反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 公爵邸の部屋でイーリスを光にかざしながら考える。
 番紛いに入れる髪の毛などをどうやって入手するか、が問題だ。オウカも何がしたいのか分からないが、ひとまずそちらは考えても分からないのでおいておく。実害もまだないし。

「そういえば、イーリスはドラクロアでも珍しいから高値で取引されるって言ってたな」

 リヒトシュタインが。
 エーファは何かを思いつき、イーリスを一輪だけ机に飾った。

 丘の上の墓地にセレンの墓、というかクロックフォード伯爵家の墓はあった。
 婚姻していなかったのにも関わらず、骨だけでも母国に帰してあげようという思いはドラクロアの人々には全くないらしい。そのことに心がずしりと重たくなる。もし、エーファが死んでも骨がここに残るのだ。
 ドラクロアの墓は石造りの小さな家のようだ。四人くらいなら余裕で入る。魔物が街までやってきたら避難場所にもなるらしい。母国とは違う墓を見ても、やはりこの国は好きになれない。

 クロックフォード伯爵邸は三分の一が焼失したので、先ほど通った時はビーバーの獣人たちがせかせかと工事を行っていた。ほんの少しざまぁみろと思ったが口には出していない。エーギルは軍の平民が入る寮に身を寄せているようだ。いや、これはどうでもいい情報だった。

 ちらほら墓地に人がいるのを確認して、虹の花イーリスをこれみよがしに飾る。頑丈な花なので一カ月水をやらなくても枯れることはない。

 一カ月で番紛いはおそらく完成できるだろう。今までは軍の建物で軟膏や傷薬を作っていたが、さすがにあそこで番紛いは作れない。見られて怪しまれたら困る。
 公爵邸で与えられた部屋にも毎日使用人が入って掃除をするし、どこで作ろうか。天空城で竜の秘薬を作るわけにもいかない。リヒトシュタインが漏らしたと公言しているのに等しいからだ。

 さて、今日の計画が成功していればいいんだけど。

「セレン。あなたにもう会えないと思うと、とても寂しい」

 ドラクロアの道中で彼女ともっと話しておけばよかった。
 私は諦めるのが早すぎた。こんなことを思うこと自体が、リヒトシュタインに傲慢だと言われるのだろう。
 失わないとどれだけ大切だったか分からないんだから。

「でも、あなたの覚悟は無駄にはしない。ちゃんと届けられると思う」

 セレンはエーギルのものにならない道を選んだ。骨をここに残しても心は絶対譲らなかった。ミレリヤはカナンと番って彼女なりの道を選んでいる。エーファもエーファの道を進もう。それしかきっとできないのだから。


 公爵邸に戻って机に視線をやって、エーファは思わず笑った。予想通りすぎて笑えてしまう。

「使用人を全員集めてくれる?」
「……何か、ございましたか?」

 侍女頭に久しぶりに話しかけると怪訝な顔をされた。

「リヒトシュタイン殿下からいただいたものを部屋に置いておいたら、なくなったの。盗まれたかもしれないわ」
「すぐに集めます。使いに出している者もおりますので三十分後でよろしいでしょうか。一階においでください。それまでに念のため、部屋をもう一度ご確認いただけますか」
「えぇ、分かったわ」

 侍女頭の判断はさすがに早かった。一瞬顔色を変えたがすぐに行動に移す。
 公爵家の使用人でも手癖が悪いのがいて助かった。犯人は花を捨てたと言い張るのかもしれないがそれはそれで。というか、獣人だ鳥人だと言うけれど盗みを働く辺りは人間とあまり変わらない。人間を見下しているから余計に質が悪いとも言える。

 部屋を念のため一通り見てイーリスが落ちていないのを確認すると、扉と窓を魔法で密閉して部屋を出る。

 きっかり三十分後。階段を下りたところには侍女頭と執事長が揃って立っていて、使用人たちが仕事を中断させられて不満げな顔で集まっていた。
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