反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~
第九章 熾火と灯火

1

 数日前と比べて竜人同士の争いがおさまっているので、いつも通り森に入った。
 ところどころ落雷の影響で木が裂け倒れ、魔物の死体まである。

「雷でやられた魔物もいるが、そろそろ隠れていた魔物が大きいのから出てくるはずだ」

 ハンネス隊長の言う通り、セレンの亡くなった後ほどではないが魔物の数は多かった。
 番紛いができたからと薬草の採取を急にやめたら怪しまれるので、適度に薬草も採取しながら魔物を倒す。魔物がたくさんいるなら自身の死も偽装しやすいだろう。

 使えないなら置いていくと散々言われていたのだし、服の切れ端を残して逃げたら捜索隊は出さないだろう。でも、念には念を入れて今日の仕事終わりくらいまではいた方がいいかもしれない。

「あちらから来ます」
「じゃあ俺が行ってくるからエーファはここにいろ。もうすぐキーンも戻ってくるだろ。鳥型の魔物は頼むぞ」

 索敵に引っ掛かった大きな魔物の位置を知らせると、ハンネス隊長がそちらへ走っていく。変異種が来たら索敵魔法に引っ掛からないから、周囲の警戒も怠らないようにしないと。

 魔物の動向に集中していた時だった。
 カキンとおかしな音がした。金属音だ。金属が結界に当たって弾かれた音。
 すぐに結界を何重にも張りながら飛びのいた。その瞬間、元居た場所にナイフが刺さる。

「さすがですね」

 ナイフの飛んできた方向から現れたのはキーンだった。ナイフを投げる変異種の魔物でも出てきたのか、あるいは他の隊が脅しにでも来たのかと思ったのでエーファは緊張を解いた。

「悪ふざけはやめて」
「悪ふざけではありませんよ」
「は?」

 聞き返した時にはキーンが目の前に迫っていた。琥珀色の目がはっきり見える。
 早っ!
 結界が何枚か壊れたが、とっさに放った火魔法でキーンはエーファから距離を取った。

「どういうつもり?」
「どうも何も。あなたは大技を使うには詠唱が必要でしょう。だから詠唱が間に合わない接近戦に持ち込んでいるんですよ」
「だから! 魔物も多いのにこういう悪ふざけはやめてってば。ハンネス隊長だってもうすぐ戻って」
「隊長ならしばらく来ませんよ。今、魔物三体に囲まれているはずですから」
「は? どういうこと? 見捨ててきたの?」
「頭が悪いんですね」

 ナイフをいじくりながらキーンはめんどくさそうに話す。
 キーンの態度が今までとあまりに違うことは一旦置いておく。
 そして、頭が悪いなんていまさらだ。エーファが頭のいいところを見せたことなんてあっただろうか。そんなの自覚している。

「私はどうせ頭が悪いわよ」
「ギデオンに何を飲ませたか今すぐに吐いてくれたら、私だってこんなことはしなくていいんですけどね」

 なぜ、それをキーンが知っているの?

「マキシムス伯爵家に世話になる予定もなさそうですし。逃げるおつもりならここで聞くしかないでしょう」

 なぜバレているのだろう。もう公爵夫人が亡くなった情報が出回っているのだろうか。
 でも、マキシムス伯爵家を出してくるなら。この人はオウカの手先なのだろうか。オウカの仲間というか手先ってどんだけいるの? しかもなぜキーンまで?

「吐いたところで殺す気じゃない?」
「さっきのナイフは確かにおふざけレベルだったはずですが」

 キーンは空を一瞬見上げる。

「で、吐いてくれるんですか?」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないのよ。何も飲ませてないわよ。こっちだっていきなりあんなことになって迷惑してるんだから。そもそも何でそんなこと聞くわけ?」
「オウカ様のためです」
「あなたってオウカの何? 何しようとしてるわけ?」

 ハンネス隊長に聞こえるように声を大きくしてみる。

「時間稼ぎは無駄です。情報を引き出すためなら、ある程度の怪我は仕方ないと言われていますので」

 キーンが持っているナイフを陽の光にかざす。反射してキラッと光った。

「だから一体どういう……」

 話しながら結界を張っている最中に、急に黒い影がエーファたちを覆った。音もなく下りてきたのはブラックバードだ。

 ぽかんと口を開けるエーファに対して、キーンは隣に下り立って大人しくしているブラックバードの足を撫でている。このブラックバードは標準サイズだ。そこまで大きくない。

「オウカ様も困ったものだ。頭の悪い人間にはきちんと説明しないと分からないのに」

 貶されてる? その前になぜブラックバードはキーンや私を襲わないの?

「ドラクロアの獣人と鳥人たちは魔物に殺されるべき、とオウカ様は話していなかったんですか?」

 そういえばそんなことを話していた気がするけれども。正直、オウカがこれまで妨害してこなかったからエーファはどうでも良かった。エーファの最優先はスタンリーのところに一年以内に安全に帰ること。それに必要だったからリヒトシュタインを信じた。ドラクロアがどうなろうと興味はない。

 ひとまず、目の前のキーンは敵だ。どうやっているのか分からないがブラックバードも。初級魔法で効くだろうか。

 後ろでがさっと音がした。キーンだけで精一杯なのに背後から魔物まで来たら本格的に困る。

「よぉ、キーン。やっと尻尾を出したな」
< 76 / 76 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop