵夫人の体調は戻らないんですか?」
「薬をあれだけ使えば抜くのも大変だ。父は母と長く一緒にいるよりも自分に従順にさせる方を優先した」

 卵を流し込むギデオンの手が震えている。なるほど、ギデオンにとって母親の話はやはり地雷だ。

「俺は父みたいになりたくない……のに、父のようなことをエーファにしてしまう」

 自覚があったのか。

「番だから仕方がないんじゃないんですか?」
「それは……単なる言い訳だ」

 野菜を卵で包み込んでオムレツが完成した。ふわふわでもとろとろでもないが、細かく刻んだジャガイモが入ったオムレツはエーファの好物だ。いつもは肉も入れるのだが、今は肉を食べる気力がない。

「俺はエーファをどう愛したらいいか分からないんだ。だからあんな態度を」

 き、気持ち悪い。
 これが小説であればイケメンが憂いを含んだ表情で自身のコンプレックスを告白する場面なのだろう。しかも、ヒロインと料理しつつという新婚のようなシチュエーションで。

 火を使い終わった途端、抱きすくめられる。作ってほしそうにしていたから作ったのに早く食べてくれ。料理人さんたち戻ってこれないじゃない。心の中で悪態をつきまくっていた。セレンの事件から落ち込みと外への攻撃性がかわるがわる顔を出すのだ。

 だから、うっかり反応が遅れた。
 顎に手を当てられて上を向かされてキスされた。

 エーファはあまりに驚いたので、ぽかんとしたまま目も閉じれなかった。

「番が出てきたら愛が分かると思ったんだ。俺の愛は父とは違うと胸を張って言えると信じてた」

 泣きそうな表情でまたギデオンはエーファを抱きすくめる。

「それでも分からない。たまに出る熱い衝動が欲望なのかもわからない。でも、軍にももうどこにも行かないで欲しい。エーファまで失うのは……もう耐えられない。安全な場所にいて欲しい。大切なんだ、世界で一番。どこにも行かないでくれ。俺を置いて行かないでくれ」

 ギデオンの震える指が黒髪を撫でた。
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