反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
6
空が絶え間なく光り始めた。晴れているけれど天気でも崩れるのだろうか。
「エーファ。撤収だ」
「今日は早いですね」
朝のゴタゴタがあったものの、十三隊が出発するのに間に合ったので休みのはずではあったが森に入っていた。しかし、ハンネス隊長は森に入って二時間もしないうちに撤収を始める。
「こっからは危険だ」
その言葉と同時に、遠くに雷が落ちる。激しい音とともに地響きが伝わってきた。
「竜人同士の争いが激しくなってるから危ない」
さらに雷が落ちる。上を見ると、紫色の竜と他にも数匹の竜が雲間から見え隠れしている。
竜人同士の争いは下界には影響ないんじゃなかったのか。
「あれはルカリオン殿下だろうな。他には緑の竜がいるな」
「リヒトシュタイン殿下は……いるんですか?」
「朝、鐘が鳴った後に黒い竜が飛び立つのを見た。母親を弔ってから参戦じゃないか? さ、雷に打たれる前に帰るぞ。こうなったら魔物も隠れて出てこねーから」
下界に思いっきり影響があるじゃないか。
走って戻りながら、空を見上げる。番様が亡くなって、時差があってから竜王陛下は亡くなっただろう。リヒトシュタインは逃げたのだろうか。それとも母親の骨を彼女の故郷に持って行ったのだろうか。
魔物の解体を終わらせて傷薬のストックを作ってから公爵邸に戻ると、顔色の悪い執事長が一人の男性使用人を連れてきた。執事長の手にはバラバラに切り刻まれた手紙がある。
「申し訳ありません!」
謝る執事長。男性使用人は執事長に無理矢理頭を押さえつけられてしぶしぶ謝った。明らかにイヤイヤ謝っている。
「ふぅん」
手紙はオウカからだった。つなげて読んでみると訪問日の伺いだ。
マキシムス伯爵家からの手紙を破るなんてどんな神経をしているのだろう。これが差別のなせる業か。
「公爵様から報告がないんだけど、まだなのかしら? ギデオンとあの女性を聞き取ればいいだけでしょう?」
「それが……公爵様はまだ」
「番ってそんなに分からないの?」
「申し訳ありません」
可哀そうなくらい怯えて謝る執事長。
執事長の頭頂を眺めながら、これってあの状況と似てるなぁと呑気に考える。寵愛を受けた側室が嫌がらせして本妻を追い出そうとするやつ。それに派閥なんかが加わって派手なことになるのよね。
こういう底意地の悪いところは獣人でも人間でも変わらないらしい。エーファはそもそも本妻じゃないけれど、タバサは調子に乗っていて使用人たちもそれに追随しているのだ。
「で、彼はどうするの? クビ?」
「さ、再教育を……」
「これは私宛ての宣戦布告でしょう? こんな勇気があるんだから、この手紙と同じにされても文句は言えないわよね?」
執事長は意味が分かったのか顔を慌ててあげる。その前にエーファは風魔法を使っていた。
「ひぃっ!」
ぶすっとした様子だった男性使用人の両手を風魔法で切りつけたのだ。あっという間にぼたぼたと流れた血がカーペットに滴る。
「手紙みたいに切断はしてないわよ」
何か所も深く切りつけただけだ。残念ながら腕はつながっている。男性使用人は呆然としているが、執事長はこれ以上刺激したらまずいとばかりにきゅっと唇を結んで「寛大なお心に感謝します」と述べた。
「タバサが番だろうとどうでもいいんだけど。私は舐めた態度を取られるのが嫌いなの。私の魔力は変わらない。魔法と私をバカにするのは勝手だけど、馬鹿にするからには覚悟はしてね。次は腕を切り落とす。私にはその力がある。あと、私は他国から連れてこられた人間。蔑むなら番を間違えたギデオンでしょう。違うの?」
「よく言って聞かせます」
「オオカミ獣人はこれまで番を間違えたことがないんでしょう? じゃあ、ギデオンは初めて番を間違えたオオカミ獣人ってことになるのかしら」
そういえばギデオンは這いつくばって謝ってこないな。今日は休みのはずだけど。ふふっと笑うと男性使用人は怒った顔を向けてくる。
「人間ごときがギデオン様を悪く言うな!」
エーファは指をピッと男性使用人に向けて振った。ザクっと音がして左半分の髪の毛がはらはら落ちる。
「部屋が汚れるから腕は切り落とさないけど。これ以上何か言うなら本当に腕を切り落とす」
「大変申し訳ありませんでした!」
「公爵様の報告を早く聞きたいわね」
執事長は冷や汗を流しながら、呆然としている男性使用人の首根っこを掴んで部屋を出て行く。
血が染みたカーペットを風魔法で操ってたたんで部屋の外に出しておく。
さっきのは我ながらなかなか悪女っぽかった。
でも、この状況でギデオンを蔑まずに人間であるエーファを見下すのは救いようがない。早く報告してくれない公爵も悪いし、煮え切らない態度のギデオンにだって問題がある。番紛いの量が足りなかったってことはないはずだ。
早く番ではないと認められて大手を振ってドラクロアを出れるかとも思っていたが、やっぱり逃亡が早そうだ。スタンリーとの約束の時間はもうそんなに残っていないのだから。
「エーファ。撤収だ」
「今日は早いですね」
朝のゴタゴタがあったものの、十三隊が出発するのに間に合ったので休みのはずではあったが森に入っていた。しかし、ハンネス隊長は森に入って二時間もしないうちに撤収を始める。
「こっからは危険だ」
その言葉と同時に、遠くに雷が落ちる。激しい音とともに地響きが伝わってきた。
「竜人同士の争いが激しくなってるから危ない」
さらに雷が落ちる。上を見ると、紫色の竜と他にも数匹の竜が雲間から見え隠れしている。
竜人同士の争いは下界には影響ないんじゃなかったのか。
「あれはルカリオン殿下だろうな。他には緑の竜がいるな」
「リヒトシュタイン殿下は……いるんですか?」
「朝、鐘が鳴った後に黒い竜が飛び立つのを見た。母親を弔ってから参戦じゃないか? さ、雷に打たれる前に帰るぞ。こうなったら魔物も隠れて出てこねーから」
下界に思いっきり影響があるじゃないか。
走って戻りながら、空を見上げる。番様が亡くなって、時差があってから竜王陛下は亡くなっただろう。リヒトシュタインは逃げたのだろうか。それとも母親の骨を彼女の故郷に持って行ったのだろうか。
魔物の解体を終わらせて傷薬のストックを作ってから公爵邸に戻ると、顔色の悪い執事長が一人の男性使用人を連れてきた。執事長の手にはバラバラに切り刻まれた手紙がある。
「申し訳ありません!」
謝る執事長。男性使用人は執事長に無理矢理頭を押さえつけられてしぶしぶ謝った。明らかにイヤイヤ謝っている。
「ふぅん」
手紙はオウカからだった。つなげて読んでみると訪問日の伺いだ。
マキシムス伯爵家からの手紙を破るなんてどんな神経をしているのだろう。これが差別のなせる業か。
「公爵様から報告がないんだけど、まだなのかしら? ギデオンとあの女性を聞き取ればいいだけでしょう?」
「それが……公爵様はまだ」
「番ってそんなに分からないの?」
「申し訳ありません」
可哀そうなくらい怯えて謝る執事長。
執事長の頭頂を眺めながら、これってあの状況と似てるなぁと呑気に考える。寵愛を受けた側室が嫌がらせして本妻を追い出そうとするやつ。それに派閥なんかが加わって派手なことになるのよね。
こういう底意地の悪いところは獣人でも人間でも変わらないらしい。エーファはそもそも本妻じゃないけれど、タバサは調子に乗っていて使用人たちもそれに追随しているのだ。
「で、彼はどうするの? クビ?」
「さ、再教育を……」
「これは私宛ての宣戦布告でしょう? こんな勇気があるんだから、この手紙と同じにされても文句は言えないわよね?」
執事長は意味が分かったのか顔を慌ててあげる。その前にエーファは風魔法を使っていた。
「ひぃっ!」
ぶすっとした様子だった男性使用人の両手を風魔法で切りつけたのだ。あっという間にぼたぼたと流れた血がカーペットに滴る。
「手紙みたいに切断はしてないわよ」
何か所も深く切りつけただけだ。残念ながら腕はつながっている。男性使用人は呆然としているが、執事長はこれ以上刺激したらまずいとばかりにきゅっと唇を結んで「寛大なお心に感謝します」と述べた。
「タバサが番だろうとどうでもいいんだけど。私は舐めた態度を取られるのが嫌いなの。私の魔力は変わらない。魔法と私をバカにするのは勝手だけど、馬鹿にするからには覚悟はしてね。次は腕を切り落とす。私にはその力がある。あと、私は他国から連れてこられた人間。蔑むなら番を間違えたギデオンでしょう。違うの?」
「よく言って聞かせます」
「オオカミ獣人はこれまで番を間違えたことがないんでしょう? じゃあ、ギデオンは初めて番を間違えたオオカミ獣人ってことになるのかしら」
そういえばギデオンは這いつくばって謝ってこないな。今日は休みのはずだけど。ふふっと笑うと男性使用人は怒った顔を向けてくる。
「人間ごときがギデオン様を悪く言うな!」
エーファは指をピッと男性使用人に向けて振った。ザクっと音がして左半分の髪の毛がはらはら落ちる。
「部屋が汚れるから腕は切り落とさないけど。これ以上何か言うなら本当に腕を切り落とす」
「大変申し訳ありませんでした!」
「公爵様の報告を早く聞きたいわね」
執事長は冷や汗を流しながら、呆然としている男性使用人の首根っこを掴んで部屋を出て行く。
血が染みたカーペットを風魔法で操ってたたんで部屋の外に出しておく。
さっきのは我ながらなかなか悪女っぽかった。
でも、この状況でギデオンを蔑まずに人間であるエーファを見下すのは救いようがない。早く報告してくれない公爵も悪いし、煮え切らない態度のギデオンにだって問題がある。番紛いの量が足りなかったってことはないはずだ。
早く番ではないと認められて大手を振ってドラクロアを出れるかとも思っていたが、やっぱり逃亡が早そうだ。スタンリーとの約束の時間はもうそんなに残っていないのだから。