反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

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 ギデオンが夜会用に用意していたのは彼の髪色のような銀のドレスだった。食事が終わってから使用人がエーファに怯えながら広げたドレス。
 ギデオンからのプレゼントではなく、ウィンドウに飾られていたら美しさに感嘆の声を上げただろう。一言の相談もなしに好きな色さえ聞かれずに作られたのは癪だが、このドレスはどうせ着る機会はないと思うのでなんとか耐える。

「謁見用の服は置いておいて、ドレスはデザインしてプレゼントしたかった。気に入ったか?」

 ギデオンの瞳の中に愛しい者を見るような熱を感じて、ドン引きしながらもまだ番紛いは効いてきていないようだとエーファは分析する。

「は、はい。知らなかったので驚きました。夜会って頻繁にあるんですか?」

 まだ敬語を使っている点についてはギデオンに突っ込まれたことはないので、敬語で貫き通す。どうも食事を作っていることで満足している風もある。

「あまりない。最近はどこの家も大してやらないし、うちは母が臥せっているから皆無だ。リオル家は派手好きだから比較的よく開催する」

 なるほど。確かに派手好きな顔だった。

「リオル家の当主様の怪我は全快していないんじゃないですか?」
「それより前から計画していたから仕方ないんだろう。歩けるくらいにはなっているはずだ」

 見栄はどの国でも大事なのか。
 
 番紛いがまだ効いていないようだが、こっそり出て行く準備だけは進めている。そもそも持っていくものも大してないが、お金に換えられそうなものは道中で換えてもいい。


 そして明日は天空城に行けるかどうかという日。
 討伐の仕事を終えて戻ってきたら屋敷が騒然としていた。
 玄関ホールには誰もいないのだが、誰かの怒号が遠くから聞こえてくる。
 ギデオンの部屋だと聞かされている部屋の前に使用人たちが群がっていた。怒号もその部屋から聞こえてくる。

 思わず口元を隠した。うっかり笑ってしまわないように。期待で口角が上がる前に。

 エーファに気付いた使用人たちの好奇の視線が突き刺さるが、それは番紛いが効いたという証明にしかなっていないのではないだろうか。心臓の音が聞こえそうになりながら、部屋に近付くと執事長が慌てて立ちはだかった。

「エーファ様! いけません!」
「あら、別にいいじゃない? 何があったの?」
「もう番じゃなくなるのに偉そうに」
「でも公爵様があんなに怒って……」
「オオカミ獣人は今まで間違えたことがないのに」
「でも、ギデオン様が急にタバサを部屋に連れ込んだじゃないか」

 使用人たちのヒソヒソ声も耳に入ってきた。

「執事長、どかないならまた屋敷を燃やすことになるんだけど」
「それでもっ! この現場はご覧にならない方がっ!」

 額に汗を浮かべて眉を下げる執事長。この人は案外、エーファのことを考えてくれているのかもしれない。でも、現場を見ないと安心できない。

「どういうことだ! その女が本当の番だと? お前は番を間違えたのか!」

 マクミラン公爵の怒号が聞こえてきて、エーファは笑わないように歯を噛みしめる。
 執事長を「ごめんね」と押しのけてギデオンの部屋の入り口に到達する。

 そこには、ベッドに上半身裸で座っているギデオンと情事の雰囲気を色濃く残して眠るあの女性使用人。そして立ったまま怒鳴っているマクミラン公爵がいた。

「どうしたんですか?」

 手のひらで口元を隠しながら、うっかり嬉しさで声が上ずってしまった。

「エーファ!」

 声を聞いて弾かれたように顔を上げたギデオンは縋るような表情をしている。

「エーファ! 違うんだ、これは!」

 腰にタオルを巻いたまま立ち上がってエーファのところに来ようとするギデオンを、公爵がかなりの勢いで殴った。
 エーファとしては公爵がここまで怒っている理由が分からないし、ギデオンが駆け寄ってきた意味も分からない。使用人たちは突然の暴力の現場にまた騒然としている。
 公爵の力はよほど強かったらしい。ギデオンは床で気絶してしまっている。

「聞き取りをしてから報告をするが、それでいいか?」

 公爵に問われてはいるが、殺気まで放たれていて実質宣言に近い。

「彼が番を間違えていて、実はそこの寝ている彼女だったということではないんですか?」

 エーファは敢えて空気を読まずに聞く。執事長が後ろで息を呑む音が聞こえた。

「それを、聞き取りしてから報告する。部屋に戻って報告を待ってくれ」
「分かりました。もし彼女が番だったなら私は国に帰してもらえますか?」

 エーファの言葉は公爵にもう届いていない。気絶しているギデオンを蹴って起こそうとしている。エーファは肩をすくめて笑い出す前に部屋に戻った。
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