反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

5

 翌朝、物悲しい鐘の音で起こされた。
 何度も何度も、数えていても回数を忘れそうなほど鳴らされる鐘。寝ぼけた頭をやっと覚醒させて、リヒトシュタインの言っていた弔いの鐘だと分かった。これが意味するのはエリス様と竜王陛下の死だ。

「今日は行かない方が良さそう」

 番紛いが効いたと報告したかったのだが、天空城には向かわない方がいいだろう。天空城の周辺は何匹も竜が飛んでおり、普段よりも物々しい雰囲気だ。

 この時間なら食事を作って食べて、十三隊の詰め所まで行けば森に入るのに間に合うと考えて階下に向かう。

 階段を下りていると、後ろからドンっという衝撃があった。結界を張っていたので問題はなかったが、振り返るとエーファがこの前髪の毛をブチブチ抜いたあの女性の使用人がいた。
 確か、昨日の感じでいくとタバサという名前だろうか。手が毛むくじゃらになって爪が伸びていて体の一部分だけ獣化している。

「何か?」

 手のひらに炎を出してゆったりと手すりに寄りかかる。

「この前のこと這いつくばって謝りなさいよ!」

 チリチリヘアーにしたことを怒っているのだろうか。タバサは焦げた髪を切ったようでベリーショートになっている。

「なぜ?」
「あたしがギデオン様の番になったんだから! あんたはもうここで偉そうな顔できないわよ!」

 タバサの後ろに視線を向けると、震えている他の使用人たちも見えるが中にはニヤニヤ笑っている者もいる。

「謝らないわよ」
「はぁ!?」
「私は人間だから番だとかそうじゃないとかどうでもいい。分からないし」
「昨日からあたしがギデオン様の番だって言ってんでしょ!」
「公爵様から報告もらってないし、そもそもどうでもいいけど。私は謝らない。どうしても謝らせたいなら私にここで勝ってからにして」

 手のひらの炎を大きくすると分かりやすく後ろの使用人たちに動揺が走った。ここの使用人たちは一度火傷したくらいではすぐ忘れるらしい。
 タバサは昨日ギデオンと寝たからか自信満々だ。調子に乗っているのだろう。

「番ってもいない人間が偉そうに!」

 その理論でいくと寝たら誰でもいいってことになるのだろうか。こちらを引っ掻こうとしてきたタバサの腕を難なく掴んで初級の火魔法を発動させる。

「良かったじゃない。火傷してても番がいるなら愛してくれるんでしょ?」

 貴族令嬢なら火傷なんてしたら「醜い」と婚約解消されたり、嫁入り先がなかったりするのだ。それに比べたら番であれば火傷をしていてもいいんだから、ドラクロアはいいのかもしれない。

 顔をぐっとタバサに近づける。獣化しているせいか腕を軽く焼いても「キャア」や「ギャア」とは言わず、グルグルクンクン唸っている。もう片手で引っ掻かれる前に蹴りを入れると、タバサは階段から転げ落ちて行った……と思ったら、凄い勢いで出てきてタバサを受け止める影。

「貴様っ!」

 ギデオンは罵りながら階段に立っているエーファを見て、みるみる浮かんでいた憎悪の色を瞳から消して困惑した表情になる。

「え、エーファ?」
「ギデオン様! あの女にやられました! どうにかしてください!」

 ギデオンは颯爽とタバサを助けたのに。タバサに泣きながら訴えられているのにエーファを困惑した目で見続けるだけだ。

 エーファは思わず声を立てて笑った。陰で見ていた使用人たちがまたビクリと身を震わせる。

「タバサにこの前のことを謝ってもいいですよ。今のことは彼女が先に手を出してきたので謝りませんけど」

 ギデオンの腕の中でタバサががばっと身を起こしてエーファを見る。

「ただし、条件があります。ギデオンが私に誠心誠意這いつくばって謝罪して、番を間違ったということをドラクロアのすべての家に通達してください。わざわざ他国まで行って連れてきた番が間違っていたと」
「俺は番を間違ってなどいない!」
「ギデオン様! あたしが番ですよね? 昨日あんなに求めて番だとおっしゃってくださったのに」

 ギデオンは縋るような声を上げるが、タバサに名前を呼ばれて愛おし気な目でタバサを見る。これ、傍から見たら立派な二股だから。

「どっちでもいいので。ギデオンが先ほどの条件を満たしたら、私も這いつくばってタバサに謝罪しますよ」

 階段を下りて、ギデオンとタバサを見下ろしてから食事を作りに厨房に向かう。ギデオンの縋るような、困惑した視線を背中に感じたが一切振り返らなかった。
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