反番物語~エーファは反溺愛の狼煙を上げる~

3

 ハンネス隊長は一人ではない口ぶりだったが、エーギルの姿なんてさっきまでどこにも見当たらなかった。
 一体どこから?

「やっぱり来たか。三体だ」

 ハンネス隊長は完全に獣化してキーンと戦っている。接近戦なので下手に手出しはしない。
 見上げて三体のブラックバードを確認すると、すぐ手を組んだ。

「蒼天を断つ 柔らかな陽光をその光で閉ざせ 雷火三閃!」

 最初にブラックバードに対峙した時、神の杖はやりすぎだった。この後逃げることを考えると、魔力消費の少ない中級魔法にしておいた方がいいだろう。

 晴れているのにドンッと雷鳴が響き渡りブラックバード三体に命中して落ちる。今回は当たり所が良かったらしく、さらに詠唱しなくて良さそうだ。
 でも、おかしい。離れた一体にだけ雷の威力が強かった。あれは中級魔法で出せる威力じゃない。

「一つだけ雷の威力が大きかったが、あれはなんだ?」
「あれ、私の魔法じゃない」
「は?」

 エーギルはハンネス隊長とキーンの接近戦を見ながら、たまに発砲してアシストしていたがエーファの言葉に警戒を強めた。

「獣人や鳥人で魔法を使える者は限られている。まさか番反対派はそういう奴らも引き入れたのか」

 中級の雷魔法でも威力はかなりあったはず。それを上回る魔法。それを使えるのは――。

「おい! 走れ! ハンネス隊長も!」
「え?」

 遠くの空を見て他にブラックバードがいないか警戒していると、急にエーギルがエーファの腕を掴んで走り出した。さっきブラックバードに噛みつかれたはずの腕はすでに再生し始め、傷は塞がっている。

「上だ! 真上!」

 走りながらエーギルが叫ぶ。見上げた先にいたのは、緑の竜が紫の竜に噛みつかれているところだった。

「ランハート?」

 あの緑には見覚えがあった。

「なんでもいいから走れ! 結界も張れ!」

 さっきの威力の強い雷は竜人の起こしたものだったのか。ある程度走ったところで、近くでドオンッと雷鳴よりもものすごい衝撃音がした。木の陰に身を潜めて衝撃波に耐える。

 飛んでいたはずの緑の竜が地面に倒れていた。その緑の竜の上に立っているのは竜人の姿のルカリオンだ。

 ハンネス隊長は離れたところに倒れていた。生きているのだろうか、獣化は解けている。キーンの姿は見当たらない。

「ランハート、お前が降参したら戦いは終わるんだが」

 気絶していると思っていた緑の竜が咆哮を上げた。ビリビリと空気が震える。咆哮が終わると、緑の竜がみるみる縮んで見慣れたランハートの姿になった。

「竜王陛下に……ふさわしいのは……リヒトシュタイン様だ」

 荒い息を吐きながらもランハートは叫ぶ。

「リヒトシュタインなら逃げたぞ。降参するのか、しないのか」
「お前は! 竜王陛下と番様の子供ではない! 偽の番の子だ! 弱いお前に竜王陛下など!」

 ザシュッと音がした。ルカリオンの腕がランハートの体を貫いている。

「よほどこいつは死にたかったらしい。さて」

 木陰から様子を見ていたエーファと、体から腕を引き抜いたルカリオンの目が合った。

「邪魔をしてしまったようだ。あと、そいつのことは私が謝ることじゃないが、巻き込んだようですまない」

 ルカリオンの指差す方向には落下した緑の竜に潰されたのだろうキーンが事切れていた。
 エーギルが小声で「死んでたら尋問できない」とつぶやくのが聞こえた。

「リヒトシュタインはどこに行ったか知っているか」

 ルカリオンが腕から血を垂らしながらエーファに近付いてくるので、ギョッとした。
 彼に傷は見当たらないので、あれはランハートの血だ。

「おそらく番様の故郷ではないかと。でも、もうそこにもいないかもしれません」
「そうか。あいつはもともと竜王の座になぞ興味はなかったからな」

 素直に知っていることを言わないと殺されそうな雰囲気だ。殺気は感じないが、こちらの命を何とも思っていない、羽虫同然に扱われている雰囲気はビシビシ感じる。

 ルカリオンは興味さそうに明らかに死んでいるランハートの首根っこを掴むと、背中の紫の翼を広げて飛び上がった。

「邪魔をした」

 紫色が瞬く間に上空へと駆けあがっていく。
 少ししてまた竜の咆哮が周囲に響いた。それが新しい竜王が決まった瞬間だった。
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